手頸てくび)” の例文
捕繩で貴女の手頸てくびを強く緊めるんです。そうすると、全身に気持のよい貧血が起って、しだいにうとうととなってゆくそうですからな
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
正面には庄兵衛の妻お房と並んで半太郎、二人の前には頭数だけの小さな奉書包が盛上げてある——お房の手頸てくびには数珠があった。
無頼は討たず (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼は突然湯河の手頸てくびつかんでぐいと肩でドーアを押しながら明るい家の中へり込んだ。電燈に照らされた湯河の顔は真青だった。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「虎を縛るに、人情をかけてはおられまい。——しかし、口がきけないでも困る。武士ども、もうすこし手頸てくびの縄をゆるめてやれ」
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は素直に調子のそろった五本の指と、しなやかなかわで堅くくくられた手頸てくびと、手頸の袖口そでくちの間からかすかに現われる肉の色を夜の光で認めた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
腰の廻りに荒目昆布のごときびらびらのついた真紅しんく水浴着マイヨオを一着におよび、クローム製のたが太やかなるを七八個も右の手頸てくびにはめ込んだのは
ただ、黄昏こうこんと共に身辺を去来して、そが珊瑚さんご念珠こんたつと、象牙に似たる手頸てくびとを、えもならず美しき幻の如く眺めしのみ。
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
我々の右手、かなり離れて、マターファが坐っており、時々彼のくちびるが動き、手頸てくびの数珠玉の揺れるのが見える。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
これらの玉類たまるいは、もとはむすびつらねて、くびからむねあるひは手頸てくび脚頸あしくびなどにめぐらしたものであることは、埴輪人形はにわにんぎようあらはされてゐるのをてもわかります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
冬の霜よりしんしん浸みる 利刃はがねに凝った月の影 さわれや手頸てくびが落ちそうに 色もなけれや味もなく……
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
両方の腕は胸の上に曲げられて剛直しており、右手はかたく握りしめ、左手は半ば開いていた。左の手頸てくびには、皮膚の擦りむけたあとが二すじ環状になって残っていた。
手頸てくびが疲れるひまもなかった。羊飼いは、用事をすまして再び姿を現わした。今度は戸を全部、上も下もかんぬきを締めた。そして、犬と一緒に、夕食を食いに行ってしまう。
私は、寢臺ベッドに近づいて、彼女に接吻した。彼女のひたひは冷たく、双頬も冷たく、そして痩せてゐた、手も手頸てくびも冷たく細つてゐた。けれども彼女はいつものやうに微笑ほゝゑんだ。
そう云いながら三枝は自分の蒲団からすこし身体をのり出して、私のずきずきする顳顬こめかみの上に彼の冷たい手をあてがった。私は息をつめていた。それから彼は私の手頸てくびを握った。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
小型の黒革製の文書袋をこの男が左手ゆんでに携えていたのだ、そして、それは居合せた一人の事務員の鋭い観察眼によると、革紐で自分の手頸てくびにしっかりと結びつけられてあったのだ。
残酷に時計を手頸てくびからもぎ取った瞬間の傷あとだったらしいわ、あたい、その訳を聞こうとしたけれど、仰有らなかった、きっと、おじさまがおりになったのでしょうと言うと
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
それを二年ばかり経って壜の口をポンと抜いたら、中から蛇がずうッと飛出して、栓を抜いた方の手頸てくびへ喰付いたから、ハッと思うと蛇の形は水になって、ダラ/\とおちて消えたが
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ト昇は憤然やっきと成ッて饒舌り懸けたお勢の火の手を手頸てくびあおり消して、さてお政に向い
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
手頸てくびには風邪ひかぬ厭勝まじないというなる黒き草綿糸もめんいとかけたるが立出でたり。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
会場へ入るには手頸てくびのところに入墨いれずみしてある会員番号を、黙って入口の小窓の内に示せばよかった。だから僕にも「べに四」と朱色しゅいろの記号がってあり、それは死ぬまで決して消えはしないのである。
人造人間殺害事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
相手の方でも、そのしなやかな手頸てくびを私にゆだねました。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
八五郎は飛付いて、お篠の手頸てくびをギュウとつかみました。
あの人は、冷たい指で、あたしの手頸てくびつかんでいます。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
剃りたての、頚条うなじ手頸てくび
いきなり彼は、お通の肩と左の手頸てくびをかたくつかまえた。そして着物の上から——彼女の二の腕のあたりを、がぶっと、深く噛みついた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少なくとも新らしい血にかようこの頃の恋の脈が、調子を合せて、天下晴れての夫婦ぞと、二人の手頸てくびに暖たかく打つまでは話したくない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と云いながら、滋幹の右のたもとを肩の方までまくり上げて、二の腕から手頸てくびの方へかけて、考え/\歌の文句を二行に書いた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ゆかの上に引きずった着物は「あびと」ととなえる僧衣らしい。そう云えば「こんたつ」ととなえる念珠ねんじゅ手頸てくび一巻ひとまき巻いたのち、かすかに青珠あおたまを垂らしている。
