飄々ひょうひょう)” の例文
髪も髯も真っ白なのに、面は桃花のごとく、飛雲鶴翔ひうんかくしょうの衣をまとい、手にはあかざの杖をもって、飄々ひょうひょうと歩むところおのずから微風が流れる。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
飄々ひょうひょう四方よもの旅——は、は、とうとう、今は、江戸で、盛り場、神社仏閣のうらない者——が、久々で、めぐりあえて、うれしいのう
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
六十七歳で眠るが如く大往生を遂げた。天王寺墓域内、「吉梵法師」とろくされた墓石は今なお飄々ひょうひょうたる洒脱の風丰ふうぼうを語っておる。
夕日を受けて、パッと鼻白む若い二人の顔を後ろに、名探偵花房一郎は、南老人の顔をそのまま、飄々ひょうひょうとして立ち去りました。
古銭の謎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
原始的にしてまた未来の風景がこの水にある。船は翠嶂すいしょう山の下、深沈しんちんとした碧潭へきたんに来て、そのさおをとめた。清閑せいかんにしてまた飄々ひょうひょうとしている。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
多門老人は飄々ひょうひょう、仙骨を帯びてアッサリくれるけれども、十八カラットのダイヤといえば、たいへんな金目のものなのだろう。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
と、何処どこか見当の付かぬ処で、大きなおならの音がした。かの女の引締ひきしまって居た気持を、急に飄々ひょうひょうとさせるような空漠くうばくとした音であった。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
日本アルプスの大屏風おおびょうぶを背景にして、松本平を前に望むところ——孤影飄々ひょうひょうとして歩み行くあとを、女が追いかけました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
闇の夜にもかかわらず、庄三郎の鼻先から一間余の空間をちょうど燃えている焔のように、飄々ひょうひょうと紅巾は飛んで行った。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
重なり合い折れくちている雑草の上をすんだ空気が、飄々ひょうひょうと流れ、彷徨さまようのを鈍い目で追跡し、ヤッと手を伸ばせば、その朽草くちくさの下の、月の破片かけら
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
根津の町でその職人さんに別れると、又私は飄々ひょうひょうと歌をうたいながら路を急いだ。品物のように冷たい男のそばへ……。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
まことにその飄々ひょうひょう悠々泰然とした落ち付きぶりというものは、何ともかとも言いようがないのです。のっそりと歩み寄ると、声からしてごく静かでした。
暖国の雪一尺以下ならば山川村里立地たちどころに銀世界をなし、雪の飄々ひょうひょう翩々へんぺんたるを観て花にたとへ玉に比べ、勝望美景を愛し、酒食音律の楽を添へ、に写しことばにつらねて
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
現世とはただわずかな糸でつながって、飄々ひょうひょうとして風に吹かれているような趣があったかもしれない。
小さな出来事 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
寺の西の軒から一つの物が雲に乗るように飄々ひょうひょうと飛び去って、渭水の方角へむかったかと思うと、その夜半に再び帰って来たのを見たので、翌日それを寺僧に語ると
アクの強い砂馬の言葉にもかかわらず、悲堂の飄々ひょうひょうとした風格がそこにあざやかにうかがわれた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
行方ゆくえも分かぬ、虚空こくう彼方かなたにぎらぎらと放散しているんだ。定かならぬ浮雲のごとくあまはら浮游ふゆうしているんだ。天雲あまぐもの行きのまにまに、ただ飄々ひょうひょうとただよっている……
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
その言葉の終らないうちに、帆村は向うから飄々ひょうひょうとやってくる潮らしき人物のたもとおさえていた。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その青空の上にうかんで、昨日も今日も、さびしい一つの凧が揚っている。飄々ひょうひょうとしてうなりながら、無限に高く、穹窿きゅうりゅうの上で悲しみながら、いつも一つの遠い追憶が漂っている!
