鬱々うつうつ)” の例文
すべての悩みも悲しみも、苦しみももだえも、胸に秘めて、ただ鬱々うつうつと一人かなしきもの思いに沈むというような可憐な表情を持つ花です。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
しかし館は土塀に囲まれ、その上森のように鬱々うつうつとした、庭木にこんもり取り巻かれているので、仔細に見ることは出来なかった。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
祐天僧正の弘経寺にあった時かさねの怨霊を救った事、また境内の古松老杉鬱々うつうつたる間に祐天の植付けた名号みょうごう桜のある事などが記されている。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
鬱々うつうつとして、いまにも何かはじまりそうな気分である。金剛寺門前町は、危機をはらんだまま、表面しずかに風にまかせている。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
母親は、やつれた面をあげ、夫をみあげたが、笏は、やはりちからなく坐ってしばらく黙っていたが、やっと鬱々うつうつしい口をひらいて言った。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ときどきは鬱々うつうつとして生命を封付けられるうらみがましい生ものの気配けはいが、この半分古菰ふるこもを冠った池の方に立ちくすべるように感じたこともあるが
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
従兄弟いとこなり親友なり未来の……夫ともなる文三の鬱々うつうつとして楽まぬのを余所よそに見て、かぬと云ッても勧めもせず、平気で澄まして不知顔しらぬかおでいる而已のみ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「いいや、もうおれの堪忍かんにんもやぶれた。大丈夫たる者、あに鬱々うつうつとして、この生を老賊の膝下にかがんで過そうや」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その隙間すきまに吹きこむ風を、彼のわかい年齢は防ぐすべを知らず、充分に教えられてもいなかった。無論彼はそんなことは考えなかった。ただ鬱々うつうつとしていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
相変らず、ケルミッシュを鬱々うつうつとしたものが覆っている。二人は前回の影響もあり、白昼幽霊をみる思い。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
長崎の湾も小山は水際みづぎはからすぐにそびえ立つて、そのまた小山には、鬱々うつうつと松が茂つてゐる、しかし上陸して見ると、植物はノオルウエイよりもはるかに熱帯的である。
日本の女 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
薄寒き棟割長屋アパルトマンの一室にて祝うことになったが、コン吉たるもの、風光明媚めいび、風暖かに碧波おどる、碧瑠璃海岸コオト・ダジュウルの春光をはるかに思いやって鬱々うつうつとして楽しまず、一日
その晩いっぱいとあくる朝の間じゅう、わたしはなんだか鬱々うつうつしずんだ気持で過した。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
彼女は自分の室にただ一人で、火の消えた暖炉のほとりにすわりながら、鬱々うつうつとして晩を過ごした。暖炉に火を入れるだけの元気もなければ、床にはいるだけの力もなかった。
それとはあんな御気性だから、怪我けがにも仰有おっしゃりはしないけれども、何をいったって、初めて男を知ったお姫様だ。貴方あなたが内を出てからは、鬱々うつうつとして人にもお逢いなさらない。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は焼け出されて津軽の生家の居候いそうろうになり、鬱々うつうつとして楽しまず、ひょっこり訪ねて来た小学時代の同級生でいまはこの町の名誉職の人に向って、そのような八つ当りの愚論を吐いた。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
彼女はがっかり気落ちのしたしおれた顔つきになって、顔の両側には長い髪の毛が悲しげに垂れさがって、鬱々うつうつとした姿勢で思い沈んでいるところは、昔のにある*罪の女にそっくりだった。
戯談じょうだんを言いかけられたりすることは苦しくてならぬふうである。鬱々うつうつと物思わしそうにばかりして以前とはすっかり変わった夫人の様子を源氏は美しいこととも、可憐なこととも思っていた。
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
今も守礼しゅれいの門は心を正せよと告げているのです。歓会かんかいの石彫は神域を犯すなと守っているのです。円覚えんかくの山門は修行せよといましめているのです。鬱々うつうつたる城下の森は千歳をことほいでいるのです。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
灰色に鬱々うつうつとした雲は、おおいかぶさるように空をめ、細い白茶しらちゃけたみちはひょろひょろと足元を抜けて、彼方かなた骸骨がいこつのような冬の森に消えあたりには、名も知らぬ雑草が、重なりあって折れくちていた。
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
旅人は何か鬱々うつうつと考えに沈んでいるらしかった。
鬱々うつうつと花暗く人病みにけり
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
かけてやり啼かせるようにした大抵快晴の日の方がよく啼くので天気の悪い日は従って春琴も気むずかしくなった天鼓の啼くのは冬の末より春にかけてが最も頻繁ひんぱんで夏に至ると追い追い回数が少くなり春琴も次第に鬱々うつうつとする日が多かった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
鬱々うつうつたり 盧溝ろこうの北。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
背後には鬱々うつうつと茂った山が、夜空に矗々ちくちくそびえている。明るい美しい陽はないが、その代り満天の星の数が、ひょうの眼のように光っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
再び鬱々うつうつの日来たり、約一年半、父や叔父の読み古した軍記、文学、講談などの雑誌に埋れて夢を見続けていた。
簡略自伝 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
と、歎声を発し、果ては、身もだえせぬばかり、玄蕃允の我意がいののしっておられる——という帷幕いばくの内紛が洩れるに至って、中軍の士気も何となく鬱々うつうつと重く
