へだ)” の例文
そした案配あんばいこ、おたがい野火をしへだて、わらわ、ふた組にわかれていたずおん。かたかたの五六人、声をしそろえて歌ったずおん。
雀こ (新字新仮名) / 太宰治(著)
大江山警部の頭には、線路をへだてて、真暗な林にかこまれ立つ笹木邸の洋館が浮びあがってくるのを、はらいのけることができなかった。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
当時は止利とりが法隆寺の釈迦三尊を刻んだ時とわずかに二十年余をへだつるのみで、その様式はなお盛んに行なわれていたと思われる。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
例えばこの胆吹の如きは、日本本土の中央山脈とは相当のへだたりがあり、伊勢路から太平洋を前にして、後ろは日本海を背にしている。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
数十里、数百里をへだてたる測候所の観測を材料として吾人はいわゆる等温線、等圧線を描き、あるいは風の流線の大勢を認定す。
自然現象の予報 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そこは宵から締めていたはずで、鐘五郎の命を狙う者などの忍び込んだはずはなく、裏へ廻ると、狭い庭をへだてて長屋が五六軒。
すこしへだてて、一群の騎馬隊が燦々さんさん手綱たづなくつわをそろえて来るのが見えた。中ほどにある年歯ねんしまだ二十一、二歳の弱冠が元康その人だった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の一日は低地をへだてた灰色の洋風の木造家屋に、どの日もどの日も消えてゆく冬の日に、もう堪えきることができなくなった。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
しかもその渦巻たるや、この潮流の中でありながら、数十海里をへだててなおその怒号というか、叫喚というかが聞こえていたのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
従って、恩返しの機会を待つ事は、恩人に何等かの事変が起るのを待つのと、余りへだたった心持ではないと、彼は思って居た。
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
かかる話を作り出したは理想力を全然闕如けつじょせぬ証左で、日本とメラネシアほどいたへだたった両地方に、偶然自然薯と鳶の話が各々出で来た。
それから、一方の端を、道をへだてゝ、向ひ側の木にゆるく巻きつけ、いざと云へば、ピンと引つ張れるやうにしておきます。
けむり(ラヂオ物語) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
日は傾いてまさに地平線に沈まんとする頃、司教はその世をへだてた場所に着いた。小屋の近くにきたことを知って、一種の胸の動悸どうきを覚えた。
私の家と、お繁さんの家とはわずかにはたけを一つへだてているばかりで、その家の屋根が見える。窓にともっている燈火ともしびが見える。
夜の喜び (新字新仮名) / 小川未明(著)
その後間もなく西が外務の留学生となって渡支してからも山海数千里をへだてて二人は片時かたときも往復の書信を絶やさなかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「朝から何をしているんだ? お前もお前じゃないか? 店員と分けへだてをするのが可愛がるんじゃないよ。お前こそ子供を殺してしまうんだ」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
落付おちつく場所は道庁のヒュッテ白銀荘はくぎんそうという小屋で、泥流でいりゅうコースの近く、吹上ふきあげ温泉からは五ちょうへだたっていない所である。
ものの五町ともへだたらぬのだが、齷齪あくせくかてを爭ふ十萬の市民の、我を忘れた血聲の喧囂さへ、浪の響に消されてか、敢て此處までは傳はつて來ぬ。
漂泊 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
同じ谷村ではあったけれど宝村とは山一つへだてた此処広教寺の住職の高島智拳ちけん氏は斯う云って佐藤義範の様子を見た。
彼は、しまひには、その男をなぐりつけるつもりであつた。彼等は五六間をへだてて口争ひして居た。其処へ、見知らない男の後から一つの提灯ちやうちんが来た。
仏教では、この大きな天地も、私たち小さな人間のいのちも、その根もとで一つに親密に繋がり融け合って、分けへだてがないことを教えております。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
伸子の心の中にわれめをつくっているその精神のへだたりや動坂のくらしに対する否定の感情はそのままでありながら
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
お葉は、ストーブをへだてた右側のテーブルにいる二人の客と、その対手あいてになっている朋輩に用心するように、ちらっとその方に眼をやりながら云った。
文妖伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
にぎやかな浅草観音の境内の、五重の塔の中に、こんな泥坊が忍び込んでいようとは、そこから一町とはへだたぬ交番のおまわりさんでも、気がつかなんだ。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
中新田にとどまり、氏郷は城の中に、政宗は城より七八町へだたった大屋敷に陣取ったから、氏郷の先隊四将は本隊を離れて政宗の営の近辺に特に陣取った。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
