先方むこう)” の例文
「じゃ御止およしになれば好いのに。つまらないわ、貴夫、今になってあんな人と交際うのは。一体どういう気なんでしょう、先方むこうは」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「はは、判った。お前はの市郎に惚れているのだろう。無効だめだからおしよ。先方むこうじゃアお前を嫌い抜いているのだから……。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何処で何う聞き出して来るんですか、矢っ張りじゃみちへびね。日本橋の金輪さんの娘さんの縁談の時なぞも先方むこうかくしていたことを……
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
圖「馬の鞍へ種が島を附けて行ったから、打落そうと思ったら、先方むこうもどっこい此方こっちにもと小筒を出した時は実にどうも驚いたよ」
先方むこうの知らぬを幸いに地底を深く螺旋形らせんけいに掘り、大富金山に属すべきものを我らが方へ横取りするは、天意にそむいたいわばぬすみ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そういながら、わたくしるべく先方むこうおどろかさないように、しずかにしずかにこしおろして、この可愛かわい少女しょうじょとさしむかいになりました。
「ええ、なんですか、たいへんきたがって、わたしに、六週間しゅうかんだけ、とまりにやってくれッていますの。先方むこうけばきっと大切だいじにされますよ。」
だが、こちらの運転手には、事の仔細しさいが分らぬ。何事かとたまげて、躊躇ちゅうちょしている間に、先方むこうの車は矢の様に走りだした。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それを先方むこうで言い出したのです。「あなたに内緒で妹に指輪を買ってやりましたが、誠に済みませんでした」と言った。
「外国の保険だの、外国の銀行にあったものだのが、かえって、こっちでは、わからなくなってしまっても、ポツポツ先方むこうから知らせてくれて。」
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
先方むこうからわざ/\足を運んで、もしうんといってくれゝば、いまゝで御用立したものは綺麗にこゝで棒を引く。——まずそれがさし当っての御相談。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
先方むこうじゃあ巴里パリイで、麺麭パンを食ってバイブルを読んでいた時に、こっちじゃあ、雪の朝、ふるえてるのを戸外おもてへ突出されて、横笛の稽古けいこをさせられたんだ。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「それじゃなるべく早くつれて行ってやる方がいいね、どうせ先方むこうの子なら余り大きくならないうちの方がいいよ」
後の木蔭でその時、誰か、馬をつながせていた。喜兵衛がその方へおもてを向けて、あっと口の裡で云うと、先方むこうからも
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先方むこうから世の中の区画くぎりを打ち破って友達交際づきあいを申し出ているのだから、伝二郎が大得意なのも無理ではなかった。
先方むこうの悟り方は悪いにしたところが即座に難儀を免れたのも仏の教えのお蔭であると思い私も大いによろこんだです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
けれどもね先方むこうに着いてみるとわたしのからだの具合がどうもよくなくって上陸はとてもできなかったからしかたなしにまた同じ船で帰るようになったの。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
先方むこうがあなたに逢いたがって、是非一度引き逢わせてくれといってるんです。先方からいい出したことだから、先方がこっちへ出向いて来るのが順序ですよ。
原町の交番の巡査が十二時過ぎに、受持の区域を巡廻して居ると、先方むこうからばたばた駈けて来る者があった。
呪われの家 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
それは先方むこうも気の毒、浪もかあいそうなよなものじゃが、病気すっがわるかじゃなッか。何と思われたて、川島家が断絶するよかまだええじゃなッか、なあ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
悪くするばかしで、結局君の不利益じゃないか。そりゃ先方むこうの云う通り、今日中に引払ったらいゝだろうね
子をつれて (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
が、こっちはく覚えていても、先方むこうの眼中には背の低い児供こども々々した私が残ってるはずがないから、何度摺れ違ってもツイぞ一度顔で会釈した事さいなかった。
晴次は何やら見出して、不思おもわずまた「ヤッ」といったが、気が着いて博士の袖を曳きながら、頻りに先方むこうを指差すので、そちらを見ると如何にも石碑らしいものがある。
月世界跋渉記 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
先方むこうでは私が叔母の家の者であり、学校の先生ということで遇うたびに礼をして行き過ぎるのでございます、田舎の娘ににやわない色の白い、眼のはっきりとした女で
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そうして妾は矢っ張り旧来もとの通りの美留藻で、お姫様でも何でもなかったのだと思いまして、あまりの恥かしさに顔を手で隠しますと、先方むこうでも顔に手を当てました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
あんなお世辞気のない人ですけれど、どことなく好いたような気象の人ですの。私の顔さえみるといろいろなことを話しかけて、先方むこうでも私のことをそう言うんですよ。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私は実に人をきると云うことは大嫌い、見るのも嫌いだ、けれども逃げれば斬られる、仕方がない、いよい先方むこう抜掛ぬきかかれば背に腹は換えられぬ、此方こっちぬいて先を取らねばならん
