つつが)” の例文
祭はこうしてつつがなく終りました。最後に町内を一めぐりした一団は、元の御神酒所の前へ帰って、ホッとした心持でくつろぎます。
母上兄妹けいまいつつがなきを喜びて、さて時ならぬ帰省の理由かくかくと述べけるに、兄はと感じ入りたるていにて始終耳を傾け居たり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
しかしその御文はつつがなく、御姫様の御手もとまでとどいたものと見えまして、珍しくも今度に限って早速御返事がございました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一朱銀五つと小銭少しばかりを入れてある紙入れはつつがなくそのふところに残っていて、ほかには何も紛失物はないと女房のお国は申し立てた。
半七捕物帳:45 三つの声 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
其時道に迷ってお困りになっていると、忽然として二頭の神狼が現れ、先に立って御案内をしたのでつつがなく御登山なされた。
奥秩父 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ここ一時間を無事に保たば、安危あんきの間をする観音丸かんのんまるは、つつがなく直江津にちゃくすべきなり。かれはその全力を尽して浪をりぬ。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お旅立とうけたまわりながら、何かととりまぎれお留守お見舞もいたしませず、しかしおつつがなくお戻りなされて、喜ばしゅう存じます
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ソノイマダ交付セザルヲ以テ皆仮ニ民舎ニ館ス。晩ニ際シ諸僚佐来ツテ道路つつがナカリシヲ賀ス。土浦藩ノ長吏奥田図書来ル。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
扶け起して竹杖にしばりなどせしかばつつがなくて今は二尺ばかりになりぬ。痩せてよろ/\としながら猶燃ゆるが如き紅、しだれていとうつくし。
小園の記 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ただ今、戻りました。——殿にも、いつもいつもおつつがなく。また方々かたがたにも、官兵衛の留守中、何くれとなきご忠勤。お礼を
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このままであなた様もつつがなくお勤めが成就できるとお思いでしょうか、あなた様のお考えも承っておかねばなりませぬ。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その次に来ると今一度謡わせられて、つつがなく記憶おぼえていると又一つ新しいのを書いてもらえる。すこし上達して来ると
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
「その猜疑うたがいことわりなれど、やつがれすでに罪を悔い、心を翻へせしからは、などて卑怯ひきょうなる挙動ふるまいをせんや。さるにても黄金ぬしは、怎麼いかにしてかくつつがなきぞ」
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
近き流を見るに、濁浪だくろう岸を打ちて、堤を破りたるところ少からず。されど稲は皆つつがなし。夜軽井沢の油屋にやどる。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
若し平心を以て射たりしならば則、つつがなからむと、因りて還し投ず。則、其矢落下して、天稚彦の高胸に中りぬ
『池北偶談』二六に、〈釈典に三必死あり、いわく人の老病、竹の結実、騾の懐胎、しかるに康熙こうき某年、旗下人の家に、騾ありて子を生みついにつつがなし〉。
米国人の歓迎祝砲海上つつがなく桑港サンフランシスコに着た。着くやいなや土地の重立おもだったる人々は船まで来て祝意をひょうし、これを歓迎の始めとして、陸上の見物人は黒山くろやまの如し。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
軽い驚風きょうふうということで、その後はつつがなく御成育になり、元服と同時に、相違なく家督相続さしゆるされるむね、お達しがあり、家中一同恐悦に存じておりました。
顎十郎捕物帳:10 野伏大名 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
詮方なく「天主よ御身のために尽したるミゲル提督ならびに部下の人々をつつがなく故国へ戻らせたまへ」
誰が死んだ彼れが死んだと、自分の一家はつつがなくても、少くとも、知人友人を失わないものはなかったろう。この騒ぎの名残が今日でも東京の電車に跡をとどめている。
女婿 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
寛平御記かんぴょうぎょき各一合、小右記しょうゆうき六合などのつつがなかったことは、不幸中の幸いとも申せるでございましょう。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
此十年余の限りない波瀾にも、最近の大震災にも幸につつがなく、ここに「みみずのたはこと」の巻末に於て、粕谷の書斎から遙に諸君と相見るを得るは、感謝の至です。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
宮古みやこ八重山やえやま大阿母おおあもなどは、危険の最も多い荒海を渡って、一生に一度の参覲さんきんつつがなくなしとげることを、神々の殊なる恩寵おんちょうと解し、また常民に望まれぬ光栄としていた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
源蔵が若君のつつがなき姿を見て、初めて張つめし気のゆるみしは忠臣の真面目にて、戸棚に入れあれば大丈夫とは知りながら、今更の如く安心せし様を示せるは芝居としての見せ場なり。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
と漁夫はそのことばを聴くやすでに魂魄こんぱくのあるところをおぼえず、夢のごときものわづかに醒むれば、この時彼が身はもとの浜べに、しかもつつがなく、しかも乗れる舟は朽ちて、——朽ちて
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
