先刻さっき)” の例文
先刻さっきと反対です。レッドの身体を本庁で縫い合わせたとき、肩の肉が途中で落したものか無かったため、穴ぼこになっているのです。
一九五〇年の殺人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
八っちゃんはまだ三つですぐ忘れるから、そういったら先刻さっきのように丸い握拳だけうんと手を延ばしてくれるかもしれないと思った。
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
買いたいものがあっても金に不自由していた自分は妙に吝嗇けちになっていて買い切れなかった。「これを買うくらいなら先刻さっきのを買う」
泥濘 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
先刻さっきの大川原五左衛門様も、ずいぶん腹を立てなすったようで、でも、六百五十両の金を返せば、これは文句がなかったでしょう」
松林を出ると、先刻さっき上って来た一筋の坂が、見るかげもなくなった長谷はせの町へ真直まっすぐに続いている。三人は黙々として下って行った。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
ああ、お祖母ばあさんは先刻さっき穴へ入って了ったが、もう何時迄いつまで待ても帰って来ぬのだと思うと、急に私は悲しくなってシクシク泣出した。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そういうお紅を載せているところの、天鵞※びろうど張りの異国風の寝椅子は、先刻さっきから絶間のないリズムをもって、上へ下へと揺れている。
血ぬられた懐刀 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そこに、先刻さっきの編笠目深まぶかな新粉細工が、出岬でさきに霞んだ捨小舟すておぶねという形ちで、寂寞じゃくまくとしてまだ一人居る。その方へ、ひょこひょこく。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
先刻さっきまでその髪の毛にたわむれてゐた強烈な光線は少うし動いて窓の方へ寄り、与里の全身は、今は全く影の中に息づいてゐるのだ。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
二人は病床の傍で、看護婦のいない折々に、先刻さっきからお今のことで、一つ二つ言い争いをしたほど、心持が紛糾こぐらかっているのであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
時に御馳走の話しはモー沢山だが先刻さっきの話しはどうだろう。大原君の方では非常に急いでいるがこの場で返事を聞く訳にならんかね。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
新「あんにい、先刻さっきの様に高声たかごえであんな事を云ってくれちゃア困るじゃアねえか、己はどうしようかと思った、表に人でも立って居たら」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
『何も、おれが赤穂の浪士方を、殺せと云ったわけじゃないじゃないか。そういう議論も町にはあるという事を先刻さっき云ってみた迄よ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先刻さっきいらっしったばかりなのに大変でございますね、お廊下の電灯をおつけしましょうか、いや、そのまま電灯を消して寝ていなさい
けれどもそれはただ自分の便宜べんぎになるだけの、いわば私の都合に過ぎないので、先刻さっき云った母のいいつけとはまるで別物であった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私の名が書いてある切りで、あきらかに郵便で来たのではない。裏にも何も書いてない。女中を呼んで聞くと、先刻さっき車夫が持って来たと云う。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
先刻さっき、僕が恋愛曲線製造の順序と計画を語り終ると、彼女は喜び勇んで、多量のモルヒネをんだのだ。彼女は再び生き返らない。
恋愛曲線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
そなたはしきりに先刻さっきから現世げんせことおもして、悲嘆ひたんなみだにくれているが、何事なにごとがありてもふたた現世げんせもどることだけはかなわぬのじゃ。
先刻さっき、息を引き取ったばかりです。何分胸部をひどく、やられたものですから、助からなかったのです。」と、信一郎は答えた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「どうして? ——どうして無駄だ? ——お前でも、先刻さっき、すこしは体を思わねえじゃァ。……そ、そういったじゃァねえか?」
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
「私は先刻さっきからそう思って拝見しているところなんですけれど、今日は先生のお顔色も好くない」ともう一人の女中が言い添えた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
なるほど先刻さっきと、彼のいうとおり少しも変っていない。死体がうごく——と、呆気あっけにとられた私にアル・ニン・ワは言い続ける。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「ああ、ここまでのぼると、よい景色けしきだ。うみえる。」と、先刻さっきのくわをかついだおとこは、かえでののそばにあらわれていいました。
葉と幹 (新字新仮名) / 小川未明(著)
私は先刻さっき、被告人に有利に疑を挿んだ時申す事を落しましたが、道子が猿轡さるぐつわようのものをはめられて居た形跡はまったくなかったのです。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
H通りで会った自動車に乗っていたのも同じ三人連で、先刻さっきの支配人の話では昨夜倫敦ロンドンから着いたのはA夫人と甥とかいったじゃないか。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
