食物たべもの)” の例文
猩々はまた黙つて小娘のお喋舌しやべりに耳を傾けてゐたが、暫くすると、娘をいたはるやうに手に持つた食物たべもの破片かけらをそつと呉れてやつた。
食物たべものききらいをいう、というよりは、あれもいや、これもいや、のべつに「いや、いや」とばかり、一雄はいいつづけていました。
祖母 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
春雨あがりの朝などに、軒づたいに土壁をう青い煙を眺めると、好い陽気に成って来たとは思うが、食物たべものの乏しいには閉口する。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
人仕事ひとしごといそがわしい家の、晩飯の支度は遅く、ちょう御膳ごぜん取附とっつきの障子をけると、洋燈ランプあかし朦朧もうろうとするばかり、食物たべものの湯気が立つ。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「あれじゃとてもやりきれない。退屈で、おまけにからだがぶくぶくにふとって来るし、食物たべものはまずく、寝りゃからだがいたい。」
イワンの馬鹿 (新字新仮名) / レオ・トルストイ(著)
どうしてどうして、難癖をつけるどころではありませんよ。これは正教徒の食物たべものです! 聖者や使徒たちも、みんな煮団子ガルーシュキを食つたのです。
... 奥の方に坐っていなければ食物たべものむ事が出来なかろうにねー」腸蔵「それがまったく外見みえだからだよ。外見にお金さんを前の方へ置くのだ。 ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「おれあ祝福してもらってうちから追ん出されたかねえんだよ。おれあ祝福で自分の食物たべものを食卓からふんだくられるなあ厭だ。じっとしてろ!」
もう村の子供達も犬にあきて、食物たべものを持つて来てくれる者がありませんでした。犬の八公は一人で、何十匹もの犬を養はなければなりませんでした。
犬の八公 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
仲間なかま家鴨あひるからはかれ、ひよからははねでぶたれ、裏庭うらにわ鳥達とりたち食物たべものってむすめからはあしられるのです。
家におって、薬や食物たべものの世話をしたり、汚れものを洗濯したりするよりも、市中や田舎の方の仕切先を廻って、うかうか時間を消すことが、多かった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
きゃくさまがえたときに、こちらの世界せかいなにが一ばん物足ものたりないかといえば、それは食物たべもののないことでございます。
「さう、ぢあ、皆さまがお部屋にゐらつしやる間に、私、階下したへ行つて何か食物たべものを持つて來てあげませうね。」
「それはさうと薬にしろ食物たべものにしろ、君はどうして有り付く事が出来るね。けふなんぞも午食ひるしよくはしたかね。」
しかもこの七日程、食物たべものらしい物は何も入っていない胃袋は、格太郎の指にくッ付いている飯粒を見ると、それを、奪っても食いたいような苦悶を起している。
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水脈みを坊水脈坊。お客様がゐていやかも知れんがおさへて呉れなくちや』と云つた。それから、『飲物のみもの食物たべものも皆さげてくれ。目のまへにあるとまらんから』
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
けれども決してそうでない! 先日病院の石垣の下でったことや家に道具一つないことや、いつもこうやって坐っていて、食物たべものを食った様子も見ないことや
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
このクリスマスのかざりをした明るいたのしい、そして食物たべもののたくさんある部屋で、パトラッシュを一番のお客さんにしようと、アロアは一生けんめいでした。
肩に振り分けにして掛けているのは麓の城下から持って来るところの色々の珍らしい器具うつわ食物たべもので、つまり彼は山と城下とを往来している行商人なのであった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
人殺し! 畜生! 弱い女を打つ奴があるものか! 食物たべものの中へ猫イラズを仕込んでやるから覚えてろ!