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分は何という大きなうそをついていたことであろう、筒井は終日、鬱々うつうつとしてそれらのたのしかった水郷の家のことが、心におおいかかって来てならなかった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
それより照子、鬱々うつうつとしてたのしまず、愁眉しゅうび容易に開けざるにぞ、在原夫人はことばを尽して、すかしても、慰めても頭痛がするとて額をおさえ、弱果てて見えたまえば、見るに見かねて侍女等こしもとども
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一同はそれらの小屋をも後にして俗に千本桜といわれた桜の立木の間をくぐり抜け、金竜山きんりゅうざん境内の裏手へ出るとそぞろ本山開基の昔を思わせるほどの大木が鬱々うつうつとしておい茂っている。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
俺の記憶にあるかぎりでは、ただの一度もいとしらしい言葉を掛けられたこともなかッたから、俺はもう生涯誰からも愛されることはないのだと断じこみ、はかないあきらめを抱いて鬱々うつうつとしていた。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その土塀の内側には、常磐木ときわぎ鬱々うつうつこもっている。で、屋敷の構内の、どの部屋で講義をしようとも、声は外界へは聞こえないであろう。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
戴宗の報告を聞きすました満座の眉色びしょくは、一瞬、しいんと恩人の受難をいたみ、また鬱々うつうつたる義憤に燃えた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きょうも鬱々うつうつとしてまた愉しく、何度も置きかえ、置く場所をえらび、光線の来るところに誘われて運び、或いはどうしても一個の形態でさだまらない場合、二つあてを捉え
陶古の女人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
拝殿はいでん裏崕うらがけには鬱々うつうつたる其の公園の森をひながら、広前ひろまえは一面、真空まそらなる太陽に、こいしの影一つなく、ただ白紙しらかみ敷詰しきつめた光景ありさまなのが、日射ひざしに、やゝきばんで、びょうとして、何処どこから散つたか
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
広重は顔見世乗込かおみせのりこみの雑沓、茶屋飾付かざりつけの壮観をよそにして、待乳山の老樹鬱々うつうつたる間より唯幾旒いくりゅうとなきのぼりの貧しき鱗葺こけらぶきの屋根の上にひるがえるさまを以て足れりとなし、また芝居木戸前しばいきどまえの光景を示すには
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかし不動のその姿からは形容に絶した一道の殺気が鬱々うつうつとしてほとばしっている。どだい武道から云う時はまるで勝負にはならないのであった。
三甚内 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なにかといえば、それは春も半ばの頃、かねてから遺恨鬱々うつうつと時をうかがっていた曾頭市そうとうしの豪族、曾一門を討って亡き前の総統晁蓋ちょうがいの無念ばらしをしたことだった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
拝殿の裏崕うらがけには鬱々うつうつたるその公園の森を負いながら、広前ひろまえは一面、真空まそらなる太陽に、こいしの影一つなく、ただ白紙しらかみを敷詰めた光景ありさまなのが、日射ひざしに、ややきばんで、びょうとして、どこから散ったか
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
異人は岩頭がんとうに坐っている。前には大河が泡を噛んで大蛇のように走っている。それらのものの背後うしろには、鬱々うつうつと茂った緑の山が、すくすくと空にそびえている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
秋もいつか十月を過ぎ、肥馬ひば天にいななくときを、その将軍の宮は、神泉苑の御所のふかくに、若さと智と、また多血から来る鬱々うつうつ忿懣ふんまんとをやりばなくしておいでだった。
で、嘉門はこのごろ中は、家にばかり鬱々うつうつと引き籠もっていて、朝に昼に晩に飲酒ばかりしていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いまさらのようなものだが、こんなさいの民主政体のまどろさには鬱々うつうつとせずにいられない。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
思えば今年の夏のこと、兄甚三に送られて、この曠野まで来た時には、緑が鬱々うつうつと茂っていた。その時甚内の乞うにまかせ、甚三の唄った追分節は、今も耳に残っていた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これでみても、すでに将士のあいだでも、足利家のうちに鬱々うつうつとこもっていた長年月が、なんとはなく今日という日を待って、いまや爆発寸前の異常をおびていたもののようだった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
石秀と街で別れて、彼はそっちへ出向いたが、鬱々うつうつと、腹が煮えてたまらない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しわぶきも立てず物も云わぬ! 訓練されたる薩摩武士、武者押しとしてはまことに堂々、しかも殺気は鬱々うつうつと立ち、意気は盛ん、油断はなく、敵の城下を押し通るのに、臆した様子は少しもない。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
が、今日の旅路を鬱々うつうつと、そんな先案じにとらわれている彼でもなかった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
南は濶然かつぜんとひらけている。さて北は鬱々うつうつとして何んの物音も聞こえないのは、山また山があるからであろう。おや、女の泣き声がする! 一人ではない二人らしい! 手近の所で泣いている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大阪の親戚みよりの者で遊びにまいっていたのでございますが、そのうちに、ちと持病がありましてな、カーッと血を吐きましたもんで、それ以来、鬱々うつうつれきって、まあ半狂人はんきちがいというありさま。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)