この時になって初めてその服装みなりを見ると、依然として先刻さっきの鼠の衣だったが、例の土間のところへ来ると、そこには蓑笠みのかさが揃えてあった。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
先刻さっき小雪が見たという怪しのものと、場内にニョキニョキ立並ぶ、不気味な仏像とが、奇怪なる聯想を生じて彼をおびやかしたのである。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ただしかし、面をかぶっていますが、それは先刻さっきもお許しを願ったとおり、下っではないのですから、これだけあどうも——。
「それから彼奴あいつは妾にも仇だ。先刻さっき妾を突き倒して、半殺しの目に逢わした奴だ。お前達は復讐しかえしをしておれ。頼んだよ。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
村岡は咄嗟とっさの間に、先刻さっき丸の内を歩きながら清岡が言った事を思出し、何とも知れぬ恐怖を感じて、首と手を振って早く行けと知らせた。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「夕方、沖から帰って来て、御飯を食べてから、なんか書きもんをして、先刻さっき、風呂に入って寝たようにありましたけど、……」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
『それぢや困るぢやないか。たまにたのむんだもの、何んとかしてくれたつてよささうなもんだね、先刻さっきからあんなに頼んでるぢやないか?』
惑ひ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
軒下の竹台に釘抜のように曲った両脚を投げ出した目明し藤吉、蚊遣かやりの煙を団扇うちわで追いながら、先刻さっきから、それとなく聴耳を立てている。
先刻さっきからまちあぐんでいた富士が、ようやくいま雲から半身を表わしたのだ。昨夜の時雨で、山はもう完全にまっ白になっていた。
青年僧と叡山の老爺 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
若子さんに呼ばれて、私ははッと思って、若子さんの方へ行こうとすると、二人の間を先刻さっきの学生に隔てられて居るのでした。
昇降場 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
「おれかい。おれは先刻さっき君も見たラ・ベル・フィユという二檣にしょう帆船の運転士だがね、姓名なまえは……聞きたければ教えてもいいが」
「ほんとにはにかみやさんですね、先刻さっきまであんなに元気だったのに……。尤も、はにかむ位の子供の方が、頭がよいと云いますが……。」
子を奪う (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
先刻さっきの唸り声、もう止んだようだけれど、だんだん早くなって来るから、あわてて時計で数えたのさ。一分間に四十二ですよ。天願さん」
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
B かみは精養軒の洋食からしもは一膳飯、牛飯、大道の焼鳥に至るさ。飯屋にだってうまい物は有るぜ。先刻さっき来る時はとろろ飯を食って来た。
「は、は、は、先刻さっきからだいぶ考えておいでのようでしたね……お友達というよりは、中尉殿の上官です。……ある将軍です」
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
先刻さっきヤングさんが司令官たいしょうに、お前さん達を亜米利加アメリカまで連れてっていいかって伺いを立ててみたら、亜米利加の軍艦の中には
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ぼかしてしまった。燃え盛ると大の字が明々あかあかと中空に浮いているようで頗る壮観だぜと、先刻さっきは頻りに提燈を持っていたのに。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
先刻さっきからみっともないったらありゃしない。私は何も警察へなんか母さんに頭を下げて貰うような、悪いことをしたんじゃないんですよ。」
母親 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
先刻さっきから目標にして紅白の向桿ポールを立ててたたずませておいた土人のニストリが動揺して、経緯儀セオドライトを覗いている私の観測がどうしても付かなかった。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
方角や歩数等から考えると、私が、汚れた孔雀くじゃくのような恰好かっこうで散歩していた、先刻さっきの海岸通りの裏あたりに当るように思えた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
あなたは先刻さっきから何か誤解をしていらっしゃるようだ。私の声がわかりませんか? 私はあなたのご主人じゃありませんよ。
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
と、先刻さっきの蛇の目を忘れたことに気がついたらしく、階下したから「三造さん。傘! 傘!」と大きな声がした。彼は面喰めんくらった。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そうして、つい身につまされて、先刻さっきからお宮の話を聞きながらも、私は自分とお前とのことに、また熟〻つくづくと思入っていた。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
先刻さっきから、あの棚の上に鼠がいるので妙だなと思っていたのだが、あれは本当の鼠ではないのですね。彫り物なんですね。誰がこしらえたのですか」
先刻さっき、目黒の不動の門前を通ったことだけは夢のように覚えているが、今気がついて見ると私はきりから碑文谷ひもんやに通う広い畑の中に佇んでいる。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)