蟄居ちっきょ)” の例文
と、蟄居ちっきょを命じられたという。前の辻斬をらしたはなしにも、秀忠の不興に会って、閉門を命じられたということが附随している。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
往来を歩いている時でも、部屋に蟄居ちっきょしている時でも、彼女の唇が恋しくなると、私はいきなり天を仰いで、はッはッとやりました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
公武一和の説を抱いて供奉ぐぶの列の中にあった岩倉、千種ちぐさ富小路とみのこうじの三人の公卿くげが近く差し控えを命ぜられ、つづいて蟄居ちっきょを命ぜられ
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ユダヤ人の部落に蟄居ちっきょして悲惨な生活をつづけたけれども、誰も助ける者はなかった。しかし彼の製作欲はますます熾烈しれつを加えた。
レンブラントの国 (新字新仮名) / 野上豊一郎(著)
この特徴を形造った大天才は、やはりすべての日本的固有の文明を創造した蟄居ちっきょの「江戸人えどじん」である事は今更ここに論ずるまでもない。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
文治夫婦は深山みやまの小屋にて、島に一年蟄居ちっきょの話、穴に一年難儀の話、積る話に実がりまして、思わず秋の夜長を語り明しました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この夜分の供養は二時翌朝の四時頃にみますけれども、僧侶はそれから外出を許されない。みな自分の室内に蟄居ちっきょして居らなければならん。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そのころ、当の金博士はどうしていたかというのに、彼は常住じょうじゅうの地下室から、更に百メートルも下った別室に避難し、蟄居ちっきょしてしまった。
先見の明は、奇禍を以てむくいられたり。彼は蟄居ちっきょ申し附けられたり、彼の『三国通覧』『海国兵談』はその板木はんぎさえも取り上げられたり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
わがフランスが戸外の空気を恐れて病室に蟄居ちっきょすることを、僕は少しも望まない。病苦の生存を長引かせることを僕は好まない。
成善は経史けいし兼松石居かねまつせききょに学んだ。江戸で海保竹逕かいほちくけいの塾を辞して、弘前で石居の門をたたいたのである。石居は当時既に蟄居ちっきょゆるされていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
俣野はもと納戸奉行をつとめ、良左衛門とはごく親しくしていたが、こちらが蟄居ちっきょをかたく守っていたため、訪問を遠慮していたのである。
初蕾 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「赤山などみだりに重罪にしては——家中の者が動揺して、軽輩共が、又、二の舞を起してはならんから——蟄居ちっきょか、謹慎ぐらいにして——」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
堀主水が鎌倉かまくら蟄居ちっきょしていると、江戸から早馬で注進があった日に、宮内と慎九郎とは、支配頭に呼び出されて、頭ごなしにしかりつけられた。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
ながらく蟄居ちっきょしてはなはだ不自由、不面目の生活をしてまいりましたが、こんどは、いかなる武器をも持ってはならん、素手すでなぐってもいかん
男女同権 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しばらく納戸に蟄居ちっきょさせられて不自由だったのに、今はさんさんたる日光の下で自由に動けるので、それが城介の気持を開放的にしたのだろう。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
あれ以来、高木は別荘番も女中も追出してしまって、広い別荘にたった一人で蟄居ちっきょしているそうだが、大方、一人でキヤキヤしているのだろう。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
この間、僕は東京郊外の茅屋ぼうおく蟄居ちっきょして、息づまる思いで世の激しい転変をながめていた。東京はおおかた廃墟はいきょと化した。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
すなわちカーコゥディーにおける蟄居ちっきょ六年間の彼の仕事は、倫理学者としてのからを打ち割り、自己多年の面目を打破し
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
かくのごとくしてついに同胞とその苦しみや、喜びを分け持つことなしにみずからの切り離された生活のうちに蟄居ちっきょするのが知恵ある生活であろうか。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
煙りに苦しみ、悪臭にもがき、二十日以上に渡る蟄居ちっきょ生活に、すっかり心身衰弱し、衰弱の余りの兇暴的発作、——それの現われに過ぎないのであった。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ついに怨みを買って蟄居ちっきょのあいだに死んだが、自分の経験を一冊のしょつづりて『桜花物語おうかものがたり』と題して子孫にのこしたが、その人は常に左の古歌を愛吟あいぎんした。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そうしてこの新御直参一家はみずから没落し、徳川十六代亀之助かめのすけ様のお供、静岡蟄居ちっきょというはめにおちた。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
かくて法然は黒谷に蟄居ちっきょの後はひとえに名利を捨て一向に出要を求めんと精進した。学問せんが為の学問でなく、確かに生死を離るべき道を求むるが為に学問した。
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
末期の眼を目標とする日本の伝統的小説の限界内に蟄居ちっきょしている彼こそ、文壇的ではあるまいか。
可能性の文学 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
