“空地(くうち)” の例文
此詩を見るに、霞亭は只丸山邸内の一戸を賜はつてこれに住んだのではなく、或は空地(くうち)を賜はつて家を建てたのでは無いかと疑はれる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
今日ではこのアアチの下をば無用の空地(くうち)にして置くだけの余裕がなくって、戸々(ここ)勝手(かって)にこれを改造しあるいは破壊してしまった。
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
湯は、だだっ広い、薄暗い台所の板敷を抜けて、土間へ出て、庇間(ひあわい)を一跨(ひとまた)ぎ、据(すえ)風呂をこの空地(くうち)から焚くので、雨の降る日は難儀そうな。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手文庫には文殻(ふみがら)とノートがぎっしり詰っていた。空地(くうち)のあるのは夜具(やぐ)蒲団(ふとん)のしまってある一間(けん)の戸棚だけであった。細君は苦笑して立ち上った。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ボオイが心配してくれたので、やっと腰を下す空地(くうち)が見つかったが、それではどうも眠れそうもない。そうかと云って寝台は、勿論皆売切れている。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
けれども先生(せんせい)は其家(そのいへ)を圍(かこ)む幾畝(いくせ)かの空地(くうち)を自(みづ)から耕(たがや)して菜園(さいゑん)とし種々(しゆ/″\)の野菜(やさい)を植(う)ゑて居(ゐ)ます。又(また)五六羽(ごろつぱ)の鷄(にはとり)を飼(か)ふて、一家(か)で用(もち)ゆるだけの卵(たまご)を採(と)つて居(ゐ)ます。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
長い陳列台を一つ廻ると、一寸空地(くうち)が出来ていて、その真中に三人の人形が立っていた。懐中電燈の丸い光が、おずおず震えながら、床をはい上って行った。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
荷物を運ぶといっても、人家稠密(ちゅうみつ)の場所とて、まず駒形堂辺(あたり)へ持って行くほかに道はない。手当り次第に物を持って、堂の後ろの河岸の空地(くうち)へと目差して行く。
稻草(いなぐさ)を以(もつ)て田(た)の空地(くうち)を埋(うづ)めることが一日(にち)でも速(すみや)かなればそれだけ餘計(よけい)な報酬(はうしう)を晩秋(ばんしう)の收穫(しうくわく)に於(おい)て與(あた)へるからと教(をし)へて自然(しぜん)は百姓(ひやくしやう)の體力(たいりよく)の及(およ)ぶ限(かき)り活動(くわつどう)せしめる。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
裏庭の雑木林が少しの黄色を残して居るのが横手の空地(くうち)から見えて居た。之(これ)が東洋に迄も名を知られた大詩人の寓居であらうとは思はれぬ程、粗末な田舎家(ゐなかや)である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
燻臭(いぶりくさ)き悪気は四辺(あたり)に充満(みちみ)ちて、踏荒されし道は水に漐(しと)り、燼(もえがら)に埋(うづも)れ、焼杭(やけくひ)焼瓦(やけがはら)など所狭く積重ねたる空地(くうち)を、火元とて板囲(いたがこひ)も得為(えせ)ず、それとも分かぬ焼原の狼藉(ろうぜき)として
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
饑饉年が来るから用心しなさいと言って、その晩、夜どおし触書(ふれがき)をつくって諸方へ廻して、皆の者に勧めることには、明地(あきち)や空地(くうち)は勿論のこと、木棉(わた)を植えた畑をつぶしてもいいから
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
此の位置が彼を有利に導いたと云うのは、床の間の前の空地(くうち)の半分が死骸だの厨子(ずし)だの枕元の調度類などに占められていたので、向って来る敵を自然と一方へ片寄せてしまったのである。
門の片側に、運轉手のゐる小屋があり、その後がボーイの住居、その後が厨司一家(ちゆうずいつか)で、細長く住んで、間に空地(くうち)はあるが、客室の後までつづいてゐる。その後が後庭で、畠をつくつてゐた。
北京の生活 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
馬場裏(ばばうら)の家の裏には、もと桑畑であったところが空地(くうち)になっていましたから、そこを借りることにしましたが、さくの外を行く人は慣れないわたしが働くのを見てクスクス笑って通りました。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
