がん)” の例文
斷崖の一隅にがんの形をなしたる低き岸あり。灌木まばらに生じて、深紅の花を開ける草之にまじれり。岸邊には一隻の帆船を繋げるを見る。
岩壁に懸けられたおもて達は、眼を開いたり眼を閉じたり、口を開いたり口を閉じたり、がんの焔の揺れるに連れて、その表情を変えていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
長い荒けずりのベンチの、安っぽい布をかけたのが、壁と天井とで形造られた広いがんの前に、長々とおいてある。龕には低い窓がついている。
あるがんの中へ身を片寄せて二三げんあとに成つて居る和田さんと良人をつととを待ち合せた時、幼い時に聞いた三途さんづの河の道連みちづれの話を思ひ出すのであつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
暗い片隅には、聖像の前に燈明が上げてある。このちら/\する赤い火があるために、部屋が寺院にあるがんか、遺骨を納める石窟かと思はれる。
板ばさみ (新字旧仮名) / オイゲン・チリコフ(著)
そしてその上に壁に切り込んだがんのやうな所から大きな鍋が吊り下げてあつて、中には一ぱい麦酒樽漬ビイルだるづけにしたキヤベツと豚の肉とが入れてある。
十三時 (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
「わたしが自分でります。」こう云って、エルリングは左の方を指さした。そこはがんのように出張でばっていて、その中にかまど鍋釜なべかまが置いてあった。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
旅人はおそれて救いを求めると、主人は承知して、がんのなかに供えてある竹筒を取り出し、押し頂いて彼に授けた。
一学いちがくもおなじようにすすぎをおえ、神殿しんでんがんにみあかしをともした。ふとみると、そこに禁裡きんりのみしるしのある状筥じょうばこがうやうやしく三ぼうの上にのせられてある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
セルギウスは草庵の小さいがんの前で晩のミサを読んだ。草庵には這入られるだけの人が這入つてゐた。二十人位もゐたゞらう。皆位の高い人や金持である。
鶴見はその石の頂上にある平面のところに、かつては小さながんまつられてあったものと想像した。この石はそこの村での或る信仰の対象物であったらしい。
関家の定紋九曜をりぬいた白木のがんで、あなたが死ぬ時一処に牧場ぼくじょうに埋めて牛馬の食う草木を肥やしてくれと遺言した老夫人の白骨は、此中に在るのだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
石垣の中に作り込めたるがんに、受苦聖母の祈願像あり。その前に花瓶。グレエトヘンそれに新なる花を挿す。
倫敦塔の歴史は英国の歴史をせんじ詰めたものである。過去と云うあやしき物をおおえる戸帳とばりおのずと裂けてがん中の幽光ゆうこうを二十世紀の上に反射するものは倫敦塔である。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし僕の目を惹いたのは何よりも両側のがんの中にある大理石の半身像です。僕は何かそれ等の像を見知つてゐるやうに思ひました。それも亦不思議ではありません。
河童 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
木道具や窓のがんが茶色にくすんで見えるのに、幼穉ようちな現代式が施してあるので、異様な感じがする。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
一劃ごとに扉が附いているので、その間は隧道トンネルのような暗さで、昼間でもがんの電燈がともっている。左右の壁面には、泥焼テルラコッタの朱線が彩っているのみで、それが唯一の装飾だった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
武男は母を憤らず、浪子をば今は世になき妻を思うらんようにその心のがんに祭りて、浪子を思うごとにさながら遠き野末の悲歌を聞くごとく、一種なつかしきかなしみを覚えしなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
朋輩ほうばいの僧達はがんうてその骨を焼き、骨塔を雷峰の下に造ったのであった。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
地蔵菩薩のがんかなにかのやうに負ひ
春と修羅 第二集 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
永い間の年月に、堅固な錠前も腐蝕くさったものと見え、手に連れて扉が開いた。扉の向こうにがんがある。龕の中に人がいる。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
をはりて媼は我をきてはしごを登り、二階なる二がんにいたりぬ。是れわれ等三人の臥房ねべやなり。わが龕は戸口の向ひにて、戸口よりは最も遠きところにあり。
ほらの左右には処処ところ/″\に暗い大きながんが掘られて居て、人人は蝋燭をその中へ差入れてのぞいたが何物も見えなかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
がんのうえから、白い花びらがひとひらのように舞って、姫の黒髪にとまった。万野が手をのばす前に、姫は自身の手でそれをとって、指の先で、もてあそびながら
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕はちょっと憂鬱ゆううつになり、次のがんへ目をやりました。次の龕にある半身像は口髭くちひげの太い独逸ドイツ人です。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
許宣は法海禅師の弟子となって雷峯塔の下におり、その塔を七層の大塔にしたが、後、業を積んで坐化ざけしてしまった。朋輩の僧達はがんを買ってその骨を焼き、骨塔を雷峯の下に造ったのであった。
