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相応
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ふさわ
ふりがな文庫
“
相応
(
ふさわ
)” の例文
旧字:
相應
呼び招いて、小姓袴も
相応
(
ふさわ
)
しい京弥に運ばせたのは、うず高く三宝に盛られた小判の山でした。五十両? いや正しく二三百両です。
旗本退屈男:10 第十話 幽霊を買った退屈男
(新字新仮名)
/
佐々木味津三
(著)
遠近
(
おちこち
)
の森に
棲
(
す
)
む、
狐
(
きつね
)
か
狸
(
たぬき
)
か、と見るのが
相応
(
ふさわ
)
しいまで、ものさびて、のそ/\と
歩行
(
ある
)
く犬さへ、
梁
(
はり
)
を走る
古鼠
(
ふるねずみ
)
かと疑はるゝのに——
光籃
(新字旧仮名)
/
泉鏡花
(著)
およそこの土地に
相応
(
ふさわ
)
しくない、赤や緑のネオンサインで、毒々しく飾り立てた
茶館
(
カフェー
)
や、飲食店のずらりと並んでいる横町に出た。
雲南守備兵
(新字新仮名)
/
木村荘十
(著)
19の黒い制服には
金釦
(
きんぼたん
)
が重要性をつけていた。すべてが
巴里
(
パリー
)
からドライヴして来た人に
相応
(
ふさわ
)
しい「長い
途
(
みち
)
に狐色になった
荒
(
ラフ
)
さ」
踊る地平線:09 Mrs.7 and Mr.23
(新字新仮名)
/
谷譲次
(著)
私の運命は私の身体に
相応
(
ふさわ
)
しい地獄の道へ還元してしまうが……その代り……その代りにはこの無念さ、腹立たしさ、残念さ、憤ろしさ
陰獣トリステサ
(新字新仮名)
/
橘外男
(著)
▼ もっと見る
これは
基督教徒
(
キリストきょうと
)
に
相応
(
ふさわ
)
しいジョンという名前を持っていたが、その性質は
異端者
(
いたんしゃ
)
のヘクトーよりも
遥
(
はるか
)
に劣っていたようである。
硝子戸の中
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
原
(
も
)
と支那から来た落葉灌木で、美花を開き花弁は多少相重なり花梗は長いので花が小枝から垂れて咲いていて垂糸海棠の名は最も
相応
(
ふさわ
)
しい。
植物記
(新字新仮名)
/
牧野富太郎
(著)
貧民窟を潤して煙のように消え去るその人の感じが、いかにも鼠色というのに
相応
(
ふさわ
)
しかった。どうもあれが鼠色の男だろう。
耳香水
(新字新仮名)
/
大倉燁子
(著)
デカルトのかかる考といい、ライプニッツの予定調和といい、時代性とはいえ、鋭利なる頭脳に
相応
(
ふさわ
)
しからざることである。
デカルト哲学について
(新字新仮名)
/
西田幾多郎
(著)
私の眼は
据
(
す
)
えつけられた二つのプロジェクターのように、その死体に投げつけられて、動かなかった。それは死体と云った方が
相応
(
ふさわ
)
しいのだ。
淫売婦
(新字新仮名)
/
葉山嘉樹
(著)
誠に日本仏教は、生に対して逞しく健康な心力を有する日本民族にとって、如何にも
相応
(
ふさわ
)
しい心使いを持つ宗教であります。
仏教人生読本
(新字新仮名)
/
岡本かの子
(著)
百年
稀
(
まれ
)
に見る自然の大破壊を背景として大陸軍を背後に控える一軍憲の手でアナーキストに
相応
(
ふさわ
)
しい最後の幕を閉じた。
最後の大杉
(新字新仮名)
/
内田魯庵
(著)
暖かい土地で、人に顔をあわさず、
朝
(
あした
