はば)” の例文
「数日を、龍王寺に御滞在。それから再びお旅立ちの朝、万喜頼春まきよりはるの家中のものが、道をはばめて、敢て先生のお刀をわずらわしました」
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
現に我々の親・おおじの通って来たみちが是であり、今でも一部の同胞が天然にはばまれて、なお脱却しかねている境涯も是だからである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「万民の志を遂げしむる」という理想をはばんでいるものは、政治においても経済においても、自己の利益または特権に執着する心である。
蝸牛の角 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
うっ! と呻いてのけ反る父へ、駈け寄ろうとする千浪は早くも、中之郷、山路の二人に、左右の手を取られてはばまれていた。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ついて帰れないというようなことも多少彼女の心をはばんだのであろうが、いつものびのびしたところに意の趣くままに暮らして来た彼女なので
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
黙示図において、易介の屍様を預言しているその一句は、誰の脳裡にもあることだったけれども、妙に口にするのをはばむような力を持っていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
この驚くべき世界を覗いているにもかかわらず、我々の方は何の用意もなく、また一般人間の肉体的制約にはばまれて、断片的に捕捉しがたい知識以外には
地殻にはばまれた地球の情熱がわずかに必死と噴き出したものがこれらの山である以上、先生が同気相求めてこの山に結ぶのは、当然ではありますまいか。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ながいこと相離れていた父と子の心が、いまこそ紙一重かみひとえはばむものもなく、ぴったりと互いに触れあうのを感じた。
城を守る者 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
是故にその見ること新しき物にはばまれじ、是故にまたそのおもひの分れたる爲、記憶に訴ふることを要せじ 七九—八一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
が、光秀が山崎の隘路をやくして秀吉の大軍をはばまんとしたのは戦略上、当然の処置であり、秀吉の方も亦山崎に於ての遭遇戦を予期していたのであろう。
山崎合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
太子讃仰さんぎょうの念に偽りがあるとは思っていないが、しかしそれをただ一筋の道として進むことをはばむものがあるのだ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
寒くて湿気の多いこの土地では、土壌は苛烈な風化作用を受けて強い酸性となり、植物の生長をはばもうとする。
ツンドラへの旅 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
れもし行きめぐりて人をとらえてめしあつめ(すなわち裁判官が巡回して犯罪人を捕え集めて裁判する如くし)給う時は誰かよくこれをはばまんや、彼は偽る人を
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
王はおんみずか太刀たちふるって防がれたけれども、ついにぞくのためにたおれ給い、賊は王の御首みしるしと神璽とをうばってげる途中とちゅう、雪にはばまれて伯母おばみねとうげに行き暮れ
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そのうえ、実物をつくって実行してみると、机の上では、とても気がつかなかったような困難な問題がひょこひょことびだしてきて、行手ゆくてはばむものである。
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
たまたま雷雨にはばまれて車を駐めたその店がちょうど船橋と同じ格好である。そんなわけから、その店が菓子屋であったということを、今だに疑わずにいる。
カサコソと彼の坐っている前を、しわになった新聞紙が押されて行った。小石にはばまれ、一しきり風に堪えていたが、ガックリ一つ転ると、また運ばれて行った。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
不幸にしてそのたずぬる物語のある頼朝公の尼寺というのを探し当てる以前に、例の宮前の黒船騒ぎの波動が、お銀様をして前方へ進むことをはばみましたから
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
最後までそれで通して行こうとしたのが、何か気がはばんだのだ。一本気だけに絶望の底は深かった。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その仕事への無意識の関心が彼を自殺からはばむ役目を隠々いんいんのうちにつとめていたことに気がついた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ある場合には十日も二十日も風浪にはばめられて、ほとんど流人るにん同様の艱難かんなんめたこともあったろう。ある場合には破船して、千尋ちひろの浪の底に葬られたこともあったろう。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その神の怒りは不義をもて真理をはばむ人の、もろもろの不虔ふけんと不義とにむかいて天よりあらわる。
何か砂利のようなものが脚につまって、それが私の歩みをはばむようであった。大通りを避けて見知らぬ露地から露地へ私は蹣跚まんさんと歩き廻った。見覚えのある路を何度も通った。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
