偶々たまたま)” の例文
偶々たまたま道に迷うて、旅人のこのあたりまで踏み込んで、この物怖しの池のほとりに来て見ると、こは不思議なことに年若い女が悄然しょんぼりたたずんで
森の妖姫 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ギラ・コシサンの住んでいるガクラオの共同家屋ア・バイ偶々たまたまグレパン部落の女がモゴルに来た。名をリメイといって非常な美人である。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
結髪の妻節子を喪ってから、長男夫婦の世話になって居たが、偶々たまたま病に臥してからつくづく、世話人なしでは老境を過せないと感じた。
公卿達が、偶々たまたま縁者の諸侯から、田舎の産物を贈って貰うと必ずこれを献上した。天皇は、これを殊の外ご賞美遊ばされたと言う。
にらみ鯛 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
が、男は、物々しい殿中の騒ぎを、茫然と眺めるばかりで、更に答えらしい答えをしない。偶々たまたま口を開けば、ただ時鳥ほととぎすの事を云う。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これなり帰るのも惜しく、偶々たまたま出会つた木の実とりの子供達についてゆく。長い竹竿を持つてゐて、椎の繁みをたたいてまはるのである。
椎の実 (新字旧仮名) / 橋本多佳子(著)
幸村は、偶々たまたま越前少将忠直卿の臣原隼人貞胤はやとさだたねと、互に武田家にありし時代の旧友であったので、一日、彼を招じて、もてなした。
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
巻五の天平二年正月の梅花歌中に「小弐小野大夫おぬのまえつきみ」の歌があるから、この歌はその後、偶々たまたま帰京したあたりの歌ででもあろうか。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
偶々たまたま感じ候故ついでに申上候。荒木令嬢の事、かく相迎あいむかえ候事と決心仕候。しかし随分苦労の種と存候。夜深く相成候故擱筆かくひつ仕候。草々不宣。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
偶々たまたまさる会場で同席して帰途が同じだから同車で帰る途中、わたくしは彼を陋屋に請じて酒を愛する彼のために粗酒をすすめた。
幽香嬰女伝 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
其処そこには例の魔だの天狗てんぐなどという奴が居る、が偶々たまたまその連中が、吾々われわれ人間の出入でいりする道を通った時分に、人間の眼に映ずる。
一寸怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
言を換えていうと自分と古芸術とが偶々たまたま何処かにおいて一つの契合点を得たのである。あるいは古芸術において自分の反映を認めたのである。
芸術と国民性 (新字新仮名) / 津田左右吉津田黄昏(著)
よし偶々たまたま根ざしても、やがて枯れしぼんでしまふ。恋愛のデリケートな繊緯は日々挽き砕かれる圧迫に耐へることが出来ない。
結婚と恋愛 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
しかるに山の会で此話をして帰京した後、十月になって偶々たまたま別の帳面が出たので調べて見ると、夫には玉岳、ノワカ池と並べて書いてあります。
登山談義 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
偶々たまたま看護人でも近寄ろうものなら大声を上げてわめき出す始末で、他人の患部へ手を触れることをはげしく拒絶するのだった。
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
又一方には民間で拵えた木像が多く、此は名も知れないようになっているが、その中にはどうかして偶々たまたまいいものがある。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
木の葉にまじつて流れ下る三年魚迄の小型。偶々たまたまかゝる大型の成魚は放流して来春を待つのが釣人の良心の命令である。
釣十二ヶ月 (新字旧仮名) / 正木不如丘(著)
すると偶々たまたまその場にいた祖父が、「馬鹿野郎。子供のくせに、いまから金をためることなんか覚えて、どうするんだ。」と百雷のとどろくような声を出した。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
ところが時偶々たまたまクリスマスの季節にあたったために、手紙の配達がおくれ、僅か四百マイルを隔てたスミス博士の手に入るまでに、十日以上の日子にっしを要した。
で、偶々たまたま叔母のうちの二階で手にすることの出来た本は、私に非常な興味を感じさせた。それが何の本であったかは、今では想像して見ることすら出来ない。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
偶々たまたま他人が外部へあらわした悪のために振動させられ、その悪のヴァイブレーションが、その人に向って一種異様な好奇の感じを与えるからではあるまいか。
「心理試験」序 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ただ、おそろしく気まぐれでその上並々ならぬ空想癖をもっていたために、それが偶々たまたまこうした思いがけない調子外れの行為となって現われる迄の事であった。
(新字新仮名) / 渡辺温(著)
それからはず無事に家へ帰ったものの、今日こんにちまで、こんな恐ろしい目に出会った事はいまだにない、今でも独りで居て偶々たまたま憶出おもいだすと、思わず戦慄するのである。
白い蝶 (新字新仮名) / 岡田三郎助(著)
また偶々たまたま僥倖ぎょうこうのある問題にゆき当ったという点もないわけではないでしょうが、しかし熱心に科学の仕事に携わらなければそこには到達できないのでありますし
キュリー夫人 (新字新仮名) / 石原純(著)
京伝や馬琴の流を汲んだ戯作者の残党が幇間ほうかん芸人と伍して僅かに余喘よぜんを保っていたのだから、偶々たまたま文学勃興ぼっこうの機運が熟してもかれらはその運動に与かる力がなくて
ついにそれが果されるに至ったのは、偶々たまたま沖縄県の学務部長に赴任された山口泉氏からの招聘しょうへいがあったからによるのであります。私は心をおどらせて海を渡りました。
