空家あきや)” の例文
其間そのあいだに村人の話を聞くと、大紙房と小紙房との村境むらざかいに一間の空家あきやがあつて十数年来たれも住まぬ。それは『』がたたりす為だと云ふ。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
空家あきやへ残して来た、黒と灰色とのまだらの毛並が、老人としよりのゴマシオ頭のように小汚こぎたならしくなってしまっていた、老猫おいねこのことがうかんだ。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
おもての雨戸はすっかり破られて、家内なかも、空家あきやのようになっていた。ところどころ壁まで落ちて、まるで半倒壊のありさまだった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
銀座の大通おほどうりに空家あきやを見るは、帝都ていと体面たいめんに関すと被説候人有之候とかれそろひとこれありそろへども、これは今更いまさらの事にそろはず、東京とうけふひらけて銀座の大通おほどほりのごと
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
それは近世の日本染織界に起った一大悲劇でありました。昔あれほど忙しく働いた大倉庫は、まるで空家あきやのように荒れ始めました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
隅の方についている門が入り口であろうが、掛け金や錠前らしいものもなければ、呼鈴ベルさえもない。これは空家あきやに相違ないと私は思った。
が、心がけては居たのだが、空家あきや、せめて二間位の空間と思つても、それすらありさうになかつた。困つて了つて宿の内儀に話をすると
札幌 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
空家あきやの感じだ。腕時計を見た。九時を少しすぎている。外出しているのかしら。まさか違約するはずはない。何か事故が起ったのだろうか。
女妖:01 前篇 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かあいいおじょうちゃんは、今まで空家あきやだったその家に住みこみました。もちろん、お母さんや書生しょせいさんもいっしょです。
赤とんぼ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
今度は声を出して案内をうて見た。依然、何の反響もない。留守なのかしら空家あきやなのかしらと考えているうちに私は多少不気味になって来た。
屋敷の土べいの一所が、長方形にくり抜けると露路であり、その向こう側に空家あきやがあり、空家の塀もくり抜かれていて、開閉自在となっていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
また空家あきやが沢山ありました。玄関から高い窓にまで蔦蔓つたかづらが登つて、門の石柱の上では焼物の唐獅子が番をしてゐました。
文化村を襲つた子ども (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
清光園と云つて浴客の為に作られた丘上の遊園地の一隅に、小さな空家あきやがあつて、亨一はその家を借りて移り住んだ。
計画 (新字旧仮名) / 平出修(著)
夜通し鉦太鼓かねたいこを鳴らしていた屋敷のうちが、今はひっそりとして空家あきやかと思われるほどである。門のとびらとざしてある。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
昼間の空家あきやは淋しい、薄い人の影があそこにもこゝにもたゝずんでいるようで、寒さがビンビンこたえて来る。
放浪記(初出) (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「番場町の家は十日も前から空家あきやですよ。與三郎に捨てられて、何處へ行つたか、町内の者にもわかりません」
ただ、一軒、入口の硝子ガラスが、めちゃめちゃにこわれている空家あきやが目についた。どうもその家が、ドロレス夫人の宿だったように思うのであるが、入口の壁には
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
引越しあとの空家あきやは総じて立派なものでは無いが、彼等はわがものになったうちのあまりの不潔に胸をついた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
優秀者のために使用され優秀者から見捨てられた語のあるものは、あたかも空家あきやのようなものであって、優秀者が立ち去ったあとには、新しい精力が住んでいる。
そうしてそれがことごとく西洋館である。しかも三分の一は半建はんだてのまま雨露あめつゆさらされている。他の三分の一は空家あきやである。残る三分の一には無論人が住んでいる。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なに、そんなところにおうらるか、と……つまらんことを——おうら居処ゐどころ居処ゐどころはなしちがう。空家あきやさがすのはわたしさがしてわたし其処そこはいるんだ。——所帯しよたいつのぢやない。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そうなくてさえ薄暗い六畳二間ががらんとして荷物を運び出した後がまるで空家あきやのように荒れていた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
遊んで居てもいけないからと云うので、今度商法をね……当節は兎角商法流行ばやりで、遠州の方から葉茶はぢゃを送ってくれると云うので、蠣殻町かきがらちょう空家あきやが有ったもんだから
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この家が空家あきやであることは前から知っていたが、今入ってみると、寂然ひっそりしていてカタとの物音もないのと、あやめも分かぬ真の闇に、一種異様な気味わるさを感じた。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「向うの空家あきやの地下に貯蔵してあるのを発見したんです。つまり……是が怪鳥事件の原因なんです」
