暴風あらし)” の例文
吉「旦那、棄てるのならわっちに下せえまし、弁当も何も此の暴風あらしで残らず流してしまったア、旦那が上らねえなら私どもに下せえな」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
法隆寺にゐる北畠男爵などはその一にんで、暴風あらしのやうなあの人一流の法螺ほらは一寸困り物だが、夏帽だけはパナマの良いのを着けてゐる。
生憎あいにくその木は小さかつたので、まるで暴風あらしに吹かれてゞもゐるやうに、ゆら/\、ざわ/\と動いて、キクッタは今にも落ちさうでした。
熊捕り競争 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
その顔を見た瞬間に……又暴風あらしだな……と直覚した私は、空っぽになったウイスキーの瓶を頭の中で、クルクルと廻転させた。
幽霊と推進機 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ひよつとしたらこの静謐せいひつは、ふたたび間近に迫らうとしてゐる暴風あらしの準備をしてゐるのかも知れぬ。そのひまの片時の安らぎなのかも知れぬ。
母たち (新字旧仮名) / 神西清(著)
上を向いて空を見るのも厭である。どうも暴風あらしが吹いて来てこの山の根の方を崩してしまひはすまいかと思はれてならない。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
八方から口汚い罵倒ばとう暴風あらしだった。百姓も云う、町人もわめく、女や洟垂はなたらしの子供までが、面罵めんばを浴びせかけて、云わして置けばりがない。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しろいくまは、ふいに、そんなことがあたまかぶと、どっと暴風あらしのように、てつ格子こうしびついてやぶろうとしました。しかし、やっぱりだめでした。
白いくま (新字新仮名) / 小川未明(著)
朝曇り後晴れて、海のように深碧ふかみどりいだ空に、昼過ぎて、白い雲がしきりにちぎれちぎれに飛んだ。其が門渡とわたる船と見えている内に、暴風あらしである。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
仏蘭西の地層から切出した石材のヴェルサイユは火事と暴風あらしと白蟻との災禍を恐るる必要なく、時間の無限中むげんちゅうに今ある如く不朽に残されるであろう。
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
少し風が吹罷ふきやんで更に此の後へ大きな暴風あらしが来はせぬか、此のなぎが却って大暴おおあれの前兆ではないかと気遣われる様な者だ。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
それなりに十八の歳になつて、村の役場に見習の格で雇書記に入つたが、恰度その頃、暴風あらしの様な勢で以て、天理教が付近一帯の村々に入込んで来た。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
暴風あらしに吹き倒された樹が一本、長い鬚のある根をむき出し、かさかさに枯れた黄色い刺を見せて横たわっている。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
しかし夫人は待ち構えていたようにイソ/\と迎えてくれた。恐らく暴風あらしの後の日本晴れだったろう。一寸ちょっと誘いに寄ったにしても女は然う簡単に行かない。
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
月がけた砲丸のやうに、大きく赤く、波の間に沈みかけて——それが暴風あらしのやつて來るのに顫へながら、最後の血の色をした一瞥を地上に投げてゐました。
道具箱からのみ金槌かなづちを持ち出して、裏へ出て見ると、せんだっての暴風あらしで倒れたかしを、まきにするつもりで、木挽こびきかせた手頃なやつが、たくさん積んであった。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昔から何ほど暴風あらしが吹いても、この椎森のために、僕の家ばかりは屋根をがれたことはただの一度もないとの話だ。家なども随分と古い、柱が残らず椎の木だ。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
が、そうした後では、じきに暴風あらしが来る。思いがけないことから、不意と新吉の心の平衡が破れて来る。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いいえ、」とおかあさんがった。「わたしはむねがどきどきして、まるで暴風あらしでもまえのようですわ。」
漳州船は暴風あらしの後の長いうねりに押され、押し戻され、あてどもなく漂流ひょうりゅうしていたが、そのうちに浸水の速度が早くなって、胴ノ間の天井まで水がつくようになった。
呂宋の壺 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
緑の密林の中から、暴風あらしか落雷のためにぽっきり折れたらしく頭のない巨きな白樺の白い幹が一本、キラキラと光る形のいい大理石の円柱のように空中に聳えている。
旦那、多分、おいたはしいお心からでは御座んせんか。暴風あらしの晩にたつた一邊かいだばかりで、一生忘られない花の香もありますから。たしか、今暴風の晩と仰有おつしやいましたね。
わるい花 (旧字旧仮名) / レミ・ドゥ・グルモン(著)
まやかしの露の上に夢みられたる一生涯のただ一つのゆめ、パラダイスの暴風あらしのために故郷の岸から遠く吹き払われた不死の鳥が何処どこかの都に来て歌ったただ一つの歌であった。
人馬のにひ妻 (新字新仮名) / ロード・ダンセイニ(著)
油断をすれば余は滑り落ちんとす、今はやや海上静まりしと見え、怒濤の破れ目より打込むような事はなけれど、決して暴風あらしのやみしにあらず、船の動揺はなかなか激しくして
