黄楊つげ)” の例文
そういえば、私が本のうしろに捺す印を黄楊つげで手紙の字からこしらえて、いつか押しておめにかけたの覚えていらっしゃるでしょうか。
黄楊つげの木の二三本にあられのやうなこまかい白い花がいつぱいに咲いてゐるのが、隅の方に貧しくしほらしい裝ひを見せてゐたけれ共
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
そこでエミリアンは、さつそく町の方へいつて、大きな鳥籠とりかごと、それをつゝむ黒いきれと、黄楊つげの青葉をたくさん、買ひこんできました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
黒襟の袢纏か何かで洗い髪に黄楊つげの横櫛という、国貞好みの仇っぽいお神さんを想像していた小圓太は大へん意外のような心持がした。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「でも変ですよ。お母さんは、枝の日曜日(復活祭前の日曜)には黄楊つげの枝をもらいに連れてってくれると言っていたんだもの。」
興福寺の宝物の華原磬かげんけい(鋳物で四ひきの竜がからんだもの)というものを黄楊つげで縮写したのを見ましたが、精巧驚くべきものでした。
さんざん考えた揚句、湯へ行くので持っていた黄楊つげぐしに、自分の毛を五六本抜いて巻きつけ、万兵衛のたもとにそっと入れた。
はらりと下る前髮の毛を黄楊つげ鬂櫛びんぐしにちやつと掻きあげて、伯母さんあの太夫さん呼んで來ませうとて、はたはた驅けよつて袂にすがり
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それがどういうわけでお六櫛というのかいわれは聞きませんでしたが、とにかく本物の黄楊つげで作った特有な形をした櫛でした。
木曾御岳の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
強い西風は祭の行列の始まつてゐる間に吹き起つて、黄楊つげの枝々を地上に撒き散らし、暗い灰色の戸帳を空に敷いてゐた‥‥
ありふれた三日月型の黄楊つげの櫛ですが、水のなかに漬かっていたにも似合わず、油で気味の悪い程にねば/\していました。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、日常使用されていた黄楊つげくしをおやりになった、というほどの話もある。恩賞と人心の周波ともいえるような微妙な雰囲気の程度がわかる。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
墓に向って左側に、一本の黄楊つげの木が植えられているが、いまはその木かげになって半ば隠れてよく見えなくなっている、一基の小さな墓がある。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
前面には、黄楊つげやその他の灌木類を植えた小さな花壇があった。しかし、この神聖な区画は、私たちは実際ほんのたまにしか通ったことがなかった。
やぶの中の黄楊つげの木のまた頬白ほおじろの巣があって、幾つそこにしまの入った卵があるとか、合歓ねむの花の咲く川端のくぼんだ穴に、何寸ほどのなまずと鰻がいるとか
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
あたりを片付け鉄瓶てつびんに湯もたぎらせ、火鉢ひばちも拭いてしまいたる女房おとま、片膝かたひざ立てながらあらい歯の黄楊つげくし邪見じゃけん頸足えりあしのそそけをでている。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一方には黄楊つげや、林檎や、梨や、櫻桃さくらんぼ等の樹が立ち並び、他方の花壇には古めかしい樣々の花、紫羅欄花あらせいとうや、亞米利加撫子アメリカなでしこ櫻草さくらさう、三色菫しよくすみれなどが青萵かはらにんじん
洗髪あらいがみ黄楊つげくしをさした若い職人の女房が松の湯とか小町湯とか書いた銭湯せんとう暖簾のれんを掻分けて出た町の角には
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「これ、おばさんのでなくて、往来に落ちていたよ。」といって、一枚の黄楊つげの櫛を鍋被の女の手に渡すと、あとも振向かずに一目散に逃げるように駆け出した。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
印形を彫るには、我国の木彫と同様、小口をきざみ、そして木も黄楊つげのように見えるから、我国のと同じものなのであろう。人は誰でもみな印形を持っている。
昼でも暗い鬱蒼うっそうたる竹藪たけやぶに沿うて石礫いしころだらけの坂道を登って行くと、石垣を畳んだ大きな土手の上には黄楊つげの垣根が竹藪と並行に小一町ばかりも続いているのです。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
藍の小弁慶のお召の半纏はんてんを着て、鏡に向って立膝をしながら、洗い髪の兵庫ひょうごに、黄楊つげの櫛を無雑作むぞうさに横にさして立ち上るところへ、二階から小娘が下りて来ました。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
木には黄楊つげしいひのき、花には石竹、朝顔、遊蝶花ゆうちょうかはぎ女郎花おみなえしなどがあった。寺の林には蝉が鳴いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
おび引占ひきしめて夫の……といふき心で、昨夜待ち明した寝みだれ髪を、黄楊つげ鬢櫛びんくしで掻き上げながら、その大勝だいかつのうちはもとより、慌だしく、方々心当りを探し廻つた。
夜釣 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
アントアネットの室の中を見回していた——(勉強の机はアントアネットの室に置いてあるのだった)——黄楊つげの小枝といっしょに象牙ぞうげの十字架が上方にかかってる
将棋の駒をつくったやつに聞いてみると、あちらの黄楊つげは日本の黄楊にくらべて、年輪がつまっていて、三倍ぐらい堅いそうです。やはり自然が苛烈で、そうなるんだね
