人間ひと)” の例文
すべて、私念わたくしといふ陋劣さもしい心があればこそ、人間ひと種々いろいろあし企画たくらみを起すものぢや。罪悪あしきの源は私念わたくし、私念あつての此世の乱れぢや。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
このごろは、金高のほうも相当莫大になりましてね、二十万フランばかりのところへ行っているんです。……人間ひともだいぶ殺しましたねえ。
犂氏の友情 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
むかし唐土もろこし蔡嘉夫さいかふといふ人間ひと、水を避けて南壟なんろうに住す。或夜おおいなる鼠浮び来て、嘉夫がとこほとりに伏しけるを、あわれみて飯を与へしが。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
ひろい御堂の内は、いっぱいの人間ひとのすがたで暗かった——が、それほどな人がいようとも見えないほど、静かであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それどころか、甲虫だのお天道虫てんとむしだのに一所懸命になってる人の気が知れないわ。食うや食わずの人間ひともいるのに。」
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
空吹く風もつち打つ雨も人間ひとほど我にはつれからねば、塔破壊こはされても倒されても悦びこそせめ恨はせじ、板一枚の吹きめくられ釘一本の抜かるゝとも
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
その中の一つには、人間ひと背丈せいの三倍もあるやうな高さの綿花わたの木が見渡す限りはてしもなく繁つてゐる図があつた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
喰いますぜ。……大方船出の準備も出来、物品もの人間ひとも揃いやした。片付けるものは片付けてしまい、急いで海に乗り出した方が、皆の為じゃありませんかな
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何故といつて、聖書で見ると、どんな人間ひとだつて乗合馬車位の「罪」は、各自てんでにみんな背負しよつてるのだから。
そういうところでは人間ひとの動きが目に立って、一層活気があふれていた。ほとんど雨に晒されてしまったような、輪型固麺麭クレンデリや長靴の絵を描いた看板が眼についた。
……都の人間ひと達がどんなに汚れ切っているか。表面うわべばかり華かな文化に飾られ、優雅ゆうがな装いに塗りかくされてはいるけれど、人間達はみな我利私慾がりしよくまよっている。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
その顔は何処どこか正月に見た獅子舞ししまいの獅子の顔に似ているところもあったが、吉を見て笑う時のほおの肉や殊に鼻のふくらはぎまでが、人間ひとのようにびくびくと動いていた。
笑われた子 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しかし、不幸ふこうというものは、いつ人間ひとうえにやってくるものだかわかりません。あるさむい、もうあきけてゆくころでありました。文雄ふみおは、ふとしたかぜをひきました。
星の世界から (新字新仮名) / 小川未明(著)
其の煙の中に大きな真青な人間ひとの顔がありありと現われたから、コリャ大変だいよいよ怪物だと、一生懸命に釜の蓋を上から押えて、畜生、畜生ッ、オイ早く鉄砲を撃てと怒鳴る。
人間ひとが落ちたか、かわうそでもまわるのかと思った、えらい音で驚いたよ。」
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五人の人間ひととが、一直線の線路の上で消えて無くなろうとは! そうだ、もう一時間経っても確とした報知がないなら、僕はコリンス方面監察といっしょに現場げんじょうへ急行しなければならないだろう。
おめいて走り出そうとする。押さえた男、弥吉の顔を壁へ捻じ向ける。とたんに、荒壁の上下左右に火玉が飛んだ、と見えたも瞬間、めりめりと壁を破って両腕を突き出した人間ひとの立姿! それが
いつか來む滅亡ほろび知れれば人間ひと生命いのちいや美しく生きむとするか
和歌でない歌 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
狂人きちがひ狂人きちがひよとてはやされき桜花さくらひし人間ひとや笑ひし
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
人間ひとを威嚇する音楽のやうに享けとれた。
心象風景 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
あまつさへうゆる時は、いちに走りて人間ひとを騒がすなんど、片腹痛き事のみなるに、機会おりもあらばとりひしがんと、常より思ひゐたりしが。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
いかな? その陋劣さもしい心を人間ひとの胸からはらひ浄めて、富めるも賤きも、真に四民平等の楽天地を作る。それが此教の第一の目的ぢや。解つたぞな?