沖縄の思い出 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
偶々たまたま信濃新報を見しに、処々の水害にかえり路の安からぬこと、かずかずきしるしたれば、最早もはや京に還るべき期も迫りたるに、ここにとどまること久しきにすぎて
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
丁度私達が、偶々たまたま遇ふあの面会の時の話を、立ち会ひの看守達にともすれば干渉されるやうに——。
ある女の裁判 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
従って世間の評判も悪い、偶々たまたま賞美して呉れた者もあったけれど、おしなべて非難の声が多かった。
余が翻訳の標準 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ウエリントンは偶々たまたまナポレオンを相手とするワーテルローの戦場において彼の真髄を発揮したが、およそ高遠なる理想を行わんとする場所は人生の到るところにある
早稲田大学 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
高橋おでんも、まむしのお政も、偶々たまたま悪い素質をうけて生れて来たが、彼女たちもまた美人であった。おでんもお政も悪がこうじて、盗みから人殺しまでする羽目になった。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
偶々たまたま以て夢中遊行状態特有の怪異なる行動が当夜、同所に於て行われたる事跡を物語るものにして
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
食後の休みなどには、種々しゅじゅ世間談せけんばなしも初まったが、この怪談というものは、いずれの人々も、興味を持つものとみえて、私等はある晩のこと、偶々たまたまそれを初めたのであった。
感応 (新字新仮名) / 岩村透(著)
朝鮮に関するオッペルトの新刊が紹介されてるのを読んで、私は偶々たまたまある奇怪な事件を想起した。
撥陵遠征隊 (新字新仮名) / 服部之総(著)
偶々たまたま外的の関係は教師と生徒であっても、本能の発露は村の若衆と小娘との情事めいています。
紙の古きは大正六年はじめて万年筆を使用されし以前にあがなわれしものを偶々たまたま引出して用いられしものと覚しく、墨色は未だ新しくしてこの作の近き頃のものたる事をあかす。
遺稿:01 「遺稿」附記 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
遺書を見るに及びてますます復讐ふくしゅうの志を固うす。偶々たまたま久吉順礼姿となりて楼門下に来り、五右衛門と顔を見合すを幕切まくぎれとす。これを読まばこの筋の評するねうちなきこと自らあきらかならん。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
老人はどこかへこの怒りの情を表現せずにはいられぬ。偶々たまたまそばにふらふらと歩いている失業者、学生、或いはその他の通行人が来る。老人は彼らに向かって演説を始める。
蝸牛の角 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
盗るものは必ず現金げんなまと決っておりますが、不思議なことに、一夜のうちに、二里も三里も離れた、山の手と下町を荒したり、偶々たまたま人に追われても、疾風のごとく逃げ去って
そして偶々たまたま、上等のものにありついた時は、また、素晴らしくよろこぶ事も出来ようという訳だ。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
そんなところに偶々たまたまシメジと呼ぶ白い茸が早く簇生そうせいしていることがあるので、注意深い眼を見張って桜の幹に片手をかけつつ、くるりと向うへめぐって行く粂吉を見ることがある。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
偶々たまたま第十六世紀の宗教戦時代に、スイスの Valais の村民が他宗派の圧迫をこうむり、子供たちを引き連れ、Aletsch 氷河の遠方まで、Viesch 谷に沿うて
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
その他の地方では偶々たまたま同じ語があっても、それはただ至って限られたる意味に用いられる。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
また偶々たまたま庭に出るとそこから採集して来た植物を今でも昔と同じく標品に製作して他日の考証に備える用意を怠ってなく、その押紙を取換える事など皆自分でやらんと気が済まない。
年寄なぞに偶々たまたま見覚えがあって会釈しても、相手はキョトンとした顔をしていた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
防禦軍を指揮せんがために戦場におもむこうとしたが、偶々たまたま途中で民会において内乱を起さんことを議しているという報知を得たので、直ちに引返し、民会に赴いてこれを鎮撫しようとした。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
後に至っても偶々たまたま師匠が当時のことを私に話して、本当に媒酌人をするということは重大な責任のあることを語られましたが、この時の心配苦労の一通りでなかったことが推察されました。
そして、これは都会の人間から永劫えいごうに直接具体的には聞き得ず、こういう偶々たまたまの場合、こういう自然現象の際に於て、都会に住む人間の底に潜んだ嘆きの総意として、聴かれるのであった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それもこの気息奄々きそくえんえんたる場面を活気づけようとして、わざわざ姿を現わしでもしたように、ござがけの荷を積んだ荷馬車で偶々たまたま一人の百姓がそこへ乗りこんで来たればこそで、いつもだったら
故にその死を取らんとするに当りて偶々たまたまある事情によって死せざるを得る時は、その病的観念は却て破壊し潰滅して、そこに健的の人と更生し、即ち勇気に満ち希望に生くる人となって働き出し
貧富幸不幸 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)