口吟くちずさ)” の例文
も/\若氣わかげ思込おもひこんだやうな顏色かほいろをしてつた。川柳せんりう口吟くちずさんで、かむりづけをたのし結構けつこう部屋へやがしらの女房にようばうしからぬ。
片しぐれ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
捨吉が口唇くちびるを衝いて出て来るものは、朝晩の心やりとしてよく口吟くちずさんで見たきよい讃美歌でなくてこうした可憐な娘の歌に変って来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのままぼんやりと、低い空の靄の中に、無数の灯火が溶けている街の風景を見下しながら、彼女がいつものマズルカを口吟くちずさんだ。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
夕涼をしながら何か小唄を口吟くちずさんでいると、うまいぞといってめる者がある、それっきりうたうのをやめてしまった、というのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
寒がりの叔母は、炬燵こたつのある四畳半に入り込んで、三味線をいじりながら、低い声で端唄はうた口吟くちずさんでいたが、お庄の姿を見るとじきにめた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私はまた病妻が野を歩くことが出来る時分に、一緒にこのあたりを歩いて、ドイツのフエルランドの歌を口吟くちずさんだことを思起すことが出来た。
あさぢ沼 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
夫は、五十四という年齢に似合わぬ調和のとれた、器用な柔和な男で、気の利いた洒落しゃれも飛ばせば、ジプシイの唄に合わせて口吟くちずさんだりもした。
と、口吟くちずさんで、もう一度、首を振ってみたが、村の入口に、人々の——旅の、客引女らしいのが立っているのを見ると、侍らしくなって歩き出した。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
ましてや間近き鈴鹿山、ふりさけ見れば伊勢の海……なんぞと口吟くちずさんだ時は、いかにも好い気持のようでありました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
Fに習つた頃は、酔を知らないでも快い感傷と一緒に口吟くちずさめた年頃だつたが——、屡々二人してここの海辺に運動に出かけて渚にたゞずみながら……。
円卓子での話 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
云ひ/\てその美しき国の事にはかに恋しくやなりけむ、暫し目をぢて、レナウが歌とおぼゆるを口吟くちずさみ居たりき。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
同時に、窓の外の凍る大地の上に崩折れて切支丹の和讃を細々と口吟くちずさんで居る、半死半生の若い美しい女を見付けたのは、それにもまして大きい驚きでした。
と驚いて居る時、秀吉は既に此処に移転して、「なきたつよ北条山の郭公ほととぎす」と口吟くちずさんで、涼しい顔をして居た。
小田原陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼は、高円寺駅のすぐ手前の踏切を左に折れ、杉ノ木口の方へ、通りなれた道を、そらで詩を口吟くちずさむように、からだに調子をつけて、ぶらぶらと歩いて行つた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
牛島の梵雲庵に病んでいよいよ最後の息を引取ろうとするや、呵々大笑かかたいしょうして口吟くちずさんでいわく、「今まではさまざまの事して見たが、死んで見るのはこれが初めて」
靴の踵鉄そこがねの音も高らかに、鏡を片手で前にささへたまま、好きな自分の唄を口吟くちずさみながら踊りだした。
職業しょうばいの情熱もうしなったように、煙草のけむを輪にふきながら、へんにものかなしい亡命的な小唄を口吟くちずさんでいたり、下水にむかってへどをはいているという始末……。
放浪作家の冒険 (新字新仮名) / 西尾正(著)
とシュニッツラーを即興的に焼直したのを口吟くちずさんでから、彼は一つ大きな伸びをして立ち上った。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
江戸の町々に流行はやりの唄となり無心の子守女さえお手玉の相の手に口吟くちずさむほどの人気であった。
と思いながらも、私自身、ついその気味の悪い唄を口吟くちずさんでいた。成る程、その楽譜に踊るお玉杓子たまじゃくしのカーヴは正弦波サインカーヴとなって、体温表カルテのカーヴと甚しい近似形をなしていた。
快活に、なにか西洋の歌らしいものを口吟くちずさみながら、擬宝珠ぎぼうしゅの屋根の方角へ、姿が消えた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
当日虹汀は自ら座に上り、略して上来の因縁を述べて聴衆に懺悔ざんげし、二首の和歌を口吟くちずさむ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
口吟くちずさみつつ馬上静かに進んで参りますと、ブッダ・バッザラ師は馬の上で声を掛けられて
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
何処で? それははっきりしないが、兎に角それを聴いていると、曲の名も歌詞も知らぬながらに、その折返ルフランの一つが早速お馴染になって、思わず口吟くちずさみたくなるたぐいのものであった。
孤独 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
学生時代の話ですから、もう時効にかゝっているんですけれど、或日、連中が安達君のところに集まっていた時、僕が『妻をめとらば……』と口吟くちずさんだんです。種々いろいろと註文が出ました。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
労働につかれ種々の患難かんなんに包まれて意気銷沈いきしょうちんした時にはあるいは小さな歌謡かよう口吟くちずさむ、談笑する音楽をく観劇や小遠足にも出ることが大へん効果あるように食事も又一の心身回復剤である。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
妙な歌を口吟くちずさむばかりか、要介などという人物が、保護する人間となっていたので、浮いた恋、稀薄の愛、そのようなものは注がないこととし、ほんの友人のように交際つきあって来たところ
