ため)” の例文
「いかにも、拙者は泣き虫です。けれど自分の事では泣いたためしはないつもりでござる。——親の死んだ時と、国を思う時だけだ」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そんな惡戯いたづらは今に始まつたことぢやないよ。命を取ると言つた奴が、昔から本當に命を取つたためしは無い。放つて置くが宜い」
定家卿が後鳥羽上皇に随い熊野に詣りし時の歌にも、「千早振る熊野の宮のなぎの葉を変はらぬ千代のためしにぞ折る」とあり。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
「あれを見よ、聖書の中の神聖な文字が血に染まつたではないか。つひぞこれまで、これほどの極悪人が世に現はれたためしはないのぢや!」
予め見越しをつけたことで、それのあたったためしがない。愉快な不意打ちばかりくおうと思えば、いやな計画をいくつも立てておけばいい。
ゆめ五臟ござうのわづらひといひつたふれども正夢しやうむにして賢人けんじん聖人せいじん或は名僧めいそう知識ちしきの人をむは天竺てんぢく唐土もろこし我朝わがてうともにそのためすくなからずすで玄奘法師げんさうほふしは夢を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
もっとも、あの男はこれまでも、ついぞ元の女をてたためしはないんで、ただ持ち前のぐらぐらな性格から、そこここでちょいと引っかけるだけでね。
鉱主から直接に来る手紙に碌なことのあったためしはないので、池田は妙な顔をして、ポケットに入れてしまった。
恨なき殺人 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
何を考へてゐるのやら、何を言ひだすのやら、仕出かすのやら、自分の事にせよ、他人事にせよ、解つたためしがあつたのか。鑑賞にも観察にも堪へない。
恐らく、日本に探偵小説が出現して以来、かくも私ほど、敵視された作家も、ためしなかったことであろう。
患者の中には良家の者らしい若い女性もゐたが、産婦人科へ生娘きむすめが来るためしもすくなかつた。
六白金星 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
つちつちデ凡テ土ニ就テ生ズルモノヲ形容シテつちト云ツタためシハ頓医抄ニ「土いちごは蛇苺へびいちごにして」トアリ、又ぬすびとのあしノコトヲ本草類編ニつちとちナドヽ云ツテアル
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
いとヾしきおもひにるしむれど、吾助ごすけのこともわすれがたし、るせよ吾助ごすけゆめさらさらくからねばこそ、こひすまじとて退ぞかし、うつせみのかるためまたありや
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「我が党の歴史をかえりみるに、反対者の発言を圧服あっぷくして勝利をたるためしなし」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
これは連れのFさんが、その所属病院のきまりがあつて、濃紺の制服も、白い布のついた同じく濃紺の制帽も、けつして脱いだためしのない人ですから、なんとしても疑ふわけにはいきません。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
かつていちどもその頃をなつかしがったためしがない、金物店の時代でも鍛冶屋町の裏長屋よりは増しな生活をしたに違いないが、「あのじぶんはよかった」とひと言くちにしたことがなかった。
恋の伝七郎 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そういう人間は今に限らず、むかしから、ニューヨークが主要産地であったそうで、従ってニューヨークでは変な人間によって、変な恋の行われたためしは決してこれまで少くはなかったのである。
変な恋 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
そうしたものがんな、病的な頭脳にとっては異常に陰惨で幻想的な性質を帯びているところへ、湯番をしているふとったウクライナ人とさかあたまがまた、ついぞ口を利いたためしのないむっつり屋と来ているので
女がおめかしをして損になつたためしなんかない。
昨今横浜異聞(一幕) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
「そんな悪戯いたずらは今に始まったことじゃないよ。命を取ると言った奴が、昔から本当に命を取ったためしはない。放っておくがいい」
見せんではないか。もっとも、おまえに来られて、一ぺんでも、ろくなことのあったためしはないからの。……ぶさたも、まず、めでたいが
で、それからっていうもの、夜、ぐっすり眠ったためしがないのだ。一生安眠を封じられても、こりゃ、天罰てんばつだ。わしは文句をいうところはない。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
そうこうするうちに、この稀有な事件の取沙汰は都の内外に拡がって行ったが、よくあるためしで、いつかそれにはあられもない尾鰭おひれがつけられていた。
(新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
事件の解決が下されたなどという神話めいたためしが、従来これまでにわずかそれらしい一つでもあったであろうか。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