)
夕
(
ゆう
)
べに讃美歌を口ずさみながら、羊の群をおっているのは、廃残の彼女にはほんに
相応
(
ふさわ
)
しいことだと思った。
芳川鎌子
(新字新仮名)
/
長谷川時雨
(著)
小春日和の
長閑
(
のどか
)
な日影は、見るから平和そうな此山ふところの村に
相応
(
ふさわ
)
しい光を投げて、霜溶けの路からも枯草の上からも淡い陽炎が立っている。
奥秩父の山旅日記
(新字新仮名)
/
木暮理太郎
(著)
強
(
し
)
いて象徴的に幕末維新というものを代表する巨人を選定せよとならば、そは西郷よりも、大久保よりも、木戸よりも、福沢諭吉が
相応
(
ふさわ
)
しかろう。
大菩薩峠:24 流転の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
けれども、この小祠に
勧請
(
かんじょう
)
した六柱の神々こそが、今日の祝宴の正座におかれてこそもっとも
相応
(
ふさわ
)
しいと考えられた。
石狩川
(新字新仮名)
/
本庄陸男
(著)
卓上のスタンドは消したままで、天井から下った
切子硝子
(
カッティング
)
の
飾電灯
(
シャンデリヤ
)
が、書斎と言うよりは、
寧
(
むし
)
ろ客間と言うに
相応
(
ふさわ
)
しく、華やかに四方を照して居ります。
流行作家の死
(新字新仮名)
/
野村胡堂
(著)
ここでしばらく飼うと
脂気
(
あぶらけ
)
が抜けてしまうそうで、そのさっぱりした味がこの土地に
相応
(
ふさわ
)
しいような気もした。
雨の上高地
(新字新仮名)
/
寺田寅彦
(著)
松虫の声は美しくはあったが、しかし物寂しく憐れ気で、この荒涼たる裾野の景色と
相応
(
ふさわ
)
しいように思われた。
神州纐纈城
(新字新仮名)
/
国枝史郎
(著)
女の児への土産ものとしては
相応
(
ふさわ
)
しいものであります。熱海地方はかつて「
雁皮紙
(
がんぴし
)
」や「
雁皮紙織
(
がんぴしおり
)
」で聞えましたが、もう純粋な品は見られなくなりました。
手仕事の日本
(新字新仮名)
/
柳宗悦
(著)
あのひとは、あのひとに
相応
(
ふさわ
)
しい人間と結婚するだろう。そして子を生み、やがて老いてゆくことだろう。
夜明けの辻
(新字新仮名)
/
山本周五郎
(著)
白雲池は美しい絹笠山の麓にあって、山上湖であるに
相応
(
ふさわ
)
しい静かな環境を持った油絵のような池である。
雲仙岳
(新字新仮名)
/
菊池幽芳
(著)
それにたといそれがどんな家庭であるにしても、葉子をおくのに
相応
(
ふさわ
)
しいものではなかった。彼女の逃げようとしているものは、いつも求めていたものであった。
仮装人物
(新字新仮名)
/
徳田秋声
(著)
行当りばったりの旅館に置くのが却って彼女に
相応
(
ふさわ
)
しいと空想して、独りでホクホク悦に入っていた。
軽井沢にて
(新字新仮名)
/
正宗白鳥
(著)
全身が眠っている間に、何等かの刺戟を受けて目を醒ましている細胞は、きっとその刺戟に
相応
(
ふさわ
)
しい対象を聯想し、空想し、妄想している……何かの夢を見ている。
ドグラ・マグラ
(新字新仮名)
/
夢野久作
(著)
惟
(
おも
)
うに近頃諸国で結婚問題やかましく、優生学者等同音に男女身体検査を厳重に行うた後、
相応
(
ふさわ
)
しい同士を婚せしむべきを主張するが、体
健
(
すこや
)
かにして子なきも多ければ
十二支考:10 猪に関する民俗と伝説
(新字新仮名)
/
南方熊楠
(著)
加之
(
のみならず
)
、そこには昔ながらの建物に
相応
(
ふさわ
)
