由緒ゆいしょ)” の例文
いったい吉野の山奥から熊野くまのへかけた地方には、交通の不便なために古い伝説や由緒ゆいしょある家筋の長く存続しているものがめずらしくない。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
西の京から薬師寺と唐招提寺とうしょうだいじへ行く途中の春景色にはじめて接したとき、これがほんとうの由緒ゆいしょ正しい春というものなのかと思った。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
津崎の家では往生院おうじょういんを菩提所にしていたが、往生院はかみのご由緒ゆいしょのあるお寺だというのではばかって、高琳寺を死所しにどころときめたのである。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それぞれ何らかの由緒ゆいしょがあって、武蔵の生涯のうちに、たとえ三年か四年の或る間だけでも、彼の手に愛された品であろうと思われる。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あなたの郷里でも同じ事だろうと思いますが、田舎では由緒ゆいしょのある家を、相続人があるのにこわしたり売ったりするのは大事件です。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
八王子のざい、高尾山下浅川附近の古い由緒ゆいしょある農家の墓地から買って来た六地蔵の一体だと云う。眼を半眼に開いて、合掌がっしょうしてござる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
江戸の生まれで、由緒ゆいしょはなんでござりますやら、兄は御家人くずれ、弟は小ばくちうちの遊び人、どちらにしてもならず者でござります。
尋ねてみると今日から三日間の「塩市しおいち」だということ。なお「塩市」とは何だと尋ねてみると、これにはまた一つの歴史的の由緒ゆいしょがある。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夜な夜な、物置ものおきやうまやの中、または青空の下の木のかげにねむったあわれな子どもが、いまは歴史れきし由緒ゆいしょの深い古城こじょうの主人であった。
こんな移り気な弟子があるかと思うと、大阪天王寺町の由緒ゆいしょある仏師の弟で田中栄次郎という人が内弟子になっていました。
路地には往々江戸時代から伝承しきたった古い名称がある。即ち中橋なかばし狩野新道かのうじんみちというが如き歴史的由緒ゆいしょあるものもすくなくない。
由緒ゆいしょのある人——もとより、はじめからそうにらんではいた。げんを左右にして身分を明かさないところがなおいっそう、そう思われたのだが。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
なかなか由緒ゆいしょのある寺でくわしい事はここで申す必要はありませんから略しますがそこにある坊さんのこやについて宿りました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
しかし小児はそんな古い由緒ゆいしょを知らない。それに親たちの心持こころもちまでは呑みこめぬ者が多いので、いつしかこの特権は濫用らんようせられるようになった。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
いずれ叔母に聞いてみればそれぞれ由緒ゆいしょのある貴夫人たちなのであろうけれど、そういう貴夫人たちというものはどんな会話をするものかしらと
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
まさか彼が先祖青山道斎のこの村のために建立した由緒ゆいしょの深い万福寺を焼き捨てに行くとはに受けもしなかったが、なお二人ふたりしてそのあとをつけた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
が、その内に困まった事には、少将もいつか康頼と一しょに、神信心を始めたではないか? それも熊野くまのとか王子おうじとか、由緒ゆいしょのある神を拝むのではない。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これは由緒ゆいしょある御方おかたからはは拝領はいりょう懐剣かいけんであるが、そなたの一しょう慶事よろこび紀念きねんに、守刀まもりがたなとしておゆずりします。肌身はだみはなさず大切たいせつ所持しょじしてもらいます……。
何につけにつけ日本の邪魔ばかりをしている憎い奴だと思っていた某大国から、この由緒ゆいしょある途方もない大きな贈物をおくられて、おどろかぬ者があろうか。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それらの美術品は、どれを見ても、みな由緒ゆいしょのある品ばかり、私設博物館といってもいいほどのりっぱさです。
少年探偵団 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
シテ見るとこの「ケイヅ」といふ言葉は誇るべき由緒ゆいしょといふやうな事を意味する当時の俗言であつたと見える。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
加うるに由緒ゆいしょの深い寺刹じさつがどれだけあるでありましょうか。従ってそれらのお寺や信心にあつ在家ざいけで用いる仏具の類や数は並々ならぬものでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「この釜は、」と私はその由緒ゆいしょをお尋ねしようとしたが、なんと言っていいのか見当もつかない。「ずいぶん使い古したものでしょう。」まずい事を言った。
不審庵 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そして結局相撲は取らないでおしまいになるのである。どういう由緒ゆいしょから起こった行事だか私は知らない。
田園雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
由緒ゆいしょある京都の士族に生まれたその人の皮膚は美しかった。それがなおさらその人をあわれにして見せた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
アッシャー一族の血統は非常に由緒ゆいしょあるものではあるが、いつの時代にも決して永続する分家を出したことがない、いいかえれば全一族は直系の子孫だけであり