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ばんにはいつ郵便局長いうびんきよくちやうのミハイル、アウエリヤヌヰチがあそびにる。アンドレイ、エヒミチにつては人間ひとばかりが、町中まちゞゆう一人ひとりけぬ親友しんいうなので。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
空吹く風もつち打つ雨も人間ひとほど我にはつれなからねば、塔破壊こわされても倒されても悦びこそせめ恨みはせじ、板一枚の吹きめくられくぎ一本の抜かるるとも
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「神様にはおしかりを受けるかも知れませんが、人間ひとが困つた時には覿面てきめん効力ききめがある事なんです。」
ほんとに、唾でもひっかけてやりたいくらいだ! それあな、人間ひとに物を食わせねえことは、まあいいとしてもさ、馬にはたっぷり食わせなきゃあなんねえだよ、馬は燕麦が好きだからよ。
諸法を具足すれば円満の境地であり、円満の境地は、一切無差別、平等の境地であり、この境地へ悟入はいった人間ひとには、不平も不安も不満もない。そういう境地を模様で現わしたものが曼陀羅だ。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
みづからの運命さだめ知りつゝなほ高くのぼらむとする人間ひとよ切なし
和歌でない歌 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
さしもに猛き黄金丸も、人間ひと牙向はむかふこともならねば、ぢつと無念をおさゆれど、くやし涙に地は掘れて、悶踏あしずりに木も動揺ゆらぐめり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
ばんにはいつも郵便局長ゆうびんきょくちょうのミハイル、アウエリヤヌイチがあそびにる。アンドレイ、エヒミチにってはこの人間ひとばかりが、町中まちじゅう一人ひとりけぬ親友しんゆうなので。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
我歌をよみ詩をして頌せむ讚せむ詠ぜむ記せむと、各〻互に語り合ひしは慾のみならぬ人間ひとの情の、やさしくもまた殊勝なるに引替へて、測り難きは天の心
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
殿様がこの場合鳴門の瀬戸を思ひ出したのは賢い方法で、人間ひとの力で自由にならないものは沢山どつさりあるのだから、その中からどんな物を引合ひに出さうと自分の勝手である。
硯と殿様 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
『私だつて然う思ふわ、小母さん、真箇ほんとに……。』と言ひかけたが、何かしら不図胸の中に頭を擡げた思想かんがへがあつて言葉は途断れた。『神様の思召よ。人間ひとの勝手にはならないんですわね。』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
自然と人間ひとの心持ちも笑いたくなるではござりませぬか
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ひとしおひとに譲らねば人間ひとらしくもないものになる、ああ弟とは辛いものじゃと、みちも見分かで屈托のまなこなんだに曇りつつ、とぼとぼとして何一ツ愉快たのしみもなきわが家の方に
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
命中あたつたが最期殻の刺毛とげ人間ひとの五六人は殺せるし、命中あたらなかつた所で、うまはじけさへすれば激しい臭味でもつて一大隊位の兵士を窒息させるのは朝飯前だといふのだ。
其昔、町でも一二の浜野屋の女主人をんなあるじとして、十幾人の下女下男を使つた祖母が、癒る望みもない老の病に、彼様ああして寝てゐる心は怎うであらう! 人間ひとの一生の悲痛いたましさが、時あつて智恵子の心を脅かす。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
何処までも弱い者を愛護かばふて下さる御仁慈おなさけ深い御分別にもり縋らいで一概に厭ぢやとは、仮令ば真底から厭にせよ記臆ものおぼえのある人間ひとの口から出せた言葉でござりまするか
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
殿様がこの場合鳴門の瀬戸を思ひ出したのは賢い方法で、人間ひとの力で自由にならないものは沢山どつさりあるのだから、その中からどんな物を引合ひに出さうと自分の勝手である。
我歌をよみ詩をしてしょうせん讃せん詠ぜん記せんと、おのおの互いに語り合いしは欲のみならぬ人間ひとの情の、やさしくもまた殊勝なるに引き替えて、測りがたきは天の心
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)