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
馬「だが、旦那坊主も付いていたが経も上げず、ひどい貧乏な葬式とむらいで、んな裏店うらだなでも小さい袋に煎餅ぐらいはあるに、何か食物たべものがあろうと思ったにひどい事で」
食物たべものでないものをたべたのですが、これが腹に入ったら、不思議に、がつがつした心持はやみました。
ええ、あの小供こども食物たべものの事をうまうまと云いましょう。あれの来歴ですね。その人の説によると小供が舌が回り出してから一番早く出る発音がうまうまだそうです。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
食物たべものもとめてにくけたがよい。……(行きかけて藥瓶を見て)どくではない興奮劑きつけぐすりよ、さア一しょに、ヂュリエットのはかい、あそこでそち使つかはにゃならぬ。
でも、大人でも、よっぽど待どおしいと見えて十字は実に早くやる、お茶碗もすぐ口にもってゆく。食物たべものは家のよりまずいが牛乳のかんは毎朝台所にぶらさがっている。
「人が觸つたり、間違つて食物たべものに入つたりしては惡いと思つて、お勝手の戸棚の上へ置きましたが」
セエラは食物たべものの話を聞くと、思わずくらくらしました。彼女はアアミンガアドの腕にしがみついて
ちょうにいて贅沢ぜいたくをした御前方おまえがたには珍しくもあるまいが、この頃は諸事御倹約の世の中、衣類から食物たべものまで無益な手数をかけたものは一切いっさい御禁止というきびしいおふれだから
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かたちははなはだハッキリしないが、永く物に餓えた人が食物たべものを見つけたように、つかみ掛って来そうな光がその人の眼から出た。老栓は提灯を覗いて見るともう火が消えていた。
(新字新仮名) / 魯迅(著)
「そうするとどうして生きているのだろう。食物たべものや飲物も入るだろうに。」
少し舌が長すぎるのか、醉つて居る爲めにもつれるのか、ぢいさんのいふ事は聞取りにくかつたが、要之えうするにその醉月といふ宿屋は、きれいで靜で安くて、食物たべものは上等で、おかみさんも女中も親切で
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
「いや、食物たべものは持っておる、どうか一と休みさしてもらいたい」
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
野道に、食物たべもの、ありはしない。
別離 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
食物たべものです」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「お腹が弱くて、こんなに嘔吐かれるもんぢやない。御覧なさい、あんな遠くまで食物たべものを吐き飛ばしてるぢやありませんか。」
... 私も和郎おまえさんも二十日はつかばかり泣き通したっけ」胃吉「あの時の事はまだ忘れない。モーモーこんな商売はめようと思った。虫のいる食物たべものは私も手を ...
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
新屋のあねえに、やぶの前で、牡丹餅ぼたもち半分分けてもろうた了簡りょうけんじゃで、のう、食物たべものも下されば、おなさけも下さりょうぐらいに思うて、こびりついたでござります。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかしあまり長くそこに立っていたためにすっかりお腹をすかしてしまいました。しかし、たれもが塔の上へ食物たべものを持って行くことなど考えもしませんでした。
イワンの馬鹿 (新字新仮名) / レオ・トルストイ(著)
老婆一人ひとり小婢こおんなと同宿人一人との気兼ねなさと、室が日光ひあたりがよくて気に入ったのと、食物たべもののまずい代りに比較的安価なのと、引越の面倒くさいこととのために
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
三つも入れて板子の下へ隠してけばい、食物たべものは何も入らん、彼方あっちへ行って食うから、早くしろ
部屋にはもう電燈がついて、その晩の食物たべものこしらえるために、お島は狭い台所にがしゃがしゃ働いていた。印判屋の婆さんとも、狎々なれなれしい口を利くようななかになっていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
留守に女房が、教会堂の留守をね、翁の世話をしている。とはいえ決して翁はこの女房の世話にならなかった。食物たべものから、衣服の事すべて自分のことだけは自分でした。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
こんな処へ来ても、人ぎらいをしない祖母は、てんやから食物たべものをとって、みんなで会食した。
そして、おなじあじ食物たべものが、毎朝、一片ひときれずつ木の上へはこばれてゆくこともかわらなかった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして親切な言葉などもかけて、そうして谷の向こうに見える、燈火ともしびのついている館こそ、自分達の住居であって、そこへさえ行ったら乳こそはないが、嬰児のたべられる食物たべもの
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その主人と言うのは、飲んだくれの情知らずで、食物たべものなどろくろく与えず、山のような荷をひかせ、絶え間なく鞭をふり下すのでした。幸か不幸か、パトラッシュには力がうんとありました。
食物たべもの枕元まくらもとへ運んでやるから、もっと寝ていたらよかろうと忠告してもくれました。身体からだに異状のない私は、とても寝る気にはなれません。顔を洗っていつもの通り茶の間でめしを食いました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
吹かけられたり、食物たべもの石見銀山いはみぎんざんが入つてゐたり、——
「それでは休ましてもらいたい、食物たべものは持参しておる」
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「日本の珍味です。東洋では主に僧侶ばうさんの食物たべもので、僧侶ばうさんが賢くて、おまけに長命なのは、みんなこの食物たべものせゐだといはれてゐます。」