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ごく静かな通り路で、湖処山という有名な黄楊つげのたくさんある山があり、この山の下の村である。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
お節は両手をうしろの首筋の方へ廻して細い黄楊つげくしで髪をときつけながら立つて居た。物置の戸口と柱一つをさかひにして小窓が切つてある其外には手洗鉢てうづばちが置いてある。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
赤いちぢれた髪毛が額に迫り、その下で紅と栗との軟い顔がほつとり上気してゐる。黒く澄んだ、黄楊つげの葉の目が、やさしく、ただしシニカルでありたさうに折々見上げる。
夭折した富永太郎 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
泊岩とまりいわの奇岩の累々るいるいたるあたりは、これまた自らなる庭園で、小さな盆地には水をたたえ、黄楊つげ、つつじなどの群生しているものは、皆刈込かりこんだような形をしており、有明海
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
歯は入歯でしたが、それが鉄漿かねでも附けたかのように真黒で、黄楊つげで造らせたとのことでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
(春はらとよむ又同国に原田はるたといふ所あり、原をはると訓す、ゆゑ未詳いまだつまびらかならず。)一山みな黄楊つげのみといへり。五里飯塚駅。伊勢屋藤次郎の家に休す。此駅天満宮及納祖八幡の祠あり。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そして雜木の茂つた灌木林の中に澤山の黄楊つげが見かけられた。犬黄楊らしかつたが、殆んどその木ばかりの茂つた所もあつた。さつき通つた村の名もこれから出たのだと思はれた。
梅雨紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
或日暮にわしが黄楊つげの木にくぎられた路に沿うて、わしの家の小さな庭を散歩してゐると、気のせゐか楡の木の陰にわしと同じやうに歩いてゐる女の姿が見え、しかも其楡の葉の間からは
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
茣座小次郎、伊賀三郎、黄楊つげ四郎の三人は、甲賀流忍術の達人であった。
五右衛門と新左 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「夜ははやあけたよ。忍藻はとくに起きつろうに、まだ声をもださぬは」いぶかりながら床をはなれて忍藻の母は身繕いし、手早く口をそそいて顔をあらい、黄楊つげ小櫛おぐしでしばらく髪をくしけずり
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
鹿児島は近在が黄楊つげの木の産地であるため、そこの黄楊櫛つげぐしは仕事のよさで名があります。更になお名があるのはその町の錫細工すずざいくで、伝統はどういう仕事が正しいのかを工人たちに教えています。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
お庄はお袋の指図で、浅草にいたころ挿したような黄楊つげくしなどを、前髪を広く取った島田髷の頭髪あたまに挿さされた。そして手の足りない時は、座敷へ出て客の相手をもしなければならなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
油を吸った黄楊つげの櫛が、貝細工のような耳のうしろに悩ましく光っている風情ふぜい、散りそめた姥桜にかっと夕映えが照りつけたようで、れ切った女のうまみが、はだけた胸元にのぞく膚の色からも
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
詳しい原因は私に納得できぬが、幼少からの經驗からいつても、木活字は材が黄楊つげにしろ櫻にしろ、屈りやすく高低が狂ひやすい。印刷機がプレスでなくばれんであれば尚さら汚かつたにちがひない。
光をかかぐる人々 (旧字旧仮名) / 徳永直(著)
黄楊つげのさしぐしがおちたのかとおもつたら、それは三ヶ月みかづきだつた。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
代々木の白樫しらかしがもと黄楊つげがもと飛びてりきし栗鼠りす吾妹わぎも
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
花ににおいもない黄楊つげの枝が触れている呼鈴を力なく押す。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
其処には水に落ちたばかりの黄楊つげの櫛があった。
蟹の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
騾馬のひくべき其軛——黄楊つげの軛につまみあり
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
黄楊つげの小櫛の
野口雨情民謡叢書 第一篇 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
はらりと下る前髪の毛を黄楊つげ鬂櫛びんぐしにちやつときあげて、伯母さんあの太夫さん呼んで来ませうとて、はたはた駆けよつてたもとにすがり
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
散々考へた揚句、湯へ行くので持つてゐた黄楊つげぐしに、自分の毛を五六本拔いて巻きつけ、萬兵衞のたもとにそつと入れた。
手にとって見せたのは黄楊つげの櫛なので、阿部さんも思わず口のうちで「おやっ」と云いました。それはたしかに例の櫛です。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
呟きながら、横へさした黄楊つげくしで、洗い髪の毛の根を無性に掻きながら、黒曜石こくようせきの歯をならべた鉄漿おはぐろくちから、かすかな舌打ちをもらしていた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)