伝七郎の背後(うしろ)はといえば、無限の空地(くうち)と雪風であった。かりに相手方の武蔵には、助太刀は来ていないと承知していても、その広い背中の空地を、決して無関心でいるわけにはゆかなかった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
河口を少しくのぼった空地(くうち)には木羽葺(こっぱぶき)の休憩所が一つ見えていた。まだ接待の準備もつかないらしく、若い酌婦風の女が一人二人、風に吹かれて、対岸の遠いポプラや白樺(しらかんば)のかがやきを見入っていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
お玉が池の新宅は、わたくしの親戚の所有の空地(くうち)を借りて建築したものであつた。其費用は種々の工夫に由つて辨じたものである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
今日ではこのアーチの下をば無用の空地(くうち)にして置く丈(だ)けの余裕がなくなって戸々勝手にこれを改造もしくは破壊して了(しま)った。
銀座界隈 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
雷神山の急昇りな坂を上(あが)って、一畝(ひとうね)り、町裏の路地の隅、およそ礫川(こいしかわ)の工廠(こうしょう)ぐらいは空地(くうち)を取って、周囲(ぐるり)はまだも広かろう。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ル・ゴフさんの処方で病気が癒(なほ)つたので再びアンデパンダンの絵を観に行つた。セエヌ河の下流の左岸の空地(くうち)に細長い粗末な仮屋(かりや)を建てて千七百点からの出品が陳(なら)べてある。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
電車の通路になってから、あそこいらの様子がまるで違ってしまいましたが、その頃(ころ)は左手が砲兵工廠(ほうへいこうしょう)の土塀(どべい)で、右は原とも丘ともつかない空地(くうち)に草が一面に生えていたものです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
跡に遣(のこ)ったのは未亡人安四十四歳、長女敬(けい)二十一歳、次女銓(せん)十九歳の三人である。五百は台所町の邸(やしき)の空地(くうち)に小さい家を建ててこれを迎え入れた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
傍(わき)に、総井戸を埋めたと云う、扇の芝ほど草の生えた空地(くうち)があって、見切(みきり)は隣町の奥の庭。黒板塀の忍返しで突当る。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四尺の空地(くうち)を池の縁(ふち)まで細長く余して、真直(まっすぐ)に水に落つる池の向側(むこうがわ)に、横から伸(の)す浅葱桜(あさぎざくら)の長い枝を軒のあたりに翳(かざ)して小野さんと藤尾がこちらを向いて笑いながら椽鼻(えんばな)に立っている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これは初め商売を始めようと思って土著(どちゃく)したのではなく、唯稲葉(いなば)という家の門の片隅に空地(くうち)があったので、そこへ小家(こいえ)を建てて住んだのであった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
青き旗、白き旗、二三本その前に立ちて、うしろはただちに山の裾(すそ)なる雑樹斜めに生(お)いて、社の上を蔽(おお)いたる、その下のおぐらき処、孔(あな)のごとき空地(くうち)なるをソとめくばせしき。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
青き旗、白き旗、二、三本その前に立ちて、うしろはただちに山の裾(すそ)なる雑樹(ぞうき)斜めに生(お)ひて、社の上を蔽(おお)ひたる、その下のをぐらき処(ところ)、孔(あな)の如き空地(くうち)なるをソとめくばせしき。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
たゞしその六尺(ろくしやく)の屏風(びやうぶ)も、飛(と)ばばなどか飛(と)ばざらんだが、屏風(びやうぶ)を飛(と)んでも、駈出(かけだ)せさうな空地(くうち)と言(い)つては何處(どこ)を向(む)いても無(な)かつたのであるから。……其(そ)の癖(くせ)、醉(よ)つた。醉(よ)ふといゝ心持(こゝろもち)に陶然(たうぜん)とした。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)