雑作ぞうさ)” の例文
旧字:雜作
彼らはもう売る物も、人にけるものもないほど、すべてが衣食についやされたあとだったので、家を立ち退くには雑作ぞうさはなかった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
事も雑作ぞうさもあるものではない、とお角さんが張りきってこのことを伊太夫に申し出ると、伊太夫もこの際、一応はそれを承認しました。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私が彼奴を縛って行くのは雑作ぞうさもありませんが、あいつが入牢じゅろうして吟味をうける。兇状が決まって江戸じゅうを引き廻しになる。
半七捕物帳:03 勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いやしくも棟梁といわれる大工さん、それが出来ないという話はない、漆喰の塗り下で小舞貫を切ってとんとんと打っていけば雑作ぞうさもなかろう。
そこで打ち明けた話を腹蔵なく主人にすると、主人はなるほどなるほどと聞いているだけであったが、しまいに雑作ぞうさなく
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
御船蔵につないでおいた安宅丸あたけまるが、鎖を切ってひとりで三崎まで流れていったためしもあるんだから、ちょっと細工さえすりゃア雑作ぞうさなくやれそうだ。
顎十郎捕物帳:13 遠島船 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
(もう算術さんじゅつだっていっこうひどくない。字だって上手じょうずに書ける。算術帳とだって国語帳とだって雑作ぞうさなく書ける)
みじかい木ぺん (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ところがこの老人は三段のスロープのかげに自分たちを連れて行って、何の雑作ぞうさもなく雪の上で大きい焚火をしてわれわれを暖めて見せてくれたのであった。
こんどは、表の戸が雑作ぞうさなくあいた。けれども、中には、見た事も無い老婆がひとりいただけであった。
未帰還の友に (新字新仮名) / 太宰治(著)
それは人間ぐらいの大きさの花瓶に蝦夷菊えぞぎくの花を山盛りに挿したもので、四五人がかりでもドウかと思われるのをその紳士は何の雑作ぞうさもなく一人で抱えけますと
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
徳之助 何の、雑作ぞうさもないことさ。(酒造家の方へ行きかけ)我ながら旅ずれがしてきたかと思いながら、らくに育った者の意気地なしで、大きな構えの家へは行き難い。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
少年の最も懸念けねんしたのは、青木主膳の眠りを破ることよりも、老女が眼をさますことであったが、運よく誰にも気が付かれずに廊下へ出ると、あとは何の雑作ぞうさもなかった。
そこから階段を昇ってゆくと、私は友達に教えられた部屋のドアを認めました。鍵を持っているので、雑作ぞうさもなしに扉をあけて、私はその部屋の内へはいることが出来ました。
なに馬鹿馬鹿しい程雑作ぞうさもない方法だったのですが、それを実行する土地を探すのには可也かなり手間どりました。ただ最初から中央線の沿線ということ丈けは見当をつけていました。
赤い部屋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なに、洗濯屋に出すからいと言っても、此様こんな物を洗うのは雑作ぞうさもないといって聴かなかった。私は又嬉しくなって、此様こんな事ならもっと早く敬意を表すれば好かったと思った。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
勿論もちろんこれは雑作ぞうさいことですが、それには別室べっしつ修繕しゅうぜんようするとうそのことです。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
葉子がこの侍女を絶対安全な乾分こぶんに仕立てあげるのは、何の雑作ぞうさもないことであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「やいっ、今の若党、出てうせいっ。ようも、わしが家来を、投げおったな。出てうせねば、討ち入るぞよ。こんな、古土塀の一重ひとえ二重ふたえ、蹴つぶして通るに、なんの雑作ぞうさもないわ」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一声ひとこえくりかへすと、ハヤきこえずなりしが、やうやう心たしかにその声したるかたにたどりて、また坂ひとつおりて一つのぼり、こだかき所に立ちておろせば、あまり雑作ぞうさなしや、堂の瓦屋根かわらやね
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
初手しょてからいってるとおり、おめえやおふくろへそくりから、そうたァいやァしねえや。ねらいをつけたなあの若旦那わかだんな橘屋たちばなや徳太郎とくたろうというでくのぼうよ。ふふふふ。んの雑作ぞうさもありァしねえ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
のみならずやはりいくらかは自分に似ているような気もした。顔の長さが二寸ぐらいで塗りつぶすべき面積が狭いだけに思ったよりは雑作ぞうさなく顔らしいものができた、と思ってちょっと愉快であった。
自画像 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
たかが知れた猫女、取り戻すのに雑作ぞうさはないわい。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
竜之助は近寄って、何の雑作ぞうさもなく、いま中へ飛び込もうとする足をグッと持って引っぱると、たあいもなく下へ落ちました。
切り抜ける手はいくらもあるが、手詰えづめに出られるとねつける勇気はない。もう少し冷刻に生れていれば何の雑作ぞうさもない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