年がら年じゅうこづきまわされている彼らは、これだけは自分の自由意志だと思いこんだものがぐわんとはばまれるその刹那に、想像できないほどの敵愾心てきがいしんあおられるのであった。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
しかもその快活な気分は、母親におけると同じく、最近のはばまれたためさらにつのっていたのである。しかし彼女はもう、家畜ほどにもクリストフを気にかけていなかった。
欣七郎は紳士だから、さすがにこれははばんだので、かけあいはお桂さんが自分でした。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
頼豪に何でも望みをかなえやろうと仰せられ、すなわち請うて三井寺に戒壇を立つ、叡山から極力これをはばんで事ついにやんだので、豪、面目を失い、死して四歳の皇子を取り殺し
私をいじめ、さいなみ、あらゆる自由と独立とを私から奪い、私のよいところを片っ端から打ち壊し、私の成長をはばみ、私をじ曲げ、ゆがめ、ひねくれさせ、そしてしまいにはとうとう
ここおいて太祖ひそか儲位ちょいえんとするに有りしが、劉三吾りゅうさんごこれはばみたり。三吾は名は如孫じょそんげんの遺臣なりしが、博学にして、文をくしたりければ、洪武十八年召されてでゝ仕えぬ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
地勢はこのへんから急にたかまって、石にはばまれたり窪地で途切られたりする、曲りくねった小径こみちが一筋かすかに続いているばかり。漆のような闇の中から突然浮び出す白骨のような樺の朽木。
実際にそれが脱出を頑強にはばむ石の壁の如きものであり、且つ、当人に脱出の情熱があるとすれば、当然期待される行為は、その壁に頭をごつんごつん打ちつけることでなければなるまい。
まるで手籠めにでもなるのをはばむもののように床の中で次郎吉は、必死になって身悶えした。バタバタ手足を振り動かした。いつ迄もいつ迄も繰り返した。繰り返してはまた繰り返していた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
するとあたかも白鷺しらさぎの大群のような真白な軍隊が道をはばめて待っていた。見れば、姜叙、楊阜以下、すべて白い戦袍せんぽうに白い旗をかかげて
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はばまれれば阻まれるほど燃えたつのが男女恋情のつねならば、夜泣きの刀にひた向く相馬大膳亮のこころは、ちょうどそれだったといわねばなるまい。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
とにかく信長の方では三重にも柵を構え、それに依って武田の猛将勇士が突撃するのをはばみ、武田方のマゴマゴしている所を鉄砲で打ちすくめようと云うのである。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それでも、それがアクチニオ四十五世の一団いちだんであることを認めた。博士は急に元気づき、その方へ足を早めていった。博士は、間もなく高い壁に行方をはばまれた。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
はばめて打ち出し得ない。遂にしくしく泣き出す。阿難の泣くのを見て娘も悲しくなり袖を眼に当てる。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
罪業になやまされる自己を「かかるあさましき身」と観じ、その罪をにくみ、恥じ、苦しむ「心」のあるところには、もはや救いをはばむ何らの障礙しょうがいもないのである。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
主人次郎右衛門や奉公人たちの立ち騒ぐ中を、三輪の万七とお神楽の清吉が、得々としてお秀を縛って行くのを、どうしてもはばみようがなかったのです。その時後ろから
彼らはあらゆる努力をもって、ようやく山の中腹には達したが、凡庸な生活にはばめられて、もはやそれより上へは登ることができず、人知れぬ献身のうちにひそかに焦慮している。
けれどその、苦悩から生れた貴い勇気も、すぐはばむような悪いことがつづいた。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
老婦人はこれよりさき惨絶残尽さんぜつざんじんなる一じょうの光景を見たりし刹那せつな、心くじけ、気はばみて、おのがかつて光子を虐待ぎゃくたいせしことの非なるを知りぬ。なお且つ慙愧ざんき後悔して孝順なる新婦を愛恋の念起りしなり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
視る力はばまれず忘るゝことあらずば何ぞまた憶ひ出づべきことあらむ
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そして、その場で進行をはばんでしまうことは明らかだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それなのに東海岸への足をはばもうとするのは何であろう。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
町の入口で立ちはばめ、入れる入れない、といったような事から、乱暴が始まり、ついに、本ものの戦闘になってしまったものです
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この土手と柵とに拠って武田勢の進出をはばみ、鉄砲で打ちひしごうと云うのであるが、岐阜出陣の時、既に此の事あるを予期して、兵士に各々柵抜を持たしめたと云う。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
裏手には確かに三つの出入口があったが、いずれも重い小鉄扉が下りていて、侵入をはばんでいた。しかも錆ついていて、ここ何年かそれらの扉が開かれたことがないのを語っていた。
千早館の迷路 (新字新仮名) / 海野十三(著)
といふ観方で、ひてかの女をはばみもしなかつた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)