わたしは田舎へ来て、思う通りの暮しのできたためしがない。前にゃよく、二十八日の休暇を取っちゃ、ここへやって来たもんだ。骨休めや何やら——とまあいった次第でな。
忠見が歌に「子の日する野べに小松のなかりせば千代のためしに何を引かまし」、俊成しゅんぜい「君が代を野べに出でてぞ祝ひける、初子はつねの松の末を遥かに」、げに松は霜雪にもしぼまず
当山の衆徒の意見は、世間からも尊重され、決してあなどられたためしはない。
此處こヽなみだくしてかたあかせば、ゆめとやはんはるあげがたちかく、とりがねそらきこえてさてせはしなし、きみみやこれは鎌倉かまくらに、ひきはなれてまた何時いつかはふべき、定離ぢやうりためしを此處こヽれば
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
かつての同級生の愚鈍な顔を思い出さぬためしは一度もないくらいである。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
生きている人間なんて仕方のない代物しろものだな。何を考えているのやら、何を言いだすのやら、仕出かすのやら、自分の事にせよ、他人事ひとごとにせよ、わかったためしがあったのか。鑑賞にも観察にもえない。
たえて足ぶみを許されたためしのなかつた区域なのでした。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「今日まで、自分もずいぶん大戦に臨んだが、まだその規模の大、軍備の充溢じゅういつ、これほどまで入念にかかったためしはない」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
駈け出して、船より先に西兩國の船着場に來る工夫はないよ、嘘だと思ふなら、ためしにやつて見るが宜い
無論そうなると、一種淫虐性ザディスムスの形式だが……往々感情以外にも、何かの感覚的錯覚から解放されず、しかも、絶えず抑圧を続けられる場合に発するためしがあるのだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
わたしは若い時分から、飲んだくれそっくりの風采ふうさい——とまあいった次第でな。ついぞ女にもてたためしがない。(腰かけながら)妹のやつ、なぜああ、おかんむりなんだろう?
だが、ザマニロフカなんちゅう村はこけえらにゃありもしねえし、あったためしもねえだよ。
埋めて行心の正直律儀りちぎ者昔しも今も町家にはためし少なき忠義なり是皆村井長庵が惡業あくげふの爲所にして西も東も知らぬ若者の千太郎をあざむき多くの人に難儀を掛ること人面にんめん獸心じうしん曲者くせものなり長庵が惡事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ほんとのところは、いまかつて、にんじんのはったためしがないのだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
献上の品々、さきのためしに劣りがない。……
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
敵にうしろを見せたためしのないわが甲軍が、織田の援軍が近づくと聞くやいな、逃げ走ったと聞えたら、ふたたびこの汚名と弱味よわみぬぐわれませぬぞ
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「一人で二人の声色こわいろを使う手もあるだろう。一人を打って、一人が抜け出したためしもあるぜ」
ところで、ためしに、こういう場合を考えて見給え。あらかじめ、針に竜舌蘭リネゾルム・オルキデエの繊維を結び付けて、一方のドアに軽く突き立てておき、その一端を鍵穴の中に差し入れて、そこへ水を注ぎ込む。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
……だが、人間のしゅとは一体何だ。幻さ、蜃気楼さ。……世の専制者にして幻想家でなかったためしはない。ねえ君、僕はじつによく彼がわかるんだ。僕は彼を買っている。彼の価値を否定しはしない。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
といえば、事長びくも覚悟か、手を退くかだった。ただの一ぺんでも、法的な処理などつけえたためしはないのである。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうしたんだ、金富町の兄哥あにきらしくもない。昔から下手人げしゅにんに足のなかったためしはないよ」
梁楷りょうかいを模し、友松をならい、時には松花堂の風をまねたりして——。しかし、彫刻は二、三人にも示したが、画はまだかつて、人に見せたためしはない。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうかしたら、下手人はあの小僧ぢやないでせうか、——木場の甲州屋かふしうやの主人殺しの時、下手人の小娘が、疑ひを被せられた人を皆んな助けたためしも、あることはありますが——」
冥途めいどのみやげに手頃な首はどれだ。どれもこれもあわれむべき細首。逆に組し、乱の手先に働いて末始終、胴によくつながっている首はあったためしがないぞ。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
傅次郎を殺した刄物は——井戸の中か、縁の下の土の中か、いや、いや、いつぞや材木屋で、銘木のうつろの中に物を隱して置いたためしがある。こゝにもそんな隱し場所は澤山ある筈だ
森公はまたすこぶる達者で病気一つしたためしはなく、十年一日の如く、その生活定石じょうせきも崩したことがないという。