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
飄々ひょうひょうとしてわが行末を覚束おぼつかない風に任せて平気なのは、死んだあとの祭りに、から騒ぎにはしゃぐ了簡りょうけんかも知れぬ。風にめぐる落葉とさらわれて行くかんなくずとは一種の気狂きちがいである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
呶鳴って見ると、我が声も月にこだまして、飄々ひょうひょうとして空に消えて行く様な気がした。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ただ聞えてくるものとては遥かの相模灘さがみなだから吹き上げてくる強い海風を受けて、物怪もののけでも棲んでいそうなほど鬱蒼うっそうたる全山の高いこずえが絶え間もなく飄々ひょうひょうたけっているばかりであった。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
珠運しゅうん梅干渋茶に夢をぬぐい、朝はん平常ふだんよりうまく食いてどろを踏まぬ雪沓ゆきぐつかろく、飄々ひょうひょう立出たちいでしが、折角わがこころざしを彫りしくし与えざるも残念、家は宿のおやじききて街道のかたえわずか折り曲りたる所と知れば
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
風貌ふうぼうも、その時はちゃんとネクタイをしておられたし、飄々ひょうひょうなどという仙人じみた印象は微塵みじんも無く、お顔は黒く骨張って謹直な感じで、鉄縁の眼鏡の奥のお眼は油断なく四方を睥睨へいげい
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
龍造寺主計は、手の小判をちゃらちゃらいわせて、飄々ひょうひょうとたち上がっていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
つま先あがりになっている道を、ふたりは九頭竜川くずりゅうがわのほうへくだっていった。町の軒に、たそがれの色が濃くなり、凍るような風が、家々のひさしや、樹立や、枯れた道草を飄々ひょうひょうと鳴らしていた。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
長白山頭には猛鷲もうしゅうの旗影飄々ひょうひょうとして朔風にひるがえるの勢いをなせり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
白川しらかわのほうからこの岡崎の丘の林へのぼって来る小さい人影が分るのだ、飄々ひょうひょうとして、春のかぜに、黒い法衣ほうえのたもとがうごいている。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
をやり出すものですから、期せずして合唱の形となって、今の先とは打って変った和気と、陽気とが、飄々ひょうひょうとしてただよい出したというものです。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お互いに基礎知識を欠く弱味を見透すが故に、お互いに吐き合う気焔きえんも圧迫感を伴わなかった。飄々ひょうひょうとカンのまま雲に上り空に架することができた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この女はまるで俺のために造られた悲しい人形のようではないか。伊沢はこの女と抱き合い、暗い曠野を飄々ひょうひょうと風に吹かれて歩いている、無限の旅路を目に描いた。
白痴 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
朝でも夜でも牢屋ろうやはくらい、いつでも鬼メが窓からのぞく。二人は日本橋の上に来ると、子供らしく欄干に手をのせて、飄々ひょうひょうと飛んでいる白いかもめを見降ろしていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
いつのまにか新春にいはるの日も昼をすぎて、行きついたその四ツ谷ご門あたりは飄々ひょうひょう颯々さつさつとめでためでたの正月風が、あわただしげに行きかわす中間小者折り助たちのすそを巻いて
「いや今回の事件では、私にも責任がございましたので。それに成功しましたのも、ほんの偶然でございましてな。飄々ひょうひょうと現われる傀儡師が、いわば手引きをしたようなもので」
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
黒眼鏡にひどい猫背の男は、飄々ひょうひょうとして、S字状に曲った狭い坂道をのぼって行く。この男こそ、名乗りをあげるなら誰でも知っている、有名な頑張がんばり探偵の袋猫々ふくろびょうびょうその人であった。
その生活ぶりが飄々ひょうひょうとしていて、何となくとらえどころがなく、気に入った事件があれば、支那へでも、印度インドへでも、気軽に飛び出して行って、事務所を留守にすることも多いのに反して
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と、飄々ひょうひょうとして下の関の車輛会社の中爺ちゅうじいさんが来る。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
その日も、夜まで飲み歩いて、殆ど、性もなく、木枯らしの中を落葉と一緒に飄々ひょうひょうと吹かれながら、平河天神からこうじ町のをあてに来ると
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この時しも、お銀様は飄々ひょうひょうとして寝覚の里のあたりをそぞろ歩いておりました。お高祖頭巾にすらりとした後ろ姿。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夜、炬燵こたつにあたっていると、店の間を借りている月琴げっきんひきの夫婦が飄々ひょうひょうと淋しい唄をうたっては月琴をひびかせていた。外は音をたててみぞれまじりの雪が降っている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その廊下を焔のようにまた紅の鳥のように飄々ひょうひょうと紅巾は舞って行く。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
飄々ひょうひょうとして立ち上がると、けろりとしているのです。
あくまでも飄々ひょうひょうとしていたものだ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
洞窟にかくれたり、行雲流水に身一つを飄々ひょうひょうと送っていたり、そんなのばかりが、高僧ではない。僧もその折々の時勢によって使命がちがう。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と言って、その翌日、飄々ひょうひょうとして出かけて帰らないところを見ると、河内の国までのしたのかも知れません。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
源吾は、つかれていたので、明日あすを約して別れた。——振向くと、内蔵助は、風の中で飄々ひょうひょうと、寺町の通りへ曲がっている。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何か別しての誓願あればこそ夜山をするものでなければ、今時、飄々ひょうひょうと出遊するはずはありません。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かれは飄々ひょうひょうと歩みかけた。弦之丞を射った得意や思うべしである。五、六歩、何か微吟びぎんうたいのひとふしを口ずさんでいた。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
月のよい、星の夜、真暗まっくらな闇の晩、飄々ひょうひょうとして七兵衛が、この屋の棟遊びをやらかすことがある。
見ると、新浜の良雪和尚りょうせつおしょうなのである。いつも飄々ひょうひょうと、人生を一人で楽んでいるかのように見える、禅門の風流人であった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)