しい藤棚があり、庭があり、泉水がありました。全体として、狭いながらも、それはチャンと整った一区画を示しているものでした。
「奈良」に遊びて
(新字新仮名)
/
宮本百合子
(著)
誰でも上高地を訪ねた人が、もし機会があったなら、彼を訪ねて炉辺に
榾火
(
ほたび
)
を
焚
(
た
)
きながらこの物語を聞いて御覧なさい。
相応
(
ふさわ
)
しい山物語りにホロリとする所があるだろう。
案内人風景
(新字新仮名)
/
百瀬慎太郎
、
黒部溯郎
(著)
わたくしがお父さまと申し上げることが出来、そこに不安を感じない嬉しさはやはりこの称えによるもっとも
相応
(
ふさわ
)
しい私自身のあまさでございましょうと書かれてあった。
我が愛する詩人の伝記
(新字新仮名)
/
室生犀星
(著)
彼の声は身体に
相応
(
ふさわ
)
しい太い
濁声
(
だみごえ
)
で、ひどい奥州訛りのあるのが、一層彼をいかつく見せた。
支倉事件
(新字新仮名)
/
甲賀三郎
(著)
果してそれに私達の幸福の物語に
相応
(
ふさわ
)
しいような結末を見出せるであろうか? なぜだか分らないけれど、私がまだはっきりさせることの出来ずにいる私達の生の側面には
風立ちぬ
(新字新仮名)
/
堀辰雄
(著)
(丘〔浅次郎〕博士『進化論講話』中の例。)これは実に過去の琉球を説明するに
相応
(
ふさわ
)
しい例である。明治十二年前の沖縄人は、あたかもこのフジツボのようなものであった。
進化論より見たる沖縄の廃藩置県
(新字新仮名)
/
伊波普猷
(著)
名前の殺手姫というのはいかにも心柄に
相応
(
ふさわ
)
しい。……今度ばかりは、わしも少々
辟易
(
へきえき
)
した
平賀源内捕物帳:萩寺の女
(新字新仮名)
/
久生十蘭
(著)
それ
我
(
わ
)
が
来
(
きた
)
れるは
人
(
ひと
)
をその
父
(
ちち
)
より、
娘
(
むすめ
)
をその
母
(
はは
)
より、
嫁
(
よめ
)
をその
姑嫜
(
しゅうとめ
)
より
分
(
わか
)
たん
為
(
ため
)
なり。
人
(
ひと
)
の
仇
(
あだ
)
は、その
家
(
いえ
)
の
者
(
もの
)
なるべし。
我
(
われ
)
よりも
父
(
ちち
)
または
母
(
はは
)
を
愛
(
あい
)
する
者
(
もの
)
は、
我
(
われ
)
に
相応
(
ふさわ
)
しからず。
斜陽
(新字新仮名)
/
太宰治
(著)
それに
相応
(
ふさわ
)
しく華麗豪放な往来人の姿。
燦爛
(
さんらん
)
たる大天守の
金碧
(
こんぺき
)
を
繍
(
ぬ
)
いつづる青葉若葉、——ここでは中国に見られたあの泥土の闘いも人の汗も、遠いものにしか考えられない。
新書太閤記:07 第七分冊
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
今でも賑かであるそのあたりを形容するのに余り
相応
(
ふさわ
)
しくないというのもあるかも知れないが、しかもそこにはもはやその昔の空気が
巴渦
(
うず
)
を巻いていないことだけは確かであった。
日本橋附近
(新字新仮名)
/
田山花袋
(著)
世になき人の数に入りたまはむやも知られぬに、身に
相応
(
ふさわ
)
ぬ望みはかへつて御苦労させますもとと。思ひ返してそれよりは内職の手伝ひするを身の栄に、学校へはゆかずなりしを。
葛のうら葉
(新字旧仮名)
/
清水紫琴
(著)
傍ら新作に
相応
(
ふさわ
)
しい道具もこしらえていった。つづいて鳴物の打ち合わせもおえた。
小説 円朝
(新字新仮名)
/
正岡容
(著)
