なぐ)” の例文
そして、手前は、俺がサツへあげられたりなんぞしたら、安心して浮気しやがるだらう、と罵り言葉を繰りかへしてなぐるのであつた。
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
しかし、一日に十三時間も乗り廻すので、時々目がくらんだ。ある日、手を挙げていた客の姿に気づかなかったと、運転手になぐられた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
あッと抜くと、右の方がざくりと潜る。わあともがきに掙く、檜木笠ひのきがさを、高浪が横なぐりになぐりつけて、ヒイと引く息に潮を浴びせた。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「おのれ、まだ無用な手抗てむかいをしているかッ」と、十手をもって、骨ぶしの砕けるほど、源次の肩をなぐりつけた。——で、その途端。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人の叫ぶまもなく、円木棒は忽ち半ちゃんをなぎ倒し、ふりむいた松山の右の肩をしたたかになぐりつけた。円木棒は広巳であった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
瞬間、私はこっぴどくなぐりつけられた。博士が、何時の間にかその部屋の中へ這入って来ていて、突然に私を撲りつけたのである。
重太夫はなにか叫んだ、口が耳まで裂けたようだった、まっ黒な髭の中から白い歯が見え、その叫び声は杢助の耳をがんとなぐりつけた。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
飛び下りると共に、人の頭を渡って行って、拳を固めて手当りの近いところの侍の頭を、続けざまに三ツばかりガンとなぐりました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「待ってくれ、阪井は火傷やけどをしてるんだ、あやまりにきたものをなぐるって法があるか、火傷をしてるものをなぐるって法があるか」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
行かなければぶんなぐるぞと言っていまヤクの糞の火を掻き捜して居るチベットの火箸ひばしを持って私をぶん撲ろうとして立ち掛けたのです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
あの朝、私は便所にいたので、皆が見たという光線は見なかったし、いきなり暗黒がすべち、頭を何かでなぐりつけられたのだ。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
父も腹立たしそうに血相けっそうを変えて立ち上った。そして母をえんから突き落し、自分も跣足はだしのまま飛び降りて母になぐりかかって来た。
なぐったり——相当に暴れたが、諸肌脱ぐ、勢を見ると、善良な、強がりだけの大阪者は、一度に、おじけをふるってしまった。
死までを語る (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「お由良の肩の斑點ぶちを、俺はなぐつた傷だと思ふよ——毒で死んだのなら、口の中がどうかなつてゐる筈だし、胸のあたりにも斑點が出る筈だ」
こうなると面食めんくらって、見付けられず、手探りに探っている間に、何度頭を金剛杖でなぐられたか、数知れず、後には気絶して突伏してしまった。
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「それで、金沢が帰ってきて陸上の連中に話したから、みんなおこっていたよ。二三人で呼びだして、熊本をなぐろうかとまで言っているんだぜ」
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
金をさらって家を逃げ出してくれるとか、お袋をなぐり殺して高飛びをするとか、そんなことをすらお庄の耳元で口走った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この餓鬼がき! あたいは見世物じゃねえぞと、ミチに怒鳴られ、なぐられはしまいかとはらはらしながら子供達を叱り、その体を抱きかかえるのである。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
「おおジョンか、すぐ行くぞよ! 土人がお前を殺すって⁉ その土人をなぐってやれ! お父様はすぐ行くからな! その土人を撲ってやれ!」
そして、何よりも次郎の癪に障るのは、彼が叱られて手を引っこめた瞬間に、きまって相手が一つか二つなぐりどくをして引きあげることである。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
知れた暁にはなぐられた揚句あげく、別ればなしになるかも知れない。しかしそうなった所で、お千代の身にはさして利害はない。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わしが見てねえでは歯骨はつこつなにわかるまい。金「ナニ知つてるよ、ちやんと心得こゝろえてるんだ、彼方あつちけ、かねえとなぐけるぞ、かねえか畜生ちくしやう。 ...
