華魁おいらん)” の例文
それは宗祖紫琴女といふよりは、名ある華魁おいらんのポーズです。體温にぬくめられて、馥郁ふくいくとして匂ふのは南蠻の媚藥でもあるでせうか。
本郷界隈かいわいの或禅寺の住職で、名は禅超ぜんてうと云つたさうである。それがやはり嫖客へうかくとなつて、玉屋の錦木にしきぎと云ふ華魁おいらん馴染なじんでゐた。
孤独地獄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
へえ観音様くわんおんさまのうしろに……あなたは吉原よしはら熊蔵丸屋くまざうまるやの月の華魁おいらんぢやアございませんか。女「おやうしてわたしを御存知ごぞんぢです。 ...
それから、遊廓の大通りへかかると、向うの木橋から、白い服の、そして胸高な青の袴の朝鮮の女が楚々そそとして光って来た。華魁おいらんなのだ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
早や大引おおびけとおぼしく、夜廻よまわり金棒かなぼうの音、降来る夕立のように五丁町ごちょうまちを通過ぎる頃、屏風のはしをそっと片寄せた敵娼あいかた華魁おいらん
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
美しい水色の𧘕𧘔かみしももそこには見えなかった。けばけばしい華魁おいらんの衣裳もみえなかった。ただ白木の棺桶が荒縄で十文字にくくられているだけであった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
英山等の華魁おいらん繪、豐國、國貞等の役者の似顏、國滿が吉原花盛の浮繪うきゑなどの卷物のしりに芳虎の『英吉利國』の畫
海郷風物記 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
殿様や若旦那の長閑のどかな顔が曇らぬように、御殿女中や華魁おいらんの笑いの種が盡きぬようにと、饒舌じょうぜつを売るお茶坊主だの幇間だのと云う職業が、立派に存在して行けた程
刺青 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
だけれど彼の子も華魁おいらんに成るのでは可憐さうだと下を向ひて正太の答ふるに、好いじやあ無いか華魁になれば、己れは來年から際物屋きはものやに成つてお金をこしらへるがね
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
舞台はバテレン信徒を押し込めてある牢屋ろうやの場面で、八重子の華魁おいらんや、牢番や、侍が並んでいる。桜がランマンと舞台に咲いている。そして舞台には小鳥が鳴いていた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
たとえば月待つほどの星の宵に、街灯の光りほの暗い横丁をゆく時、「新吉原ァ細見。華魁おいらんのゥ歳からァ源氏名ァ本名ゥ職順※まで、残らずゥわかる細見はァいかが——」
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
「大さう話がむづかしくなりましたこと。あ、貴方の華魁おいらんね。あのしともひきましたよ。」
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
華魁おいらん鴨をうつわ、雪のしたから浜菜やあかざをほってくる、ロッペンの卵をあつめる。
海豹島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
此はしからず、天津乙女あまつおとめの威厳と、場面の神聖をそこなつて、うやら華魁おいらんの道中じみたし、雨乞あまごいには行過ゆきすぎたもののやうだつた。が、何、降るものときまれば、雨具あまぐの用意をするのは賢い。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
『あんな貧乏人の娘を貰つちや世間や親類方の手前も惡い、せめて吉原の華魁おいらん、入山形に二つ星の名ある太夫でも請出して來い』
されば竹にさへづ舌切雀したきりすゞめ、月に住むうさぎ手柄てがらいづれかはなしもれざらむ、力をも入れずしておとがひのかけがねをはづさせ、高き華魁おいらんの顔をやはらぐるもこれなり。
落語の濫觴 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
長吉は第一に「小梅の伯母さん」というのはもと金瓶大黒きんべいだいこく華魁おいらんで明治の初め吉原よしわら解放の時小梅の伯父さんを頼って来たのだとやらいう話を思出した。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そりや新聞に出てゐた通り、南瓜かぼちや薄雲太夫うすぐもだいふと云ふ華魁おいらんれてゐた事はほんたうだらう。さうしてあの奈良茂ならもと云ふ成金なりきんが、その又太夫たいふに惚れてゐたのにも違ひない。
南瓜 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
奇麗だねあのはと鼻をふきつつ言へば、大巻さんよりなほいや、だけれどあの子も華魁おいらんに成るのでは可憐かわいさうだと下を向ひて正太の答ふるに、好いじやあ無いか華魁になれば
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
道中姿の華魁おいらんの胸から腰にかけて「正宗」とやつたのは露骨であるが奇拔である。Bacchus Venus と雙方を神性にする西洋の思想に對照して考へると更に一段と面白い。
京阪聞見録 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
さらに冷たきもの、真珠、鏡、水銀のたま、二枚わかれし蛇の舌、華魁おいらん
第二真珠抄 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
これはしからず、天津乙女の威厳と、場面の神聖をそこなって、どうやら華魁おいらんの道中じみたし、雨乞にはちと行過ぎたもののようだった。が、何、降るものときまれば、雨具の用意をするのは賢い。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『あんな貧乏人の娘を貰っちゃ世間や親類方の手前も悪い、せめて吉原の華魁おいらん入山形いりやまがたに三つ星の名ある太夫たゆうでも受出して来い』