雷峯塔物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その杭の上にささやかながんを載せて、浮世の波の押寄せる道の辻に立てて、かすかな一穂いっすい燈明とうみょうをかかげようと念じていたことも、今となってはそれもはかない夢であった。かれには夢が多すぎた。
草庵と云ふのは山の半腹を横に掘り込んだ洞窟である。亡くなつた先住イルラリオンもそこに葬つてある。即ち洞窟の一番奥のがんが墓になつてゐて、その隣の龕が後住ごぢうの寝間になつてゐるのである。
隅やがんに甲冑が飾ってある。
島太夫はうやうやしく一揖いちゆうしたが、そろそろとがんまで歩いて行き燭台にほのかに灯をともした。部屋の中が朦朧もうろうと明るんで来る。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三四年前反対派の大騒ぎがあつて改葬されたゾラのくわんはユウゴオと同じがんの中にむかひ合せに据ゑられて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
その一せき、相府の宴には、きびすをついでくる客の車馬が迎えられた。相府の群臣も陪席し、大堂の欄や歩廊のひさしには、華燈のきらめきとがんの明りがかけ連ねられた。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その胸は高く躍りて、その聲は折るれどもたわまぬ力を歌ひぬ。我歌はこゝに終り、喝采の聲は座に滿ちぬ。獨り我はまたゝききもせで、がんの前なる老女をまもり居たり。
しかし僕の目をひいたのは何よりも両側のがんの中にある大理石の半身像です。僕は何かそれらの像を見知っているように思いました。それもまた不思議ではありません。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あの奥のがんのような所の
岩をり抜いて作られたがんから、獣油の灯が仄かに射し、石竹せきちく色の夢のような光明が、畳数にして二十畳敷きほどの、洞窟の内部なか朦朧もうろうけむらせ
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
粟田あわた山の春は、その部屋いっぱいににおって、微風が、がんか、瓔珞ようらくか、どこかのれいをかすかに鳴らした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その中にただゴティック風の柱がぼんやり木のはだを光らせながら、高だかとレクトリウムを守っている。それからずっと堂の奥に常燈明じょうとうみょう油火あぶらびが一つ、がんの中にたたずんだ聖者の像を照らしている。
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
水がピチャピチャと石段を洗い、小波をウネウネと立てている。石段の左右にがんある。青白い燈火ひかりが射しいる。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二つの吊燈明つりとうみょうがんの内へを入れに行ったのである。そしてもどると、初めて良人の隣に坐った。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大きな書架、がんの中の半身像、三四枚の肖像の額、壁にとりつけた牡鹿の頭、——彼の周囲にはそれらの物が、蝋燭らふそくの光に照らされながら、少しも派手な色彩のない、冷かな空気をつくつてゐた。
山鴫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
愛慾をそそる香の煙り! 愛慾をそそるがん燈火ともしび! 依然として洞内は淫らであり、依然として洞内は物凄い。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
廊には、がんの灯が、ほのかにともる。勤行ごんぎょうの僧たちの姿が、かなたの本堂で、赤くやけて見えた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
トウルゲネフは大きな息をしながら、ふとがんの前に足を止めた。
山鴫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
と、握っていた薄刃物を、天井から宙へ下がっている、唐土からくに渡りらしい飾りのついた、切り子形のがん燈火にかざしながら、医師は決心したように云った。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
愛宕あたご、清水をすぐ下に望む大廂おおびさし彼方かなたに、夕富士の暮れる頃になると、百間廊下のがんには見わたす限りのあかしが連なり、御所の上﨟じょうろうかとまごう風俗の美女たちが、琴を抱いて通り
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長老はちょっと黙ったのち、第三のがんの前へ案内しました。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
今はすさまじく荒れ果てて器具も調度も頽然たいぜんと古び御簾みすふすまも引きちぎれ部屋に不似合いの塗りごめのがんに二体立たせ給う基督キリストとマリヤが呼吸いきづく気勢に折々光り
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それから起こった光景はと云えば、床が傾いたのでがんが倒れ、龕が倒れたので火を発し、それが器物うつわへ燃え付いて、地下室が見る見る火事になったのである。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その間も香炉からは煙りが立ち、微妙に部屋をかおらせている。その間もがんからは菫色すみれいろ燈火ひかりが、ほんのりと四方を照らしている。そうして聞こゆる催情的音楽!
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)