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それで今日私の貰っている大学の給料は僅かに大枚七十五円である(数年前久しぶりで十二円ばかりあげてくれたとき「鼻糞と同じ太さの十二円これが偉勲のしるしなりけり」と口吟くちずさんだ)
自然くだらぬ考事かんがえごとなどがおこって、ついには何かに襲われるといったような事がある、もしこの場合に、謡曲うたいの好きな人なら、それをうなるとか、詩吟しぎん口吟くちずさむとか、清元きよもとをやるとか、何か気をまぎらして
死神 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
青年は心配ごとも忘れて、その美しい旋律メロディの口笛に聞き惚れた。まるでローレライのように魅惑的な旋律だった、そして思わず彼も、「赤い苺の実」の歌詞を口笛に合わせて口吟くちずさんだのであった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
博士の歩みたまいし寂しき路を辿たどり行かんとするわが友よ、私はこの一句を口吟くちずさむとき、ひげまばらな目の穏やかな博士の顔がまざまざと見え、たとえば明るい——といっても月の光でほの白い園で
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
彼は一句ずつ、区切り区切り脳裡のうりに彫りつけるように口吟くちずさむのであった。ながくひっぱって日附けを読み、机の上にそれを置いたのにまだ視線を動さなかった。何か口の中でぶつぶつつぶやいていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
とたれやらが口吟くちずさみけん。後家おんなやもめの世に処することぞ難かりける。むかしの慣習にて主の死去したる時は一途いちずにはやまりて松の操色かえじと。プッツリ思い切りかみも。ようやくのぶるにしたがいて。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
女はなほ恋の小唄こうた口吟くちずさみて男ごころをやはらぐ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
あしの葉のよい女郎じょろうし口吟くちずさむ心持、一段のうちに、風はそよそよと吹く……老人、昼間息せいて、もっての外草臥くたびれた処へ酔がとろりと出ました。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼はぼんやりと橋の袂の街灯にりかかって、靄の中に消えて行く女の後姿を見送っている。女が口吟くちずさんで行く「マズルカ」の曲に耳を傾けている。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
もっとも、彼は下手へたにそんな文句を言出したりなぞして、彼女の顔を紅めさせるでもあるまいと思い、それを彼女の前で口吟くちずさんで見ることはしなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
曾て、関ヶ原を通つた時、『新しき若木若葉に日影さし埋れ果てたるいにしへのあと』と口吟くちずさんだが、此間通つた時にもさうした感が再び繰返された。
大阪で (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
Aは、いまだに、「あれから、これへ」を口吟くちずさみながら、それでも懸命につちを振りあげている。Bは、えあがるほのおの傍らで時はずれにも弁当を喰っている。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
千両箱を三つ積んであったという床の間の汚点しみを見ると、平次は思わず声を出しました。側には小さい小坊主が一人、何やら口吟くちずさみながら雑用をしております。
彼は、昼頃まで懐古園のなかを歩きまわり、千曲川を見降ろす崖の上に立ち、うろ覚えのローレライを口吟くちずさみ、たゞなんということなく、時間の過ぎるのを待つた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
昔しを憶いだすごとに、時々口にすることのある酒が、えつかれた脈管にまわってくると、爪弾つめびき端唄はうた口吟くちずさみなどする三味線が、火鉢ひばちの側の壁にまだ懸っていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
相手が無くなると平家の文章を、ひとりで口吟くちずさんで、曲の歌い廻しが思うようにゆかない時は、幾度も謡い直しています。そのくせ、琵琶修繕の手は少しも休むのではありません。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
子供というものは実に罪のないもので、師匠に叱られる事のない場合には、こういう風に面白く我を忘れて遊んで居るのがなかなか愉快なんでございましょう。私はその様を見て一首を口吟くちずさみました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
三勝半七酒屋之段さんかつはんしちさかやのだんの一くだりか何かを口吟くちずさみ出した。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
と英語で口吟くちずさんだ。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
若氣わかげ思込おもひこんだやうな顏色かほつきをしてつた。川柳せんりう口吟くちずさんでかむりづけをたのしむ、結構けつこう部屋へやがしらの女房にようばうを、ものして、るからしからぬ。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そのとき、捨吉は学校に居る時分に暗誦あんしょうしかけた短い文句を胸に浮べた。オフェリヤの歌の最初の一節だ。それを誰にも知れないように口吟くちずさんで見た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
千兩箱を三つ積んであつたといふ床の間の汚點しみを見ると、平次は思はず聲を出しました。側には小さい小坊主が一人、何やら口吟くちずさみながら雜用をして居ります。
このたるを、セント・ジオジゲイネスの樽のように——とか、兵士の歌だよ、今日は白パン、明日は黒パン……そんな歌ばかりを口吟くちずさみながら、昆虫採集で野原をけまわったり
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)