今は昔、紀ノ国日高郡に道成寺と名づくる山寺ありしと伝うれど、およそ幾許いくそばくの年日をへだつるのころなるや知らず、情景はそのほとり不知の周域にもとむ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
観音堂の後ろがまたずっと境内で、楊弓場ようきゅうばが並んでいる。その後が田圃です。ちょうど観音堂の真後ろに向って田圃をへだてて六郷ろくごうという大名の邸宅があった。
すぐにK駐在所から一里ばかりをへだたったK分署に呼び付けられて、居残っていた法学士の分署長から、眼の玉の飛び出るほど叱責されなければならなかった。
老巡査 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
広東だけでも、誇張なしに、百万以上の人間が居り、また三、四リイグをへだてた一都市にはこれ以上の人間がいる。しからば誰がこの省の住民を数え得ようか。
優しい処女おとめの声が、患者控室に当てた玄関をへだてて薬局に相対むきあった部屋の中から漏れて来たが、廊下を歩く気配がして、しばらくすると、中庭の木戸が開いた。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
「君の家へ来てから特に僕はそう思うよ、君の生活と僕の生活とが余りにかけへだっているというようなことをね。何しろ君の家には若い者ばかりなんだからね。」
恩人 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
抜手ぬきてを切って行く若者の頭も段々小さくなりまして、妹とのへだたりが見る見る近よって行きました。
溺れかけた兄妹 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
獄舎の庭では夜陰やいんに無情の樹木までがたがいに悪事の計画たくらみささやきはせぬかと疑われるので、くは別々に遠ざけへだてられているのであろうというように見えてなりません。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この大騷動だいさうどうのちは、猛獸まうじう我等われら手並てなみおそれてか、容易ようゐちかづかない、それでも此處こゝ立去たちさるではなく、四五間しごけんへだてゝ遠卷とほまき鐵檻てつおりくるま取圍とりまきつゝ、猛然まうぜんえてる。
その訪れは唐突で乱暴で、今のさっき迄の苦しい思いが、もはや捉えがたい彼方かなたへだてられていました。彼はこんなにやさしくはなかった昨日までの女のことも忘れました。
桜の森の満開の下 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
……それ、その一間ひとまへだてた向うのふすまの中には、現在この俺を生んだ母が何か喋舌しゃべっているではないか。それがこの俺の耳に今聞えているではないか。そら! その襖が開くぞ。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
現場から右手に十間程へだてて、真黒な影をつくっているこんもりとした雑木林があった。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
それに、もうやがて、庭を横ぎって、濡縁ぬれえんか、戸口に入りそうだ、と思うまでへだたった。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分を霊の救主すくいぬしとして信ぜず、政治的の王として擁立しようとするのだ。なんというへだたりであろう。なんという無理解であろう。彼らには自分の心が少しも通じていないのだ。
道の左側には、巨大な羊歯しだ族の峡谷をへだてて、ぎらぎらした豊かな緑の氾濫はんらんの上に、タファ山の頂であろうか、突兀とっこつたる菫色すみれいろ稜線りょうせんが眩しいもやの中から覗いている。静かだった。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
君は、人の心をむすびあわせておくことができる唯一ゆいいつきずなをきろうとしているんだ。考えること、感じることを、いっさいへだてなく分ちあえるのに、それをこわそうとしているのだ。
(新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
ブラゴウエシチェンスクと黒河をへだてる黒竜江は、海ばかり眺めて、育った日本人には馬関と門司の間の海峡を見るような感じがした。二ツの市街が岸のはなで睨み合って対峙たいじしている。
国境 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
すなわちこれを前後にへだたること十七日の日が重要な期日と考えられていた。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そういう手合いは砂糖のように真白な歯を残らずきだして、頬をやけに波打たせながら、恐ろしく大声をあげて笑うものだから、中ふたつ戸をへだてた三番目の部屋に寝ていた男が夢を破られ
煎餅屋を三町とへだたらない同じ森川町の橋下二一九號に移つて行つた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
そこにどれ丈けのへだたりがあるね?
泥沼呪文 (新字新仮名) / 細井和喜蔵(著)
戸をへだてての押問答。
へだてぬところ同商業どうしやうげふ
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
警備の隊員も見物人も、ざわざわとざわめいたが、折角の○○獣も、セメントの壁にへだてられて見えないのが物足りなさそうであった。
○○獣 (新字新仮名) / 海野十三(著)
有馬屋のお糸と、乾物屋のお柳と、吉五郎の娘お留は、三人とも十九のやくで、身分のへだてを他所よそに、長い間仲よく付き合っておりました。