廃灯台の怪鳥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこでよく見ると、この別荘風の建物は最近二十年ぐらいは空家あきやになっていたらしく、門は大きくひらいたままで腐っていて、草は路を埋めるように生い茂っていました。
小径に沿うては田圃たんぼ埋立うめたてた空地あきちに、新しい貸長屋かしながやがまだ空家あきやのままに立並たちならんだ処もある。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
空家あきやの庭とか、土蔵の裏とかに限るようだから、私の座敷は妙に空家臭くなるのであった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
こんな空家あきや、気にいるもいらないも、ないじゃないの……でも、人間に疲れて、ひとりになりたくなると、朝でも夜中でも、東京から車をとばしてきて、この家へ入りこんで
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
例もの通り空家あきやのやうに靜かで、太政官の大きな姿は窓にも入口にも現はれなかつた。
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
二三日空家あきやになっていたのにも係わらず、台所がきれいにふき掃除そうじがされていて、布巾ふきんなどが清々すがすがしくからからにかわかしてかけてあったりするのは一々葉子の目を快く刺激した。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それから幾週間も空家あきやになっていたのだから、ストーブの火をよくおこしてくれ。寝床へも空気を入れるようにしてくれ。もちろん、そこに蝋燭ろうそくき物があるかどうだか見てくれ。
でも、灰色ネズミたちの数がふえてきますと、だんだん大胆だいたんになって、町なかまではいってくるようになりました。さいしょは、黒ネズミたちのすてた古い空家あきやに、ひっこしました。
興行の間だけ、土地の太夫元が空家あきやを借りてあてがってくれた、嵐粂吉の住居です。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もと西隣の行者が住んでいた家は、今も尚お借り手がなくて空家あきやであった。東隣の小学校教員の家は、はや雨戸を閉めてしまった。真暗な家の中から周蔵の苦しんでうめく声が聞える。
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
何やら氣が退けて、甚く其處らを憚りながら、急足で長屋の通路を通り抜けると……兩側に十軒の長屋が四軒まで空家あきやになってゐて、古くなツた貸家札は、風に剥がれて落ちさうになツてゐた。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
本所ほんじょ。鎌倉の病室。五反田ごたんだ同朋町どうほうちょう和泉町いずみちょう柏木かしわぎ新富町しんとみちょう。八丁堀。白金三光町しろがねさんこうちょう。この白金三光町の大きな空家あきやの、離れの一室で私は「思い出」などを書いていた。天沼あまぬま三丁目。天沼一丁目。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この裏どなりが空家あきやだつたときの屋根下へ立つてゐた事もありました。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
自然りあげられて、一台千円などという法外な値となります。向側は何事もなくて、立派な家が並んでいます。そこの人たちはそれぞれ地方などへ疎開して、空家あきやに留守番だけがいるのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
長屋の一軒で、六畳、四畳半、三畳、の三間ある平屋だが、その荒廃のさまは空家あきや同然といってよい。調度類はほとんどなく、襖、障子は破れ放題、ガラス戸のガラスも、満足なのは、幾枚もない。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
本当の家は京都の今出川いまでがわにあるが、ここでわしのために定めてくれた家は、今まで空家あきやになっていた——この幽霊の出そうな空屋敷に、いわば座敷牢といったようなものに、わしはひとり納められて
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
空家あきやのようにしては置かれまいっちぇ」
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
空家あきや傀儡踊あやつり
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
長庵はかく低声に唄いながら、その、夕方になっても未だ灯もつけない、空家あきや同然のおのが住居の中を、珍しそうに見廻している。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
以前は当主の父の隠居所で、今は空家あきやになっているのを、鷲撃ちの時節には手入れや掃除をして、出張る役人に寝泊りさせるのを例としていた。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
足利の栄町さかえちょう六十三番地に、ちょっとした空家あきやが有りましたから、これを借受け、飯事世帯まゝごとしょたいのように小瀧と二人で暮して居りましたが、小瀧は何か旨い物がべたいとか
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
露路へはいりながら、しどい場処ところですといって番地と表札をさがしたが、西川鉄五郎の家はどうしても知れないので空家あきやのような家で聞くと、細い細い声で返事をした。
近頃は両側へ長家ながやが建ったので昔ほどさみしくはないが、その長家が左右共闃然げきぜんとして空家あきやのように見えるのは余り気持のいいものではない。貧民に活動はつき物である。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たましいのない空家あきやにすることができる人、それが完全にできる人ほど、上等の霊媒だそうです。
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
もう、これからは、この家は空家あきやになるのかな——赤とんぼは、しずかに首をかたむけました。
赤とんぼ (新字新仮名) / 新美南吉(著)