嘲弄ちょうろう)” の例文
それは彼の話しぶりや議論のやりかたでもわかるし、あまり頭のよくないような者を好んで嘲弄ちょうろうする態度にも、よくあらわれていた。
末っ子 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
甲高いよくとおる声で早口にものをいい、かならず人先に発言し、真面目まじめな話にも洒落しゃれや地口をまぜ、嘲弄ちょうろうするような言いかたをする。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
四十男のヒポコンデリイ患者がね、八つになる男の子が食事のたんびに浴びせる嘲弄ちょうろうに堪え兼ねて、その子供をり殺したという話さ。
彼女は嘲弄ちょうろう的な気質と寛大な気質とをともに具えていたのである。そして人を揶揄やゆしながらも、人の世話をするのが好きだった。
巡査じゅんさはそれから自分の言い分を申し立てた。それは打たれたことよりも、より多く自分が嘲弄ちょうろう(あざける)された事実についてであった。
またはワーワッと笑いごえの致すのが、自分を嘲弄ちょうろうするようにも聞き取れますんで、いろ/\の考えをおこし、ムシャクシャしてまいる。
銅山やまを出れば、世間が相手にしてくれない返報に、たまたま普通の人間が銅山の中へ迷い込んで来たのを、これさいわいと嘲弄ちょうろうするのである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あんたみたいな人だますぐらいじッきやわ、と、嘲弄ちょうろうするようになって、しまいにはそれが面白うて何ぞいうとすぐ泣いたり怒鳴どなったりして
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼は自分の好奇心を満足させた上で、兵卒と共にイエスをあなど嘲弄ちょうろうしたのです(ルカ二三の六—一二)。実に卑しむべきやつだ。
八人の若侍が薄馬鹿の重太郎を囲んでしきりに嘲弄ちょうろうしながら、大杯で酒をすすめる。それを重太郎がひきうけて八杯まで呑む。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そういう人をにした嘲弄ちょうろうのかけ声に、何も命令どおり、首を曲げる必要もありますまいが、折も折であり、不意だったので
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
嘲弄ちょうろうするごとく、わざと丁寧に申しながら、尻目に懸けてにたりとして、むこうへ廻り、お雪の肩へその白い手を掛けました。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
理想はその燦爛さんらんたる物質の世において、空想という妙な名前をもらっていた。未来を嘲弄ちょうろうしたのは偉人の重大な軽率である。
急に君子顔を装ったとて、また言葉だけにたまをつらねたとても、音調に得た所がなければ、聴衆の嘲弄ちょうろうを招くばかりである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
が、そうした立場の人たちの間にこそ、同情と理解をもって論じられもしたが、その以外ほかでは、侮蔑ぶべつ嘲弄ちょうろうの的となった。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
神山は、気の弱そうな笑いと、嘲弄ちょうろうするような笑いと、いつも二つを同時に含めているような笑い顔をする奴であった。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ところが、そんなぎょうさんな言葉はどれもこれも、私にはどうしたって嘘か嘲弄ちょうろうとしか、感ぜられはしないのです。
幻滅 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
あるものは嘲弄ちょうろうするように、あるものは憐愍れんびんの面持ちをもって「病気なんだよ。悪い病気のせいなんだよ」と言うた。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
いたずらに他の腕白わんぱく生徒せいと嘲弄ちょうろうの道具になるばかりですから、かえって気の毒に思って退学をさしたのだそうです。
春の鳥 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
老人は苦しそうに笑い笑い、茉莉花まつりかにおいのするハンカチイフを出した。これはただの笑いではない。人間の嘲弄ちょうろうする悪魔の笑いに似たものである。
不思議な島 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
地獄谷の庵室あんしつと仰しゃったのを心当てに尋ねてみましたが、これはどうやら例のお人の悪い御嘲弄ちょうろうであったらしく
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
君はどうであろうと好きなようにしてよろしいが、高級裁判所は嘲弄ちょうろうされて黙ってはいないということをよく胸に畳んでおくべきだ、というのだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
とうに洗ってしまったでしょう。ですが、そういう御質問をなさると、ヘルマン(十九世紀の毒物学者)がわらいますわ」鎮子は露骨に嘲弄ちょうろうの色をうかべた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その三文信用をさしはさんで人に臨んで、人を軽蔑して、人を嘲弄ちょうろうして、人を侮辱するに至ッては文三腹にえかねる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
嘲弄ちょうろうがましいことを申すなッ。こちらにはちゃんと証拠の品が手にはいっているのだ。能書きはあとにしろ」
右門捕物帖:30 闇男 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
吃驚びっくりして一瞬私は嘲弄ちょうろうされたような気になって眼をみはったが、恩人の子供だといったカ氏の言葉を思い出して
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
