武士もののふ)” の例文
高倉の宮の御謀議おんくわだてむなしく、うかばれない武士もののふたちの亡魂が、秋のかぜの暗い空を、啾々しゅうしゅうと駈けているかと、性善坊は背を寒くした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ今夜と違っておられます事は尼様達のお祈祷いのりの代りにたけりに猛る武士もののふのひしめきあらぶ声々こえごえが聞こえていたことでござります
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
とこのまなこから張り切りょうずる涙を押えて……おおおれは今泣いてはいぬぞ、忍藻……おれも武士もののふの妻あだに夫を励まし、むこいたぞ。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
彼が檻車かんしゃ江戸の死獄に送られんとするや、その諸妹に与えて曰く、「心あれや人の母たる人達よかからん事は武士もののふの常」と。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
武士もののふは道に心を残すまじ。草葉の露に足を濡らさじ」か……。ヤレヤレ……早よう小田原に着いて一盞いっさん傾けよう。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「参ったと見えるな。未練者めがっ。たかが女じゃ。婦女子の愛にうしろ髪かれて、武士もののふの本懐忘れるとは何のことか! 情けのうて愛想がつきるわ」
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
上様うえさまの御馬前に花と散って、日ごろの君恩に報い、武士もののふの本懐とげる機会もござりましょうに、かように和平あいつづきましては、その折りとてもなく
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
生島いくしま流儀じゃ、気に入らぬでも是非がない、ぬしある女の顔を、しげしげとながめるのが武士もののふの作法と心得た奴に、慎九郎風の挨拶、気に入らぬかも知れぬのう」
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
十六世紀日本の改造統一にあずかった政治家やたけき武士もののふにとって茶室はありがたい休養所となった。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
勢理客せりかく祝女のろが、あけしの祝女が、いのりをささげて、雨雲を呼び下し、武士もののふの鎧を濡らした、武士は運天うんてん小港こみなとに着いたばかりであるのに、祝女は嘉津宇嶽かつうだけにかかった雨雲を呼び下して
土塊石片録 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
幕は開きたり、只だ見る、男子三人女子二人より成れるひとホロスの唱和するを。その骨相を看れば、座主ざすは俄に畎畝けんぽの間より登庸し來りて、これに武士もののふの服をせしにはあらずやと疑はれぬ。
「ドテラ婆、まだ、戦いはすまん。大事な戦闘中に飲むのは、武士もののふのすることじゃなか。わしが落ちたことはあきらめる。大将のことが気がかりじゃ。玉井さんのところへ、行ってみよう」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
それだけののぞみに応ずべしとこういう風に談ずるが第一手段いちのてに候なり、昔語むかしがたりにさることはべりき、ここに一条ひとすじくちなわありて、とある武士もののふの妻に懸想けそうなし、かたくなにしょうじ着きて離るべくもなかりしを
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし、なにしろ今にしてもこの有様だから、大同年間のことは思われるばかりだ。高僧智識が捨身無一物の信念を以て通るか、しからざれば、天下に旅する豪気の武士もののふでなければ覚束おぼつかない。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
陸奧むつの国蒲生氏郷がまふうぢさとの家に、岡左内といふ武士もののふあり。ろくおもく、ほまれたかく、丈夫ますらをの名を関の東にふるふ。此のいと偏固かたはなる事あり。富貴をねがふ心、常の武扁ぶへんにひとしからず。
武士もののふの八十宇治川の夷島落ちくる水のたけくもある哉
武士を夷ということの考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
武士もののふの矢並つくろふ小手の上にあられたばしる那須の篠原
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
引きて返らぬ武士もののふの道
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
と、武士もののふの死出を笑って、誓願寺せいがんじの曲をひとさし舞い、舞い終るとすぐ舟のうちで屠腹とふくしたと、後の世までの語りぐさに伝わっている。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その雪山の山腹からふもとの村まで一里あまりの、林や森や谷へかけて、数千に余る武士もののふが、乱杭逆茂木幔幕らんぐいさかもぎまんまくを張り、粛然しゅくぜんとして備えていた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「誰やらん見知らぬ武士もののふが、ただ一人従者ずさをもつれず、この家に申すことあるとて来ておじゃる。いかに呼び入れそうろうか」
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
「何を言うぞ! 返す返すも人を喰った老人共じゃ。武士もののふの本懐存じておらば、三日も寝ずに論議せずとも分る事じゃ! たわけ者達めがっ。勝手にせいと申し伝えい!」
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
ましてや、流れも清き徳川の源、権現様ごんげんさま御廟ごびょうをおつくろい申しあげるのですから、たとい、一藩はそのまま食うや食わずに枯れはてても、君の馬前に討死すると同じ武士もののふの本望——
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
武士もののふ矢並やなみつくろふ小手の上にあられたばしる那須の篠原しのはら
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
武士もののふのうわ矢のかぶら一すぢに
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