南極の怪事 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
妻があり、子があり、世間があり、師弟の関係があればこそあえはげしい恋に落ちなかったが、語り合う胸のとどろき、相見る眼の光、その底には確かにすさまじい暴風あらしが潜んでいたのである。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
暴風あらしの吹いた後のように、帳場格子は折れ、硯箱はひっくりかえり、薬罐は灰神楽はいかぐらをあげている店の間を、グルグル廻りながら(娘は?)と佐五衛門は、そのことばかりを思った。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
此頃このごろの六月のの薄明りの、めたような色の光線にも、また翌日の朝焼けまでかすかに光りまない、空想的な、不思議に優しい調子の、薄色の夕日の景色にも、また暴風あらしの来そうな
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
路の二丁も担いで来ると、雪を欺く霜の朝でも、汗が満身に流れる。鼻息は暴風あらしの如く、心臓は早鐘をたゝく様に、脊髄せきずいから後頭部にかけ強直症きょうちょくしょうにかゝった様に一種異様の熱気ねつけがさす。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
みちの二丁もかついで来ると、雪を欺く霜の朝でも、汗が満身に流れる。鼻息は暴風あらしの如く、心臓は早鐘をたゝく様に、脊髄せきずゐから後頭部にかけ強直症きやうちよくしやうにでもかゝつた様に一種異様の熱気がさす。
水汲み (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
鶏冠とさかに真っ赤に血を注いで戦いを挑み、空の雄鶏は残らず来いと身構える——しかし、相手は、暴風あらしおもてさらすことさえ恐れないのに、今はただ、微風にたわむれながらくるりと向うをむいてしまう。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
しかしそれ程のたくみをしなくても済むようになった。なぜというに、その晩からのちには、男のはげしい色情が、暴風あらしいだように鎮まったからである。男は女を、疲れを帯びた優しさで待遇した。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
あはれなんぢらがほこり高かる心には暴風あらしもなどか今さらに悲しからむ。
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
誰が怒罵号泣の暴風あらしを吹きすさませるのです。150
大剛だいがうの力者あらびぬ上つ毛の赤城だひらに雨す暴風あらし
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
その手の下に息を殺した暴風あらしと波と
よる稜威みいづ暴風あらし襲來おそひ、恐ろしき
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
暴風あらしのしまき、夜の海、——
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
ささげ畑の 暴風あらしの晩も
雨情民謡百篇 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
暴風あらしの如き売行き!
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
よい暴風あらし。雨
暴風あらしの去った一瞬の後は、誰のおもてにも、何か考え事がからんでいて、事件の起った前よりも遙かに、静粛せいしゅくな気が流れていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
若し潮流最も劇しく、暴風あらしの力これを助長するときは、諾威国の哩数にて、渦巻の縁をること、一哩の点に船舶を進むるだに、甚だ危険なるべし。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
いままで、傍若無人ぼうじゃくぶじんいていた暴風あらしは、こうあざらしにいかけられると、ちょっとそのさけびをとめました。
月とあざらし (新字新仮名) / 小川未明(著)
其が門渡とわたる船と見えてゐる内に、暴風あらしである。空は愈青澄み、昏くなる頃には、藍の様に色濃くなつて行つた。見あげる山の端は、横雲の空のやうに、茜色に輝いて居る。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
がやがやと、まるで暴風あらしの海のやうに、いろいろの取沙汰や論議が人々の間に持ちあがつた。
一つの心配はこの恐ろしい暴風あらしの中から、如何いかにして三千代を救い得べきかの問題であった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
山小屋ヒュッテ窓々まどまどは、暗い海を照らす灯台のように、明るく、温かくまたたいた。暴風あらしの海へ出た肉親の帰りを待つような真剣な顔つきで、いっしんに窓のそとの物音に耳を立てていた。
……果して……と思うと、暴風あらしに慣れない私は少々ドキンとした。そのまま大急ぎで船室に引返したが、水夫長はモウ別の階段から出て行ったらしく、船室のドアが開け放しになっていた。
幽霊と推進機 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私は以前二百十日の頃には折々立続くこの獄吏の家の板塀が暴風あらし吹倒ふきたおされる。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おかみさん、そら、あつた、こゝにあつた、ひとりぽつちで忍冬すいかづらの中につぶれてゐた。たつた、ひとりぽつちでさ、この花は世界に一つしか無いんだ。それ、暴風あらしと涙とさいはひにほひがしないかね。
わるい花 (旧字旧仮名) / レミ・ドゥ・グルモン(著)