何か由緒ゆいしょのあるものばかりで、往診に行った時、遠い山中で掘って来たとか、不治と思った患者が全快したお礼に持って来たとかいうようなので、目ぼしいのは
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
(細身のつえを突き鳴らし、大声で)おお、なんじら、年ふりし由緒ゆいしょある影たちよ。夜ともなれば、この湖の上をさまよう影たちよ。わたしたちを寝入らせてくれ。
バッハの就任した聖トーマス学校は、十三世紀以来の伝統を有する由緒ゆいしょの深いもので、その学生は食物と教育とを支給されて、四つの市立教会の聖歌隊を勤めた。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
型を固定させたという由緒ゆいしょ付の米国生れの金魚、コメット・ゴールドフィッシュさえ備えられてあった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
平凡に妻をもらい子をもうけて、安穏あんのんに一生をくらせたかもしれない、だがこの男はそうはならなかった、三河以来という由緒ゆいしょある家柄と、八百石の禄を捨てたうえ
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
世々じゅ四位下侍従じじゅうにも進み、網代あじろ輿こし爪折つまおり傘を許され、由緒ゆいしょの深いりっぱなお身分、そのお方のご家老として、世にときめいた吉田玄蕃げんば様の一族の長者として
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
附記 五、六年後に、横浜郊外に由緒ゆいしょありげに御簾みすなどさげた小家があった。その家の女主人は隠遁した芳川鎌子で、若い運転手と同棲していると新聞消息子は伝えた。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
御主人様は、この地方では由緒ゆいしょある家柄の御方でいらっしゃいましたが、人の讒言ざんげんにあって地位も領地も失い、その後はこの野の片隅にわびずまいをしていらっしゃいました。
何とかいう氏族うじぞく末流まつりゅうに当る由緒ゆいしょある家庭の長男に生れたと信じている私の父が、事実、その頃はまだかなり裕福に暮していた祖父のもとで我儘わがまま若様わかさま風に育てられたところから
その鏡の作られた時代や由緒ゆいしょについて考証や鑑定を求めたが、それは日本で作られたものでない、おそらく支那から渡来したものであろうという以上には、なんの発見もなかったので
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
三輪山と云って人里離れた山中にホコラがあり、三輪神社と称し、奈良朝頃からの由緒ゆいしょある氏神のよしだが、名残なごりをとどめているのは大木の密林ばかり、ホコラはオモチャのように小さい。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
加世子にはやくざな弟が二人もあった。高等教育を受けて、年の若い割に由緒ゆいしょのある大きな寺に納まっている末の弟を除くほか、何かというと姉を頼りにするようなものばかりであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
先ず等持院の寓居を想像せよ、京都近郊の田舎に在る、しかも足利歴代の将軍の位牌いはい木像などの由緒ゆいしょある古い大寺を想像せよ。その大寺の裏がかった処にあるささやかな一間を想像せよ。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その竹藪はぎ倒され、逃げて行く人の勢で、みちが自然とひらかれていた。見上げる樹木もおおかた中空でぎとられており、川に添った、この由緒ゆいしょある名園も、今は傷だらけの姿であった。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
まして鵜川は、加賀国にその由緒ゆいしょも古い、白山はくさん神社の末寺なのだ。
肥前ひぜん大村藩おおむらはんです。昔をいえば、これでも由緒ゆいしょただしい侍ですよ」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
後の文芸協会のもとを作った由緒ゆいしょづきな家だったそうだ。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
もっとも私はこの寺の歴史と仏像にはさほど心をひかれない。法隆寺や薬師寺や東大寺に比べると格式もちがうし由緒ゆいしょも深いとはいえない。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
「いやいや、この鷲はわたしのい鳥でもない、持主もちぬしといえば、武田家たけだけにご由緒ゆいしょのふかい鳥ゆえ、まず伊那丸君の物とでももうそうか」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある日、由緒ゆいしょありげな数人のものが、不意にこの猟師小屋へ押しかけて来て、食糧品と猟の獲物えものがあらば、残らず買ってやるとのことです。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一番仕舞のが普通の華族でやはり昔から大変に由緒ゆいしょのある家、あるいはまた国家に功労のあった大臣の子孫らであります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
この下女はもと由緒ゆいしょのあるものだったそうだが、瓦解がかいのときに零落れいらくして、つい奉公ほうこうまでするようになったのだと聞いている。だからばあさんである。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
九寸五分の柄は、さめの皮に金の留釘とめくぎを打った、由緒ゆいしょある古物であった。鮫皮の膚ざわりが、冷たくこころよかった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
代りに自分の大小をやろうというのである。しかし蜂谷は、この金熨斗きんのし付きの大小は蜂谷家で由緒ゆいしょのある品だからやらぬと言った。甚五郎はきかなんだ。
佐橋甚五郎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)