無知蒙昧もうまいな者ならそれへ、石でもつばでも投げられるかもしれないが、武士もののふの家に生れて、童学からその教養にしつけられて来た者には——
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お見受け申せばご貴殿には、武術修行のご様子でござるが、広い世間には手並みすぐれた立派の武士もののふもござりましょうな?」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いいや、意気地が立てたい! 長国は只武士もののふの意気地を貫きたいのじゃ! ——中将程の天晴れ武将を何とて見殺しなるものかっ。——たわけ者達めがっ。のう! 如何どうぞ。
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
武士もののふの妻はかほどのうてはと仰せられてもこの身にはいかでかいかでか。新田の君は足利に計られて矢口とやらんで殺されてその手の者は一人も残らず……ああ胸ぐるしい浮評じゃわ。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
その坩堝の裏門から出て行った上杉家の木村丈八の背を見送って、ふと、武士もののふだけが知る感動に打たれていた吉田忠左衛門が
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
闇にもそれと見分けのつく鎧冑よろいかぶとに身をよそった一個長身の武士もののふさっ蝙蝠こうもりでも舞い込んだように老人の眼前へ現われた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ナマリぶしじゃかズウズウ武士じゃか存ぜぬが、まこと武士もののふならば武士が表芸の弓修業に賭物かけもの致すとは何ごとぞよ。その昔剣聖けんせい上泉伊勢守こうずみいせのかみも武人心得おくべき条々に遺訓して仰せじゃ。
私心我慾、小功の争いなど、きたないくさすな。勝たば、あましたのため、捨身しゃしん奉公、負くるも、天が下、恥なき武士もののふの死に方せよや
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
声の終らぬその中に土牢の内も地下道も真昼のように明るくなり、格子を払った土牢の中に一団の武士もののふ整斉と並び此方こなたを見ているのが三人に見えた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
聡明そうめいなるそなたにこれ以上いじょう多言たごんようすまいと思う。せつに、そなたの反省はんせいをたのむ。そしてそなたが祖父そふ機山きざんより以上いじょう武士もののふぎょうをとげんことをいのる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その落ちて来た人間が、土人でもなければ自分の味方でもなく、東洋の武士もののふだということが一層彼を驚かせた。
元々、清水長左衛門宗治殿という武士もののふは、骨までかんばしいお人だったに違いない。こんどの講和に際しても
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お城に止どまった武士もののふ達がお殿様方と夏彦様方と明瞭はっきり二派に立ち別れ、切り合い攻め合い致しましたため次第次第に人は減り、やがて死に絶えてしまいました。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さなくとも此方こなたの意中は、すでにおもとも御ぞん知に候うべし、身不肖ふしょうなれど、池田侯の家中にて、青木丹左衛門と申せば千石取りの武士もののふにて、知らぬは無之候これなくそうろう
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大日本国の武士もののふが、異国も異国南米の蛮地の、しかも不思議ないわやの中の日の目を見ない妖怪国で、野蛮人どもの姦計に落ち、釣天井に圧殺されようとは! 無念も無念、残念ではあるが、これも
……この眼が、見ゆるならば、そち達と共に、駈け下りて、手ずから一戦、武士もののふらしい死に様を遂げたいとは思うが、この不自由。わしはわしで、みちをとる。
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日本ひのもと武士もののふ亀鑑かがみとなれや!」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と詠じた歌などは、公卿くげたちの間にも秀歌と伝えられて、「やさしき武士もののふ」といいはやされたものだった。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あずまの方に久しくはべりて、ひたすら武士もののふの道にたずさわりつつ、征東将軍の宣旨せんじなど下されしも、思いのほかなるように覚えてはべりし——と仰せられて、お詠みになった歌
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いまこそは何人なんぴとでもあれ、自我じが名利みょうりをすて、のため、あわれな民衆みんしゅうのために、野心やしんの群雄とならず、領土慾りょうどよくに割拠しない、まことの武士もののふがあらわれなければならないときだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いわなくたって、このお歌がわからなかったら、武士もののふでも日本人でもないでしょ」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、そなたはも早や、元服げんぷくの若者である。一にんまえ武士もののふとなるべきだ。いつまで小さな私怨しえんにとらわれているばかりがまこと武士もののふでもなかろう。まなこをひろい世の中にみひらいてたもれ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると、その途上を、街路樹の木蔭で待ちうけていたらしい若い武士もののふが二人
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「根はひとつだ! そちのような商人あきゅうどには、武士もののふの心根はわからぬ。義経は鎌倉へ、利を占めに駈けつけて来たのではない。死に場所をこそ求めに来たのだ。いかに、この身をよく死なばやと……」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何と、気色けしきのよくないことか。——たとえ頼朝、実朝さねともの亡い後でも、この名分は明らかにせねばならぬ。大将の嘘が、かくのごとく堂々と通っては、戦場においての武士もののふの信義は地にちてしまうわ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)