腕に覚えはある、刀は銘刀である、骨の細い女ひとりをっ放すのは、なんの雑作ぞうさもないことではあるが、八橋を切る——それを思うと、彼はなんだか腕がふるわれた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
はゞかりながら、御城中へ忍び入りまして、殿下のお命を亡きものにして参りましょう、それなら何の雑作ぞうさもないことでござりますと、至極やす/\と申しますので、なるほど
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「ああ、遠くからですね」鳥捕とりとりは、わかったというように雑作ぞうさなくうなずきました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
御城番ごじょうばん膝下ひざもとでさえ、夜ごとに、五人や七人の生血を塗った助広はここにある。ぶッた斬ろうと思う分には、女の一人や半分は、なんの雑作ぞうさもねえところだ。それをやらねえお十夜のはらの底を
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(さあどうぞお構いなく、とんだご雑作ぞうさを頂きます。)
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私の鼓膜は雑作ぞうさなしにハッキリと受け入れた。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
誠に雑作ぞうさもないことです。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「息を吹き返させるのは雑作ぞうさはねえが、その前に痛みどころをつくろっておかねえと、息を吹き返してからかえって苦しがる」
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
我々のは申すまでもなくヘボ碁ですから、石をくだすのも早いし、勝負の片づくのも雑作ぞうさはありません。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ええ、雑作ぞうさもありません。」と、丸山は勇造に言付けて、ひとりの原住民を呼ばせた。
麻畑の一夜 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「さて、どこでこいつをばらしたもんだろう。ただの囚人なら雑作ぞうさもねえが、なにしろ禁軍八十万の師範だ。いくら首枷くびかせがはめてあるからって、もしやり損なったらこっちの首がすぐくなる」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
およいで行くことができたら一つの峯から次のいわへずいぶん雑作ぞうさもなく行けるのだが私はやっぱりこの意地悪いじわるい大きな彫刻ちょうこく表面ひょうめん沿ってけわしい処ではからだがえるようになり少しのたいらなところではほっといき
マグノリアの木 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
こいつ一人を袋だたきにして、海の中へたたき込むには、何の雑作ぞうさもないと思ったから、多少、事を分けるはずの貸元も、中盆なかぼんも、気が荒くなって
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
どうして私の悪口わるくちを自分で肯定するようなこの挨拶あいさつが、それほど自然に、それほど雑作ぞうさなく、それほど拘泥こだわらずに、するすると私の咽喉のどすべり越したものだろうか。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そいつはな、雑作ぞうさない。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
これが行く先さえ分っていれば、七兵衛の足だから先廻りをするに雑作ぞうさはないが、なにぶん土地不案内のことです。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
丸いテーブルには、薔薇ばらの花を模様にくずした五六輪を、淡い色で織り出したテーブルかけを、雑作ぞうさもなく引きかぶせて、末は同じ色合の絨毯じゅうたんと、づくがごとく、切れたるがごとく
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そいつはな、雑作ぞうさない。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「いいですとも……それでも結構ですよ。その場合には、拙者も筆をなげうって、鍬をとる位は雑作ぞうさありません」
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夏のなかばから秋の始めへかけてやる遊戯としてはもっとも上乗のものだ。その方法を云うとまず庭へ出て、一匹の蟷螂かまきりをさがし出す。時候がいいと一匹や二匹見付け出すのは雑作ぞうさもない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこでもまた再びその影も形も認めることができないから、ともかくも中へ入ってみようとする気になったらしく、そっとその木戸を押してみると、雑作ぞうさなく開いた途端に
何の雑作ぞうさもなくただ現今の日本の開化と云う、こういう簡単なものです。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あっけに取られている四方の人のあわてふためいている間に、再び走りかかった米友が、右の娘の袂をつかまえて、全く動かさないことにしてしまったのは、雑作ぞうさもないことで
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
津田は女のまげがそんなに雑作ぞうさなくえる訳のものでないと思った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「覚えこめば雑作ぞうさないよ、さあ、ついでだから、もう少しつづきを教えてあげよう」
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「僕は二十七さ」と甲野君は雑作ぞうさもなく言って退ける。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)