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
来太はさっきから時どき左腕をぐっと伸ばしては手頸てくびの表を見る、ちょうど人が腕時計を見るのと同じ動作であるが、べつに時計を巻いてあるわけではない
花咲かぬリラ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
とつぜん、濡れた手がはいよって来て、しっかりとキャラコさんの手頸てくびをつかんだ。
ところで、これは暗合かもしれませんけど、今度の事件が、それと同じなんですから、妙じゃありませんか。隣りにいる八住が、妙な音で咽喉のどを鳴らしたので、これはと思って手頸てくびを握りました。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
八五郎は飛付いて、お篠の手頸てくびをギユウと掴みました。
れッてえな、武大さんときたら。だから世間でいうんだよ。はなッ垂らしの薄野呂うすのろだッて。——見ねえな、おらの顔や手頸てくびを」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敬太郎は女の手を上げた時、この手袋が女の白い手頸てくびを三寸も深く隠しているのに気がついた。彼はそれぎり眼を転じてまた電車に向った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何と思つたか庄造は、いきなり勝手口へ行つて、流し元にしやがんでゐる母親の、シヤボンの泡だらけな手頸てくびを掴むと、無理に奥の間へ引き立てゝ来た。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
阿闍梨は、手頸てくびにかけた水晶の念珠をまさぐりながら、鋭く翁の顔を一眄いちべんした。
道祖問答 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お美津は慌ててその手頸てくびつかんだ。
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
武蔵は、権之助の胸へ馬のりになり、なお、棒を離さない右の手頸てくびを足で踏みつけたまま老母の顔の見えた小窓を振り仰いだ。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はその時彼の生活の段々坊さんらしくなって行くのを認めたように思います。彼は手頸てくび珠数じゅずを懸けていました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何と思ったか庄造は、いきなり勝手口へ行って、流し元にしゃがんでいる母親の、シャボンのあわだらけな手頸てくびを掴むと、無理に奥の間へ引き立てて来た。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
びっくりした劉備は、われを忘れて、母の手頸てくびをとらえたが、母の手から投げられた茶の壺は、小さいしぶきを見せて、もう河の底に沈んでいた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
片足を前に、腰から上を少しそらして、差し出した、白い手頸てくびに、紫の包。これだけの姿勢で充分にはなろう。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
悦子はまだはしの持ち方がほんとうでなく、子供独得の変な持ち方をする上に、袂が手頸てくびからみ着いて洋服の時とは勝手が違うせいか、物をたべるのも不自由らしく
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
手頸てくびをつかまえて立つと、工事目付はり上げた彼の写図帖を、奪り返されまいとして、宙へその手をさしあげつつ
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
杉本さんは余の右の手頸てくびをしかと握っていた。カンフルは非常によくくね、注射し切らない内から、もう反響があると杉本さんがまた森成さんに云った。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
持っていた葉巻の灰をトントンとたたき落すような風に見せて、彼は湯河の手頸てくびの辺を二、三度軽く小突いたのである、———何か無言のうちに注意をでも促すような工合ぐあいに。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
つむりをまろめ、染衣せんいをまとい、さしも数年にわたって、北陸の山野をふるわしていた猛虎も、いまは手頸てくびにかけた一聯の数珠じゅずに、自分で自分の覇気はきいましめていた。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
代助は三千代の手頸てくびつて、手帛ハンケチかほからはなさうとした。三千代はさからはうともしなかつた。手帛ハンケチは膝のうへに落ちた。三千代は其ひざうへを見たまゝかすかな声で
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
逃げよ思ても手頸てくび握られてますし、光る物見たら気が顛倒てんとうしてしもて、眼エつぶってる間に、咽喉のどでもどないぞしられるのんやないかと生きてる心地ここちせえしませなんだけど
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
云い渡すと、郎党たちは、彼をらっして、あらかじめ作っておいた十字架じゅうじかに、彼の手頸てくび足頸をくくりつけた。——そして大勢してそれを滝川の岸までになって行った。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)