読経の後、遺族、近親、参会者、築地小劇場員の焼香があって、当日出来しゅったいしたデスマスクが発表された。午後三時半法事を終って、ここに小山内薫先生の築地小劇場葬はつつがなく終了した。
小山内薫先生劇場葬公文 (新字新仮名) / 久保栄(著)
マアこんな風で、ブランカもつつが[#「恙」は底本では「」](妙ねすこし)なかったことをおよろこび下さい。机の上に、内科読本など揃えてそのままとんでは哀れを止めてしまいます。
赤犬は「キャン。」と一声悲鳴をあげると、後をも見ずに逃げ去った。私はほっとした。やれやれ。見るとメリーは気づかわしそうに私を見守っている。いい塩梅あんばいにメリーはつつがなかった。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
只今いとま給はらば、三六六娘子をとめの命もつつがなくおはすべしといふを、庄司さらけず、我三六七弓の本末もとすゑをもしりながら、かく三六八いひがひなからんは、大宅おほやの人々のおぼす心もはづかし。
この時の我が国書には、「日出処の天子書を日没処ひいるところの天子に致す、つつがなきや」
国号の由来 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
昨夜つつがなく帰宅致し候まま御安心被下度くだされたくたびはまことに御忙しき折柄種々御心配ばかり相懸け候うて申訳も無之これなく、幾重にも御詫おわび申上候、御前に御高恩をも謝し奉り、御詫おわびも致し度候いしが
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
昨夜以来御心痛奉拝察候はいさつたてまつりそうろう、御令嬢はつつがなく我輩の掌中に在之候これありそうらえば慮外ながら、御放念相成度万一御希望なれば、金一万五千円○○山麓記念碑うち稚松わかまつの根方へ御埋没あり次第御帰還の取計可仕とりはからいつかまつるべく
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
それより飲料に供すべき氷雪の収拾、室内の掃除、防寒具の調製、その他炊事すいじ一切いっさいの事を同人に一任し、予はもっぱら観測に従事し、やや骨を休むることを得て、ずこれまでの造化の試験をつつがなく
朝な夕なに他の女子がその良人おっといたわるを見て、我独り旧時の快を忘るべけんや、ああ神よ我が良人おっとをしてつつがなからしめよ、彼の行路をして安からしめよ、今我は彼に着きまとい心を尽す能わずとも
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
「別来、つつが無きや。」
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「どうぞつつがなく——」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
天文十八年、悪魔は、フランシス・ザヴイエルにいてゐる伊留満いるまんの一人に化けて、長い海路をつつがなく、日本へやつて来た。
煙草と悪魔 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
四方の障壁にはまだつつがない金碧きんぺきの絵画が眺められる。どこからともなく薄煙は流れ入るが、火焔が伝わって来るにはかすかないとまがありそうである。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もしそれがし幸ひにして、見事父の讐を復し、なほこの命つつがなくば、その時こそは心のまま、御恩に報ゆることあるべし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
廃刊せられたりといひ伝へたる『明星』は廃刊せられしにあらでこのたび第十一号はつつがなく世に出でたり。相変らず勿体なきほどの善き紙を用ゐたり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
若い書生が勤勉に手入れをしてくれるので、わたしの病臥中にも花壇はちっとも狼藉ろうぜきたる姿をみせていない。夏の花、秋の草、みなつつがなく生長している。
薬前薬後 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ただし御身おんみつつがなきやう、わらはが手はいつも銃の口に、と心をめた手紙を添へて、両三にち以前に御使者ごししゃ到来。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
斯う言った蔭口が、左馬之助の耳にも聞えないではありませんが、左馬之助はその美しい顔を曇らせる様子もなく、恬然てんぜんとしてつつがない日を送って居りました。
巨人知らず闇中あんちゅう鉄棒もて縫工を打ち殺さんとして空しく寝床を砕く、さてはや殺しやったと安心して翌朝見れば縫工つつがなく生き居るので巨人怖れて逃げ去った
長き海路うみじつつがなく無事横浜に着、直ちに汽車にて上京し、神田かんだ錦町にしきちょう寓居ぐうきょに入りけるに、一年余りも先に来り居たる叔母は大いに喜び、一同をいたわり慰めて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
「ご心配には及びません。八重は、間もなく郷士体の者に救いあげられ、つつがなく江戸へ帰っております」
顎十郎捕物帳:01 捨公方 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
巴里は再度兵乱にったが依然としてつつがなく存在している。春ともなればリラの花もかおるであろう。しかしわが東京、わが生れた孤島の都市は全く滅びて灰となった。
草紅葉 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
寛平御記かんぴょうぎょき各一合、小右記しょうゆうき六合などのつつがなかつたことは、不幸中の幸ひとも申せるでございませう。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
または難船をした者が遥かにこの御岳に祈請きしょうして、つつがなく島に戻った話もある。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それから九月一日の大震にもお蔭でつつがなく、五十六歳と五十歳のアダム、イヴは、今年七月秋田から呼んだ、デダツ(モンペの方言)を穿いて「奥様、あれ持って来てやろか」と云う口をきく
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)