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
先方むこうに金があるのだから、空手で入り込むというのは少し虫が好過ぎる。ここは矢張り、資格として、お婿さんのほうからも幾らかの持参金があって然る可きところだろう。成程。
斧を持った夫人の像 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
実は先方むこうから何とか一言位は挨拶でもあるかと心待ちに待っていたが、それなり音沙汰がないので、結句手切金をやるの遣らぬのと云うような面倒な事にならなかったのを幸いと
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
雨をいてでも、風を衝いてでも、自分は行ってもいゝ。が、先方むこうは? そう思うと、美奈子は寂しかった。普通にお墓詣りをする人が、こんな雨降りの日に出かけて来る訳はない。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「そんな心配はない。先方むこうも爵位を持っているほどの人物だから……」
月世界競争探検 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
偶然ふと先方むこうに座敷のあかりが見えるから、その方へ行こうとすると、それがまた飛んでもない方に見えるので、如何どうしても方角が考えられない、ついぞ見た事のない、谿谷たにの崖の上などへ出たりするので
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
あんわずらう必要があるのだろう——天意が、力を貸してくれたというか、神仏が見そなわしたというか、いのちがけで抱いて来た復讐の大望は、彼が、こうしたいと思う以上に、先方むこうから動いて来て
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
是非先方むこうよりかしらを低くし身をすぼめて此方こちへ相談に来たり、何とぞ半分なりと仕事をわけて下されと、今日の上人様のお慈愛なさけ深きお言葉を頼りに泣きついても頼みをかけべきに、何としてこうは遅きや
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「だって、先方むこうは殿様だもの」
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「現に出し抜かれているじゃありませんか? 先方むこうは奥さんばかりでなく、御主人まで本気になって、種々いろいろと計略をめぐらすんですから」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
先方むこうでも声に応じて駈けて来た。が、惨憺たる此場このば光景ありさまを見て、いずれも霎時しばらく呆気あっけに取られた。巡査は剣鞘けんざやを握って進み出た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
定「これを貴方の物にして、此の手紙を開けて御覧なすって、入用にゅうようの手紙なれば先方むこうへ返したっていじゃア有りませんか」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
『私以外の娘だったら、先方むこうが惚れて来るのをいい事にして、絞って絞って絞り抜いて、その揚句未練無く捨てるだろうに』
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すると学校を出たての平岡でないから、先方むこうに解らない、かつ都合のわるいことはなるべく云わない様にして置く。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
先方むこうでは大宅を知っていたのか、やがて血みどろの山犬は、ノソノソと樹の蔭を出て、二三度彼の足元をいだかと思うと、森の奥へと駈込んで行った。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「先生、おしいことをしました、おんなじ一杯回生剤きつけを頂かして下さるのなら、先方むこうへ参りませんさきに、こうやって、」
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
折には先方むこうからこちらへ教えに来てくれるというような都合で余程進歩するのも早いように思いました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「よし、俺は木で彫るものなら何んでも彫ろう。そして先方むこうから頼んで来たものなら何でも彫ろう」
「だが伊助どん、待ちねえよ。ただの難癖言掛なんくせいいがかりじゃすまねえことを、そうやって担ぎ込んで来るからにゃあ、先方むこうにだってしかとした証拠ってものがあろうはず。」
イヤイヤ一わせることに、先方むこう指導霊しどうれいとも手筈はずをきめていてある。良人おっとったくらいのことで、すぐ後戻あともどりするような修行しゅぎょうなら、まだとても本物ほんものとはわれぬ。
はじめは何処どこのお子さんといたりして、姉妹で私の肩上げをつまんだりたもとの振りを揃えて見たりしていたが、段々に馴染なじんで先方むこうでも大っぴらに表の障子を明けひろげて
「だけど、お前の目が始終先方むこうを捜していると同じに、先方の目だってお前を見遁みのがすもんか。」
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
... 行ってごらんになったらかろう」とその患者さんに名刺を渡して先方むこうへ行って貰うと同時に、私は心霊研究会へ電話を掛けまして「今うした人が行くから、よろしく頼む」
オヤと思いながら立ち上って向うを見ますと、向うも矢張り立ち上ってこのほうを見ていました。試しに両手を動かして見ますと、向うでも動かします。足を踏みますと先方むこうも踏みます。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)