生憎あやにく)” の例文
時に兄の利吒りた托鉢たくはつなしてを得んと城中まちに入りしが、生憎あやにく布施するものもなかりければ空鉢くうはつをもてかえらんとしけるが、みちにて弟に行遇ゆきあひたり。
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
かくても貫一はひざくづさで、巻莨入まきたばこいれ取出とりいだせしが、生憎あやにく一本の莨もあらざりければ、手を鳴さんとするを、満枝はさきんじて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
もみじのような手を胸に、弥生やよいの花も見ずに過ぎ、若葉の風のたよりにもの声にのみ耳を澄ませば、生憎あやにく待たぬ時鳥ほととぎす
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
苦悶の上また苦悶あり、一の苦悶を愈さんとすれば、生憎あやにくに他の苦悶来り、しょうや今実に苦悶の合囲ごういの内にあるなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
彼はにわか立止たちどまって声するかたすかたが、生憎あやにくに暗いので正体は判らぬ。更に耳をすまして窺うと、声は一人ひとりでない、すくなくも二人ふたり以上の人が倒れてくるしんでいるらしい。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ヤッサモッサ捏返こねかえしている所へ生憎あやにくな来客、しかも名打なうて長尻ながっちりで、アノ只今ただいまから団子坂へ参ろうと存じて、という言葉にまで力瘤ちからこぶを入れて見ても、まや薬ほどもかず
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
みちみち源叔父は、わが帰りの遅かりしゆえ淋しさに堪えざりしか、夕餉ゆうげは戸棚に調ととのえおきしものをなどいいいい行けり。紀州は一言もいわず、生憎あやにくに嘆息もらすは翁なり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
左右を見ずしてひたあゆみにしなれども、生憎あやにくの雨、あやにくの風、鼻緒をさへに踏切りて、せんなき門下もんした紙縷こよりる心地、き事さまざまにどうもへられぬ思ひの有しに
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
人もさはよか※なりとじて、掻いくくみて臥しぬる後、いと寒き折などに、唯単衣ひとえぎぬばかりにて、生憎あやにくがりて……思ひ臥したるに、奥にも外にも、物うち鳴りなどしておそろしければ
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
結ひめぐらしたる生垣の穴より、入らんとすれば生憎あやにくに、枳殻からたちの針腹を指すを、かろうじてくぐりつ。声を知るべに忍びよれば。太きえんじゅくくり付けられて、蠢動うごめきゐるは正しくそれなり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
かゞめ折角の御入來なれども眞實まことに御氣のどく千萬生憎あやにく只今たゞいまさかなは賣切しゆゑ見世を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
出入でいりのものを呼んで戸締りを直そうと思ったら生憎あやにく、暮で用が立て込んでいて来られない。そのうちに夜になった。仕方がないから、元の通りにしておいて寝る。みんな気味が悪そうである。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さてわが再び見じとの決心は、生憎あやにくにまた悉く消え失せたり。
妻君「それに生憎あやにく今日は南京豆の煮たのがあるばかりで外に何の料理も出来ていませんし、魚屋もまだ来ず、家にあるものは鶏卵たまご位ですから鶏卵で何かこしらえましょうか。中川さん失礼ですが玉子はどうしたのが一番いいでしょう」
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
生憎あやにくさわぐ胸のさき
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
かく言捨てて蒲田は片手しておのれの帯を解かんとすれば、時計のひも生憎あやにくからまるを、あせりに躁りて引放さんとす。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
此處こゝ大黒屋だいこくやのとおもときより信如しんによものおそろしく、左右さゆうずしてひたあゆみにしなれども、生憎あやにくあめ、あやにくのかぜ鼻緒はなををさへに踏切ふみきりて、せんなき門下もんした紙縷こより心地こゝち
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それにしても生憎あやにくに雪が酷い。かくも一時をしのぐ為に、彼女かれ空屋あきやの戸を明けようとすると、なかばちたる雨戸は折柄おりからの風に煽られてはたと倒れた。お葉は転げるように内へ入った。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それで過度の興奮をんで、一夜の安静をせつこいねがった。なるべく熟睡したいと心掛けてまぶたを合せたが、生憎あやにく眼がえて昨夕ゆうべよりは却って寐苦しかった。その内夏の夜がぽうと白み渡って来た。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
生憎あやにく誰も心附かん。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
あるひくだけて死ぬべかりしを、恙無つつがなきこそ天のたすけと、彼は数歩の内に宮を追ひしが、流にひたれるいはほわたりて、既に渦巻く滝津瀬たきつせ生憎あやにく! 花は散りかかるを
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
左右を見ずしてひたあゆみに爲しなれども、生憎あやにくの雨、あやにくの風、鼻緒をさへに踏切りて、詮なき門下に紙縷をる心地、憂き事さま/″\に何うも堪へられぬ思ひの有しに
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
かえで 生憎あやにくに春彦どのはありあわさず、なんとしたことでござりましょうな。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ひとらじとみづかくらませども、やさしき良人をつとこゝろざし生憎あやにくまつはる心地こゝちしておりつ路傍ろばうたちすくみしまゝ、くまいかくまいか、いつそおもつてくまいか、今日けふまでのつみ今日けふまでのつみ
うらむらさき (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
すぎたるはおよばざる二人連ふたりづれとは生憎あやにくや、くるま一人乘いちにんのりなるを。
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)