太祇は句三昧くざんまいとなえて一切他事をなげう蟄居ちっきょして句作にのみ苦心する事などがあったそうな。とにかく作句に苦心して熱心であった事は古今有数の一人とせねばなるまい。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
彼等はアダの話で夢中なのだがアダがかつて土人街に蟄居ちっきょしていた日本の売笑婦だと云ったり
孟買挿話 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
限界もなき蒼空そうくうを住家となし、自在に飛揚し、自在にさえずり、食を求めてついばみ、時を得て鳴き、いまだ人間の捕らえて、籠裏ろうり蟄居ちっきょせしむるがごときことあるを知らざりき。
妖怪報告 (新字新仮名) / 井上円了(著)
小さい自我の周りに垣を作ってその中に蟄居ちっきょしようという心が、自己の中にある積極的なあらゆるものを自由に伸して湧き上る生命の泉に躍入ろうとする心に移って行った。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
石田三成等の纔者ざんしゃのためにしりぞけられて蟄居ちっきょしていた加藤清正は、地震と見るや足軽を伴れて伏見城にかけつけ、城の内外の警衛に当ったので、秀吉の勘気も解けたのであった。
日本天変地異記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
まだ逗子に蟄居ちっきょしていた時分で、それに何かと病気がちの折だったので、私はおばにいわれていた事がときどき気になりながらも、なかなかひとりで東京に出てけなかった。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
印度婦人は幕組織バルダーシステムという社会制度の桎梏しっこくわずらわされて一切の異性との交際を厳禁せられ、いかにすべての世相に背を向けて家庭内に蟄居ちっきょした生活を送っているかということなぞ。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
足利氏のもとに九州探題となって、統治に抜群の功を立てた人、後義満のとき、離間の策をろうした人があるらしく、義満の不興をこうむり、遠江とおとうみ蟄居ちっきょして他意のないことを示した。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
引き受けた以上は赴任ふにんせねばならぬ。この三年間は四畳半に蟄居ちっきょして小言はただの一度も聞いた事がない。喧嘩もせずに済んだ。おれの生涯のうちでは比較的ひかくてき呑気のんきな時節であった。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いわんや北国のせつ世界はほとんど一年の三分の一を白き物の中に蟄居ちっきょせざるべからざるや。ことに時候を論ぜざる見世物と異なりて、渠の演芸はおのずから夏炉冬扇のきらいあり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あれまでは、トリエステの湾はおろか、アドリヤチックの海の何処にだっても、砲弾たまの殻一つ落ちなかったのではございませんか。その安逸が——いいえ蟄居ちっきょとでも申しましょうか。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
膝元ひざもとを騒がしたら、戸田のお家はどうなると思う? 去年内匠頭様たくみのかみさま刃傷にんじょうの際にも、大垣の宗家そうけを始め、わが君侯にも連座のおとがめとして、蟄居ちっきょ閉門へいもんをおおせつけられたではないか。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
旧里静岡に蟄居ちっきょしてしばらくは偸食とうしょくの民となり、すこともなく昨日きのうと送り今日と暮らす内、坐してくらえば山もむなしのことわざれず、次第々々に貯蓄たくわえの手薄になるところから足掻あがき出したが
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
いいや、家老がね、なんの罪もねえのに、もう三月ごし、蟄居ちっきょ閉門を食っているというんですよ。しゃべらしたなあの門番のじいやだがね、そいつが涙をぽろりぽろりとやって、こういうんだ。
昔の私は、着る浴衣もなくて、紅い海水着一枚で蟄居ちっきょしていた事もある。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
この箱の中に、二人は、一週間、蟄居ちっきょすることを命ぜられた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
義俊母子を近江おうみ三河一万石に蟄居ちっきょさせてしまったのでした。
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
彼はおおやけの沙汰を待たないで、自分から門を閉じて蟄居ちっきょした。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「僕はこれから当分蟄居ちっきょするかも知れないぜ」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
みすみす、主と仰ぐ若殿が、日ごろ下風に見ている新田党の手にかかって、その自由も蟄居ちっきょの門も、彼らの警固に、ゆだねられた上
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある者は官学的な信条のうちに蟄居ちっきょし、ある者は革命的な信条のうちに蟄居していた。そして結局は、いずれにしても同じ目隠しであった。
岩瀬肥後も今は向島むこうじま蟄居ちっきょして、客にも会わず、号を鴎所おうしょと改めてわずかに好きな書画なぞに日々のさを慰めていると聞く。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すなわち自由ならずといえども、なおその志を行わんとせり、彼は蟄居ちっきょ中なるにかかわらず、なお長防革命的運動の指揮官たりしなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
たいそう豪放濶達かったつな人らしく、江戸でなにか乱暴な事をしたため、国許へ蟄居ちっきょさせられたのだ、などといううわさもあった。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
湖山は安政六年水戸の疑獄に連坐し、五年の間参州吉田の城内に蟄居ちっきょしていたが、文久三年に赦免せられてから姓を小野、字を長愿ちょうげん、名を侗之助と改めた。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)