守景もさる者ではあるが、守景の古九谷に
相応
(
ふさわ
)
しからざる点を挙げると、第一に筆力が強くないことである。それが古九谷の絵となると、不思議なくらい、筆力雄勁で全く豪快なのだ。
古九谷観
(新字新仮名)
/
北大路魯山人
(著)
その
聴手
(
ききて
)
だった僕は、
爾来
(
じらい
)
大いに
共鳴
(
きょうめい
)
し、この論説の
普及
(
ふきゅう
)
につとめているわけなんだが、全くその岡安巳太郎という男は、科学的殺人が
便宜
(
べんぎ
)
になった現代に
相応
(
ふさわ
)
しい一つの存在だった。
電気看板の神経
(新字新仮名)
/
海野十三
(著)
しかし市中に飛んでいる小さい蝙蝠は、鬼気や妖気の問題を離れて、夏柳の下をゆく美人の影を追うに
相応
(
ふさわ
)
しいものと見なされている。わたしたちも子供のときには蝙蝠を追いまわした。
薬前薬後
(新字新仮名)
/
岡本綺堂
(著)
このバーは酒場というよりも応接間、といった方が
相応
(
ふさわ
)
しかった。
白金神経の少女
(新字新仮名)
/
蘭郁二郎
(著)
仔細
(
しさい
)
は別にあるとして、私の連立った橘八郎は、能楽家、音曲教師、役者などというよりも、
実
(
まこと
)
に「能職」の方が
相応
(
ふさわ
)
しい。
卵塔場の天女
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
このイワヂシャの花はその色が紫でいわゆる移ろう色であるから、君の心の変る事を言い現わすには
相応
(
ふさわ
)
しい植物である。
植物記
(新字新仮名)
/
牧野富太郎
(著)
逸作のような
端正
(
たんせい
)
な顔立ちには月光の照りが
相応
(
ふさわ
)
しそうで、実は逸作にはまだそれより現世に接近したひと皮がある。そのせいか逸作も太陽が好きだ。
かの女の朝
(新字新仮名)
/
岡本かの子
(著)
丁度風交りの雨がドシャドシャ降った日で、一代の皮肉家緑雨を弔うには極めて
相応
(
ふさわ
)
しい意地の悪い天気であった。
斎藤緑雨
(新字新仮名)
/
内田魯庵
(著)
これは駒井
贔屓
(
びいき
)
の方の言い分で、駒井が西洋の知識に暗からず、且つ外交官として
相応
(
ふさわ
)
しい器量のすべてを持っているように信じている者の口から出ました。
大菩薩峠:11 駒井能登守の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
(五) 工藝において美が労働と結合するなら、労働の運命を担う大衆が、
相応
(
ふさわ
)
しい工藝の作者である。否、民衆ならでは工藝の美を
完
(
まっと
)
うすることができない。
工芸の道
(新字新仮名)
/
柳宗悦
(著)
上田の町を歩いている頃は高原の太陽が町のアスファルトに照り付けて、その余炎で町中はまるで蒸されるように暑く、いかにも夏祭りに
相応
(
ふさわ
)
しい天気であった。
高原
(新字新仮名)
/
寺田寅彦
(著)
相沢半之丞の権力はたいしたもの、その
住居
(
すまい
)
も、お長屋という名に
相応
(
ふさわ
)
しからぬ堂々たるものです。
銭形平次捕物控:022 名馬罪あり
(新字新仮名)
/
野村胡堂
(著)
“相応”の解説
相応(そうおう)とは、つり合っていること即ち相応しい(ふさわしい)ことである。ここでは仏教用語の相応について解説する。
(出典:Wikipedia)
相
常用漢字
小3
部首:⽬
9画
応
常用漢字
小5
部首:⼼
7画
“相”で始まる語句
相
相手
相違
相好
相撲
相談
相槌
相貌
相模
相対