長吉ちやうきちは第一に「小梅こうめ伯母をばさん」とふのはもと金瓶大黒きんぺいだいこく華魁おいらんで明治の初め吉原よしはら解放の時小梅こうめ伯父をぢさんを頼つて来たのだとやらふ話を思出おもひだした。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
あなたは情死しんぢゆうなすつたとふことで、あゝ飛んだことをした、いゝ華魁おいらんであつたがしいことをしてしまつた
奇麗きれいだねはとはなふきつゝへば、大卷おほまきさんよりなほいや、だけれど華魁おいらんるのでは可憐かわいさうだとしたひて正太しようたこたふるに、いじやあいか華魁おいらんになれば
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
向うはなかちやうでも指折りの華魁おいらんだし、こつちは片輪も同様な、ちんちくりんの南瓜だからね。かうならない前に聞いて見給へ。僕にしたつて嘘だと思ふ。それがあいつにやつらかつたんだ。
南瓜 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さらに冷たきもの、真珠、鏡、水銀のたま、二枚わかれし蛇の舌、華魁おいらん
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「そんな氣のきいた話ぢやありませんよ。いつか話したでせう、薄墨華魁おいらんのことで鞘當さやあてをしてゐる、二本差りやんこと藥種屋の若主人」
大柄な女はいかほど容貌きりょうがよく押し出しが立派でも兼太郎はさして見返りもせず、ああいう女は昔なら大籬おおまがき華魁おいらんにするといい、当世なら女優向きだ
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それからあなたの俗名ぞくみやうつき華魁おいらんと書いて毎日線香せんかうげてりますが夢のやうでございます。
何處からともなく漂浪さすらふて來た傀儡師くぐつまはしの肩の上に、生白い華魁おいらんの首が、カツクカツクと眉を振る物凄さも、何時の間にか人々の記憶から掻き消されるやうに消え失せて、寂しい寂しい冬が來る。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
「それが大ありで、『江口の君』といふのは、昔々大昔の華魁おいらんだ。一きう樣と掛け合ひの歌を詠んで、普賢菩薩ふげんぼさつに化けた——」
銭形平次捕物控:315 毒矢 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
道場破りの宮本武蔵みやもとむさし来らず、内弟子ばかりに取巻かれて先生々々といはれてゐれば剣術使も楽なもの。但しかういふ先生芝居ではいつも敵役かたきやく華魁おいらんにはもてませぬテ。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
喜「華魁おいらんが貴方にお目に掛りたいと仰しゃいますんで」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
三日の月谷底見ればくるわにはならぶ華魁おいらん豆の如しも
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「手代の佐太郎ですよ、——ちよいと良い男で、薄墨華魁おいらんを觀音樣の化身けしんのやうに思つてゐる——これはあのこまちやくれた小僧の春松の惡口ですがね」
天下不用意にして遣りそこなうものは悉く賞せずんばあるべからず。聞説きくならく吉原では華魁おいらんの梅毒病院に入るを恥となすと。吉原は人外の土地なり。然るが故に己の不用意より災を招くものを推賞せず。
偏奇館漫録 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
華魁おいらんなにをそんなにておでなの
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「さう言ひますね。煮〆にしめたやうな汚ない襦袢じゆばんに、腐つたやうなふんどしぢや、華魁おいらん買の恰好はつきませんからね」
華魁おいらん、ちよいと、御覧ごらんなさいな
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「それが一と通りの女遊びぢや無いんで、係り合つた女といふ女、華魁おいらんも新造も、藝子も素人衆まで、一々二の腕に、自分の名を彫らせるといふから、大したものでせう」
華魁おいらんのつかぬ五時ごじごろの
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
この世の中に様々な姿を、あるがままに写して、後の世に伝えるのは、絵筆とる者の勤めでござります。——今時華魁おいらんや役者の絵を描いて、一人で悦に入っていられましょうか
芳年写生帖 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
華魁おいらんの首なまじろく
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
近所で聞いてみると、大川屋の主人といふのは、働き盛りの四十男ですが、早く配偶つれあひを失ひ、先年吉原で馴染を重ねた華魁おいらん請出うけだして、親類の承諾しようだくを得て後添に直しました。
近所で聞いてみると、大川屋の主人というのは、働き盛りの四十男ですが、早く配偶つれあいを失い、先年吉原で馴染を重ねた華魁おいらんを請出して、親類の承諾を得て後添いに直しました。
「達者な下女ですね。手代の美代吉に氣があることゝ、小金をめて居ることは確かですが、下手人にしちや、少し汚なづくりですね。あんなのに殺されちや華魁おいらんが浮ばれねえ」
吉原三浦屋の華魁おいらんで小紫、これは一代の国色で、引手数多あまたの全盛を極めましたが、昨年の春風邪の心地で床に就いたのがもとで、暫らく今戸の寮に出養生までさせて貰って居るうち
「親分、大變なことを聽きましたよ。昨夜、あの取りすました後家華魁おいらんのお染が——」