やったものだろう。坊主に嘲弄ちょうろうされるのは当然だ。だがあの調子では、やっこさん別にうしろ暗いところがあるようでもない。どうも、やっぱり訳が分らないな
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は嘲弄ちょうろうの間に座って、静かにしかも燃えながら彼の信ずる道を進んだ。私は今来るべき工藝を論ずるに当って、しみじみ彼の気持に活きることができる。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その間ののびた歌声は明らかに彦太郎を嘲弄ちょうろうした調子を帯びていたけれども、彦太郎は一向通じない様子で、自分も釣られたように、口三味線くちじゃみせんを入れながら
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
この時まで前の若紳士は中川の言葉に何かすきあれかしとうかがいおりしがにわかに進みでてさも嘲弄ちょうろうするごと口気こうき
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
畳に手を突いて動かない姿……かみしもこそきていないが、あの元日、御番部屋でそうして嘲弄ちょうろうを受けていた神尾喬之助と、その位置、その態度、寸分違わないのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
みんなにまた口汚くちぎたなくいわれる疑懼ぎくと、ひとつは日頃ひごろ嘲弄ちょうろうされる復讐ふくしゅうの気持もあって、実に男らしくないことですが、手近にあった東海さんの上着からバッジをぬす
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
そして、これはいたって明白と思われる考えであり、だからそれを論駁ろんばくしようとすれば、傾聴などされるよりも、しばしば嘲弄ちょうろう的の微笑をもって迎えられるのである。
自分は質屋の高い台の上に、着物や首飾を差し上げ、なんだこんなガラクタ、と質屋の番頭に嘲弄ちょうろうされながら、わずかの銭を受けとり、すぐその足で薬屋に走るのだ。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
くるわ外の事だから、深い御とがめはあるまいと思うが、何んとしても世上の嘲弄ちょうろうの口はふさがれない。
拇指ぼしを鼻の頭に当てがって、はるかに追いかけて来る探偵を指の先で嘲弄ちょうろうし、侮辱してやった。
怪夢 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして電気殺人たることは判っているのにもかかわらず、それを瞞著まんちゃくしようとてか短刀を乳房の下に刺しとおしてあるではないか。係官は犯人の嘲弄ちょうろう悲憤ひふんなみだをのんだ。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
また甚だしきは当路にびたり、浅薄なる外来宣教師にねいしたり、予を悪口嘲弄ちょうろうする奴もある。
「おのれ、主君を嘲弄ちょうろうするか! いま一言申して見よ、一刀の下に切り斃してくりょう! ただしは深い意味あって今の雑言ぞうごん洩らしたか! 返答致せ! えい、売僧奴まいすめが!」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
老人が役所をずるや、人々はその周囲を取り囲んでおもしろ半分、嘲弄ちょうろう半分、まじめ半分で事の成り行きを尋ねた。しかしたれもかれのためにおこってくれるものはなかった。
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
彼女のいったことはどこまでが真実でどこまでが嘲弄ちょうろうなのか、彼には見当がつかなかった。
そればかりでなく、荘田の逆襲的嘲弄ちょうろうに、直也自身まで、獣のようにすさんでしまった。彼の手は、いつの間にか知らずらず、ポケットの中に入れて来た拳銃ピストルにかかっていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
学校では、女の子は別な教場で教えることになっていて、一しょに遊ぶこともたえて無い。若し物でも言うと、すぐに友達仲間で嘲弄ちょうろうする。そこで女の友達というものはなかった。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
まるで私を嘲弄ちょうろうしているみたいな恰好かっこうで、ぼんやりこっちを振り返ったりしているのだ。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
こう考えると、彼は自分を嘲弄ちょうろうした自分の敵のように、彼自身を嘲弄してみたくなった。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
今までは一向気にも留めざりしからすの鳴声も、かの大木の梢に聞付け候時は、和尚奴おしょうめ、ざま見ろ。いゝ気味だと嘲弄ちょうろう致すものゝやうに聞きなされ、秋蝉あきぜみの鳴きしきる声は、惜しよ惜しよ。
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かわったコムビなので、二人は行く先き先きで発見された。葉子で庸三がわかり、庸三で葉子が感づけるわけだった。非難と嘲弄ちょうろうのゴシップや私語ささやきが、絶えず二人の神経を脅かしていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その島田髷しまだまげや帯の乱れた後ろ姿が、嘲弄ちょうろうの言葉のように目を打つと、親佐は口びるをかみしめたが、足音だけはしとやかに階子段はしごだんを上がって、いつもに似ず書斎の戸の前に立ち止まって
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
……(嘲弄ちょうろう口調で)「言葉、ことば、ことば」か……まだあの太陽がそばへこないうちから、あなたはもうにっこりして、目つきまであの光でトロンとしてしまった。邪魔はしませんよ。
菊子の病気を冷笑する心は、やがてまた僕の妻のそれを嘲弄ちょうろうする心になった。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)