凋落ちょうらく)” の例文
その絢爛けんらんたる開花の時と凋落ちょうらくとの怖るべき距りに就て、すでにそれを中心にした特異な思考を本能的に所有していると考えられる。
青春論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
自分は年ようやくたけて容色は日に日に凋落ちょうらくしてゆくし、そうかと言って、頼るべき親類も、力にすべき子供もないのであります。
連日のひでりに弱り切った草木がものうねむりから醒めて、来る凋落ちょうらくの悲しみの先駆であるこの風の前に、快げにそよいで居るのが見える。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
漣が硯友社の凋落ちょうらくした後までも依然として一方の雄を称しておるは畢竟ひっきょう早くから硯友社埒外らちがいの地歩を開拓するに努めていたからだ。
と三吉はあによめの額をながめた。お倉は髪を染めてはいるが、生際はえぎわのあたりはすこしめて、灰色に凋落ちょうらくして行くさまが最早隠されずにある。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そうして民藝がすたれるなら、工藝もまた凋落ちょうらくするに至るでしょう。なぜなら民藝こそ工藝の中で最も生活に即したものだからです。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その折柄にこの大打撃をうけたのであるから、歌舞伎凋落ちょうらく、新派劇全盛、こうした『蒙求もうぎゅう』のような文句が諸人の口に伝えられた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すべての物が時と共に凋落ちょうらくする。けれどもわれわれの内奥には、時と共に磨かれ、輝きを増す金剛石が隠されてはいないのか。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
紅葉は木の葉の凋落ちょうらくする前の一現象であって、やがてそれは枯葉となってからからにからびて地上を転げるものでありますが
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
すべてが頽廃たいはいの影であり凋落ちょうらくの色であるうちに、血と肉と歴史とで結び付けられた自分をも併せて考えなければならなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
此処に於て吾人は、先に前の章で暗示しておいた一つの宿題、即ち近代に於ける古典韻文の凋落ちょうらくを、真の原因について知ることができるのである。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「この叡山の上から見ていると、栄華も凋落ちょうらくも、一瞬のだ、まったく、浮世の変遷というものが、まざまざとわかる」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
最近の分では、賢母良妻主義凋落ちょうらく以後の教育を受けた若い婦人が沢山にある。そのような女性の最も多く進出する処は、云う迄もなく東京であった。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
行く水の流、咲く花の凋落ちょうらく、この自然の底にわだかまれる抵抗すべからざる力に触れては、人間ほどはかななさけないものはない。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
こういうことがあってから一月ほどの日がった。万山を飾って燃えていた紅葉もみじの錦は凋落ちょうらくし笹の平は雪にずもれた。冬ごもりの季節が来たのである。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
武士たるの実力を棄てて、武士の虚名を擁したり。封建制度は、平和を来し、平和は封建制度の凋落ちょうらくを来す。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
それは彼女らの生涯しょうがい中の一瞬にすぎないし、快楽の最初の眼覚めざめにすぎなくて、凋落ちょうらくはほど近い。しかし彼女らは少なくとも、うるわしい時を生きたのである。
そして凋落ちょうらくをまぬがれなかった。おおうものがなければ日の目はあからさまである。冷たい霜も降る、しぐれもわびしく降りかかる。木枯こがらしも用捨なく吹きつける。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
保胤と順とは別に関渉は無かったが、兎死して狐悲む道理で、前輩知友の段々と凋落ちょうらくして行くのは、さらぬだに心やさしい保胤には向仏の念を添えもしたろう。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その男は百メエトルの満野でした。かつて吉岡が擡頭たいとうするまでの名スプリンタアではありましたが今度のオリムピックには成績も悪く、いまは凋落ちょうらく一途いっとにあったようです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
芸に伴って顔の輪廓りんかくが、人生の凋落ちょうらくの時になって整って来る。普通の人間なら爺顔になりかけの時が、役者では一番油の乗り切った頃である。立役はその期間が割に長い。
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
元来室町幕府にあっては、斯波しば、畠山、細川の三家を三職と云い、相互に管領に任じて、幕府の中心勢力となって来た。此のうち、斯波氏先ず衰え、次で畠山氏も凋落ちょうらくした。
応仁の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
君もまたクライストのくるしみを苦しみ、凋落ちょうらくのボオドレエルの姿態に胸を焼き、焦がれ、たしかに私と甲乙なき一二の佳品かきたることあるべしと推量したからである。
テーブルの上に空の茶椀を置いて、いっ時、庭のを眺めている。凋落ちょうらくきざしを眺めている。
香以去後に凋落ちょうらくして行く遊仲間のさまを示さむがために、此に二三の人の歿年を列記する。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
本朝の誇りたる業物わざものうちの技能、ここに凋落ちょうらくきざしありといっても過言ではあるまい。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