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
迂闊にそれをさえぎろうとすると、かれらはなかなかの大力で、大抵の人間は投げ出されたり、なぐり付けられたりするので、手の着けようがない。
「それじゃお祈りはやめて、他の方法で行きましょう? 友さん、君は国分と喧嘩をしてなぐり伏せる力がありますか?」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「なぜ、私をなぐったんですか。一寸口を利かなかったぐらいで撲る法がありますか。それも社を辞める時をよって撲るなんて卑怯ひきょうじゃありませんか」
越年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二人は犬ころのやうに取組合とりくみあつたまゝ、廊下を転げまはつたが、気の早い三井氏は、二つ三つ久世氏の頭をなぐつて、その儘やみの中に消えてしまつた。
特にえんタクの窓からの走りながらでは、よほどのものでない限り人目をひかない。何かなしに近ごろは、人の頭をなぐりつける位いの看板を必要とする。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
余り小癪こしやくに触るつて言ふんで、何でも五六人ばかりで、なぐりに懸つた風なもんだが、巧にその下をくゞつて狐のやうに、ひよん/\げて行つて了つたさうだ。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
あたかも交渉なき二人の間よりも互いになぐり合った二人の間に隣人の愛の起こるごとくに、両者の切なる感情をもってしたる接触が愛を生んだのである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
だからもう熊はなめとこ山で赤い舌をべろべろ吐いて谷をわたったり熊の子供らがすもうをとっておしまいぽかぽかなぐりあったりしていることはたしかだ。
なめとこ山の熊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ある日彼はついに苦心の結果一つのやり方を考案し、それでもなお師匠が彼を叱責するようであれば、思い切り師匠をなぐり飛ばして逃亡しようと決心した。
文楽座の人形芝居 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
鮭でモオリーの横っ面を力まかせになぐりつけ、ひょろけるやつを襟首とヒップをつかんで鮭の山の中へ埋めてやると、モオリーは頭から爪先まで鱗にまみれて
南部の鼻曲り (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
今度の馬は杖でなぐる度ごとに、蹴ったり竿立さおだちになったりする毛物けもので、大部せき立ててやっと伸暢駈足ギャロップを始めたが、それがまた偉い勢で飛んで行くのである。
あまりにも小さな彼女をみつめながら、彼は、ときどきどうにもならぬ欲望のとりこになり、狂ったようにシャワーを浴びたり、ベッドをなぐりつけたりした。
メリイ・クリスマス (新字新仮名) / 山川方夫(著)
彼は頭を振り、力任せに自分の股をなぐり、又項垂うなだれ、そして自家うちへ帰ると、其の夜つぴて悩みあかすのであつた。「何と云ふ見下げた、卑劣な奴だ。俺は。」
余程ひどくなぐられたとみえて、鉄製の巌丈がんじょうなデレッキがかすかに曲りをみせて、その足元にころがっていた。
(新字新仮名) / 楠田匡介(著)
気狂きちがいが人の頭をなぐり付けるのは、なぐられた人がわるいから、気狂がなぐるんだそうだ。難有ありがたい仕合せだ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なんじごとき畜生道の言葉をあやつるやつは、なぐるよりほかに手の施しようがないのだ。張り手を受けろ。」
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その言いようのないうれしさのあまり、其処そこにあったかわらでその娘をなぐり殺してしまったと言うことだった。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
あんまりなまけたのでむかしわたくし先祖せんぞ神様かみさまなぐられまして、ごらんのとほ身体中からだぢうこぶだらけになりました
そして彼は其処になぐり倒されたような心を以て光子のことを思った。じっとしてはおれなかった。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
しますね、西洋人の親子はさうして肉体が触れるのですね、僕等は日本へ帰つたらゆきなり親父おやぢにぶんなぐられるんです、さうしてそれが親子の肉体が触れる時なんです。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
伸ばしてなぐりつけようとすると、もういない。恐ろしくて眠れないんだ——君、何とかしてくれ
縁談 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
散々さんざんなぐって気絶させ、それからあの塀を越えてあの石炭の吊り籠に載せる。それだけでよいのだ。あとはあの殺人器械がドンドン片づけてくれる。ここのところを見給え。
地獄街道 (新字新仮名) / 海野十三(著)
頭は、棒のようなものになぐられでもした後のように不健康な不愉快な響きでちていた。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
そうして、その揚句あげくに米屋の亭主の方が、紺屋の職人に桶で散々なぐられたのだそうです。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
実際かの大会においても、拳骨げんこつなぐり合いが会場の戸口とぐちで二、三度あったというし、またボストンの公園地における会合も、僕の去ったのちで巡査が来て解散したかも知れない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
引き据えて、江戸ッ子の恥さらし、渡世仲間の恥辱と、なぐりつけてやりたいのをこらえて
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
その人の前では乱暴な自分になって、武者ぶりついたりなぐったり、現実の自分がなしうることでない荒々しい力が添う、こんな夢で、幾度となく同じ筋を見る、情けないことである
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
後に女中が、「あれはきっとなぐられたのでしょう。何んでもよく喧嘩けんかをするそうですから」というのを聞いた主人は、「あの男が、いつの間にそんなになったのか」と驚いていました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)