昔馴染むかしなじみ)” の例文
「さうぢやあるまい、何んかお前思ひ込んで居るだらう。借金取に追つ駈けられるとか、義理が惡い昔馴染むかしなじみに取つちめられたとか」
こちらの三枝さんの奥さんは、日向さんの奥さんとは昔馴染むかしなじみでしたので、婆さんは出しなにちょっといとまごいに立寄ったのでした。
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
先程からの急促した気分はようやく消えて、ここではじめて、昔馴染むかしなじみに逢って、心ゆくばかり話のできるような気分にさえなりました。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何故なぜかともうすに、いわうえから見渡みわたす一たい景色けしきが、どうても昔馴染むかしなじみ三浦みうら西海岸にしかいがん何所どこやら似通にかよってるのでございますから……。
彼はついひと月前から職にいたのだ。——昔馴染むかしなじみの周囲のなかで、彼は病後の疲れに似た、何かの安らかな休息を感じてゐた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
主殺しのお尋ね者が世間を憚らず、この江戸市中を徘徊して昔馴染むかしなじみをゆすって廻るなどは、重々不埓な奴であると半七は思った。
半七捕物帳:61 吉良の脇指 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
村住居はしても、会堂の牧師になる事を私が御免蒙ったので、信者の人々は昔馴染むかしなじみの下曾根さんをあらためて招聘しょうへいしたのでした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
此方こち昔馴染むかしなじみのヸーナス殿どのめさっしゃい、乃至ないし盲目めんない息子殿むすこどのれいのコーフェーチュアのわうさんが乞食娘こじきむすめれた時分じぶん
しお恵みが出来なければ、私だけ此方こちらうちへ無給金で使って呉れゝば私一人いちにんの口が減るから、そうすれば姉が助かります、どうか昔馴染むかしなじみだと思って
しかし昔馴染むかしなじみと言ふやうな、又は昔の恋人と言ふやうな単純な気分ではなかつた。ぢつとして見詰めて立つた彼の前に、かの女の頭はおのづから下つた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
また何という気分の分散であろう。身も心も境もおしなべて変っている。普請中の精養軒せいようけんで、主人公が外国からやって来た昔馴染むかしなじみの女を待ち受けている。女が来る。
流石さすがに今でも文壇に昔馴染むかしなじみが無いでもない。恥を忍んで泣付いて行ったら、随分一肩入れて、原稿を何処かの本屋へかたづけて、若干なにがしかに仕て呉れる人が無いとは限らぬ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
打消うちけし忠兵衞はいやさうでは有ますまいかくほどあらはるゝと申如く尚々なほ/\あやしき事にこそさりながら今迄まつた後家暮ごけくらしにて居られしならば少しは何かの御相談相手ごさうだんあひて昔馴染むかしなじみ甲斐かひだけ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しかし、そのどれもこれもは、殆ど仕立卸したておろしと同様にチャンとした折目が附いている上に、身体をゆすぶってみると、さながらに昔馴染むかしなじみでもあるかのようにシックリと着心地がいい。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
現に越前えちぜん三国みくにぼうという遊女俳人が、江戸に出て来て昔馴染むかしなじみの家を、遊びまわったという話などは、是からまた百年ものちのことである。多くの遊女は旅をして遠くからやって来ている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼女に幾分気があつたが、相手にされないのでいつか遠ざかつてゐた昔馴染むかしなじみの客がなつかしげに現れたりすると、彼女はすつかり勢づいて声をはずませるのであつた、まア、おめづらしい
一の酉 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
天外てんぐわい萬里ばんり異邦ゐほうでは、初對面しよたいめんひとでも、おな山河やまかはうまれとけばなつかしきに、まして昔馴染むかしなじみ其人そのひとが、現在げんざいこのにありといてはたてたまらない、わたくしぐと身仕度みじたくとゝのへて旅亭やどやた。
話せば話す程、相手が昔馴染むかしなじみの様に思え、それにもかかわらず、どこで逢ったかは愈々いよいよ分らなくなる。あなたにはこんな御経験はありませんか、実際変てこな気持のものですよ。神秘的、そうです。
モノグラム (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「そうして君もついでながら、昔馴染むかしなじみを一人思い出すか。」
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかもその親玉の敏外びんがいという奴は、自分の昔馴染むかしなじみの友達であった。だが、ここには、その親玉の坊主はいない。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
左手の浪人檜木ひのき官之助は、伊八の昔馴染むかしなじみで、前から住んでゐる人を追つ拂つて住み込み、家賃も拂はずに、威張り返つて家主の伊八の世話になつて居ります。
わたくしなにやら昔馴染むかしなじみ老人ろうじんにでもめぐりったようながして、なつかしさがむねにこみげてるのでした。
町が近づくにつれてその心はをどつた。やがて昔馴染むかしなじみの町や人家や半鐘台や小学校があらはれた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
昔馴染むかしなじみよしみもあると春見の所へ無心に参れば、打って変った愛想あいそづかし、実ににくむべきは丈助にて、それには引替え、娘おいさの慈悲深く恵んでくれた三円で重二郎は借金の目鼻を附け
まれにもひとべきはづのない此樣こんはなじまへ、偶然ぐうぜんとはいへ、昔馴染むかしなじみきみへたのは、まつたてんみちびきのやうなもので、これから數年間すうねんかんおないへに、おなつきながめてくらすやうな運命うんめいになつたのも
「お勢、今日一日俺は岡つ引きぢやねえ、お前の昔馴染むかしなじみ——まア、兄貴か友達と思つて話してくれ」
そこでお絹は、一も二もなく、この昔馴染むかしなじみの若造を、異人にうんとよく売りつけてやろうという気になって、快く頼みを引受けた上に、うんと御馳走をして帰してやりました。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
天涯てんがい萬里ばんりこの帝國軍艦ていこくぐんかん艦上かんじやうにて、昔馴染むかしなじみ水兵等すいへいら對面たいめんしたものとえる。
其処を出てかれはなほあちこちと町を歩いた。上さんの話で、自分が長い年月種々いろ/\な経験を体感した間に、この昔馴染むかしなじみの人達がいかに生活してゐたかといふことがやうやくわかつて来たやうな気がした。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
昔馴染むかしなじみの友誼上、おたがいに相当の便宜もはかり、利用もしあっている。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「親分、困つたことに、叔母は何處かへ行つてしまひましたよ。お隣で聽くと、今晩は淺草の昔馴染むかしなじみの後家さんのところに泊つて、明日晝前には歸るんですつて、仕樣のない婆アぢやありませんか」
たった今の陰惨な人生の終焉地しゅうえんちから、思い出の決して快いものでない昔馴染むかしなじみに送られて、罪と罰とのかたまりを見せつけられるような道づれよりは、ここに華やかな唐代の貴公子の誘惑をこうむることが
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)