誰か凋落ちょうらくの秋にうては酸鼻さんびせざらん。人生酔うては歌い、醒めては泣く、就中なかんずく余は孤愁こしゅうきわまりなき、漂浪人の胸中に思い到るごとに堪えがたき哀れを感じて、無限の同情を捧ぐるのである。
それだけその季節の過ぎてからの何とも言えぬびしさのようなものが、いわば凋落ちょうらくの感じのようなものが、僕自身が病後だったせいか、一層ひしひしと感じられてならなかったのですが
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
けれども冷めたい西風は幾重の墻壁しょうへきを越して、階前の梧葉ごようにも凋落ちょうらくの秋を告げる。貞子の豪奢ごうしゃな生活にも浮世の黒い影は付きまとうて人知れず泣く涙は栄華の袖にかわく間もないという噂である。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
パンダヌス(小笠原島へん章魚たこ)その他椰子類やしるい等はその主なるものにて、これを点綴てんせつせる各種の珍花名木は常にけんを競い美を闘わし、一度凋落ちょうらくすれば他花に換え、四時しじの美観断ゆる事なし。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
木の葉も凋落ちょうらくする寂寥せきりょうの秋が迫るにつれていやしがたき傷手いたでに冷え冷えと風の沁むように何ともわからないながらも、幼心に行きて帰らぬもののうら悲しさを私はしみじみと知ったように思われる。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
昔の例を思ってもその時の天子の内親王がたにも配偶者をお選びになって結婚をおさせになることも多かったのですから、まして私のように出家までもする凋落ちょうらくに傾いた者の子の配偶者はむずかしい。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
そのためとしてわたしは彼の勧めにより、その時凋落ちょうらくの底にある江戸座の俳人の元老市塵庵四季雄の門人となったものだが、そして師匠がわたしの身の上に望んだ事は、自分同様一生の独身であった。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
老年の四すみとは、凋落ちょうらくと腐朽と零落と悲哀とである。
凋落ちょうらくを迎ふる水のおもて
小父さんの周囲まわりにある人達でむかしを守ろうとしたものは大抵凋落ちょうらくしてしまった。さもなければおくせに実業に志したような人達ばかりだ。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
だが単純に包まれる美の本質は殺されてしまった。自然への信頼は人為的作法にしいたげられて、美には凋落ちょうらくの傾きが見える。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ところが貴族が都の花にうかれて地方管理を地方の土豪に委任しておくうちに、荘園の実権が土豪の手にうつって武家が興り、貴族は凋落ちょうらくするに至る。
土の中からの話 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
兄は何を考えているのか、はなはだ要領を得ない顔をして、凋落ちょうらくしかかった前世紀の肉声を夢のように聞いていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
後漢の朝はすでに咲いて凋落ちょうらくにおののく花にも似ている。黒風濁流は大陸をうずまき、群雄いまなおその土にところを得ず、天下はいよいよ分れ争うであろう。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夏の間は茂っていた木の葉もやがてはこの風によって凋落ちょうらくする、芭蕉のこずえに秋声を起こすのもこの風、すべて人生に寂滅の第一義を暗示するものはこの秋風である。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
湯元に来ると二度も雪が降ったという程あって、紅葉は既に爛熟して、次の木枯こがらしには一たまりもなく吹き掃われそうである。濃紅の色の中にもはや凋落ちょうらくの悲哀が蔵されている。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
こと洪武こうぶの末に至っては、元勲宿将多く凋落ちょうらくせるを以て、炳文は朝廷の重んずるところたり。今大兵を率いて北伐す、時に年六十五。老いて材いよいよ堅く、将老いて軍益々ますます固し。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
上古において光彩燦爛さんらん、世界の舞台を装うたる貴族的の現象は今いずくにある。看よ。その一半はすでに凋落ちょうらくし去り、視聴の世界を去り、すでに記憶の世界に入りしにあらずや。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
小林君は今から二十余年前に世を去ったが、その当時わたしと同じ桟敷さじきで見物していた各新聞社の劇評家は大抵あとや先に凋落ちょうらくして、いわゆる蓮台座の見物人となってしまった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
とちのきも、しらかばのも、黙々もくもくとして、やがてやってくる凋落ちょうらく季節きせつかんがえているごとくでありました。あたりのたににこだまして、夕暮ゆうぐれをげるひぐらしのこえが、しきりにしています。
谷間のしじゅうから (新字新仮名) / 小川未明(著)
この「叙事詩」と「抒情詩」とは実に西洋詩の二大範疇はんちゅうと言うべきもので、古典韻文の既に全く凋落ちょうらくした近代に至っても、なお或る変貌へんぼうした形に於て、本質上から互に対立している有様である。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
私の見た時代は女形凋落ちょうらく時代で、大概みんな化け猫女形ばかりであった。
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
富士山下雨灰、灰之所及、木葉凋落ちょうらく
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
お俊は叔父の髪に触れて、一本々々り分けた。凋落ちょうらくを思わせるような、白い、光ったやつが、どうかすると黒い毛と一緒に成って抜けて来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)