鄭重ていちょう)” の例文
という鄭重ていちょうな辞令に接した。しまったと思ったが、もう追っ着かない。親しい同僚はみんな同情して、その代表者が見舞いに来てくれた。
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
しかし、娘の問題は若い旅絵師に取ってすこぶる迷惑の筋であるらしかった。娘は自分の恩人という以上に澹山を鄭重ていちょうに取り扱った。
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
小当りに当ってみても温順の如く鄭重ていちょうに、或いは鄭重の如く温順に受流すばかりで、短気なところなど爪のさきほどもみつからなかった。
評釈勘忍記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
プールでは、なんと思ったか、たいへん鄭重ていちょうに二人の入来を感謝してくれた。それも一に藤三親分の偉力いりょくのせいであろうと思われた。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「どうぞ、小丸山こまるやまのほうへ、お住居すまいをお移しねがいたい」といって、国府こう代官所の役人たちが年景の使者として、鄭重ていちょうに迎えにきた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の無罪は明らかになったが、その証言が重大であるために、彼は最も鄭重ていちょうな扱いをうけて警察に宿泊することとなったのである。
この街道を通る参覲交代さんきんこうたいの大名はあまり数が多くはないが、それらの大名が通る時よりも、勤番支配の通る時の方が鄭重ていちょうでありました。
あしの長いおやじに似た秋彦は、また、鄭重ていちょうに頭を下げた。民さんと村さんは用件の話が済むと、したしい背後姿うしろすがたを見せてもどって行った。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
英国大使館はナリン太子を待遇するに鄭重ていちょうなる「囚人めしゅうど」の礼をもってしていたことを私はこの眼でハッキリと意識したのであった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
お礼とあって、大枚の金子きんすまでいただき、源三郎と萩乃様が帰って来るちょっと前に、父六兵衛の家へと、鄭重ていちょうに送りかえされた。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
相当重態の模様であるから、ここ暫く延期して戴くより仕方がないと云うことで、国嶋からも書面で鄭重ていちょうにその事情を述べて来た。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
同盟の引出物として御嶽冠者方では、山吹を鄭重ていちょうに花村方へ送り、花村方からは家臣の一人、玄斎坊主之助を御嶽冠者方へ送った。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私だからこそ、これに菓子を与え、おかゆを作り、荒い言葉一つかけるではなし、れものにさわるように鄭重ていちょうにもてなしてあげたのだ。
彼の結論は、いんぎん鄭重ていちょうにするよりは、無愛想で、威嚇いかく的であるほうが好成績だというのであった。なかなか面白い話だと思って読んだ。
庶民の食物 (新字新仮名) / 小泉信三(著)
そこにはそれ相当な因縁いんねん、すなわち先刻申上げた大村君の鄭重ていちょうなる御依頼とか、私の安受合とか、受合ったあとの義務心とか
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三月十四日に其家そこを出立することになりますと、朝から家内一同の者がどうか三帰五戒さんきごかいを授けてくれろと言うから鄭重ていちょうに授けてやりました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
まず前者について一言せんに、僕はこの言葉の起こりを知らぬが、外国人が見たら「あがった」というのでむしろ鄭重ていちょうな言葉と思うであろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
奥へ消えていったかと思うまもなく、再び姿をみせて手をつくと、言葉までが実に気味のわるいほどいんぎん鄭重ていちょうなのです。
ると、室内しつないには白衣びゃくいた五十さいおもわるる一人ひとり修験者しゅけんじゃらしい人物じんぶつて、鄭重ていちょうこしをかがめて私達わたくしたちむかえました。
気長に、鄭重ていちょうに、拙者が引き受けてやれば、ばん、生命に係わるようなことはない。しかし、薬は必ず油断なくませてくれ
現に邸内ていないにも祖先を祭った神社だけはあって、鄭重ていちょうな祭をしている。ところが、その祖先の神霊が存在していると、自分は信じているだろうか。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
で、言葉も時代に、鄭重ていちょうに、生真面目きまじめ応対あいしらい。小児等は気を取られて、この味噌摺坊主に、笑うことも忘れてうっかりでいる。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三井みついの絹店の店頭では、女たちが反物をひろげ、店員は「極度ののろさと真面目まじめさと鄭重ていちょうさ」とで、それに接している。
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その上、とがめられたのが好都合になって様々の好誼こうぎをうけ、行手の海の難処なども懇篤に教えさとされ、鄭重ていちょうなる見送りをうけて外洋そとうみへと漕出した。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ただ子供の死骸に取縋とりすがって泣入っている母親に鄭重ていちょうな悔みの言葉を残して、その場を立去りさえすればよいのでした。
赤い部屋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これであるから余りに鄭重ていちょうな供養を提出された時に、恵心が其の燦爛さんらんたる膳部に対して「かくては余りに見ぐるし」と云ったのも無理はないことで
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
外面うわべだけは可なり鄭重ていちょうに、直也を引いた。直也は、その口を一文字にきしめたまゝ、黙々として一言も発しなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
メレディス氏より鄭重ていちょうな手紙を戴く。光栄なり。「ビーチャムの生涯」は今なお南海に於ける我が愛読書の一つだ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
第二には、彼がすぐさま鄭重ていちょうなことばで、なんとか葬儀に参列しようと思いながら、その意を果たすことができなかったと、びを言ったからである。
ただ一発で大きな軍艦を轟沈して数百人の将卒を同時に殺すための水雷を毎日盛んに製造している側には、敵の負傷兵までも鄭重ていちょうに看護する計画をしている。
人道の正体 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
泣菫の語彙ごいを批評した鉄幹は、極めて鄭重ていちょうな言い廻しではあるが、極めて皮肉な語気を以て噂した(明星)。
詩語としての日本語 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
私も、それが何かしら重要な書類の集積に違いない事を察していたので、同じように鄭重ていちょうな態度で受取った。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
旅行者は上級の役所のいろいろな紹介状をもっていて、この土地ではたいへん鄭重ていちょうに迎えられたのだった。
流刑地で (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
一月の獄中生活でかれはすっかりやせて野良犬のらいぬのようにきたなくなり目ばかりが奇妙に光っていた、かれは非常に鄭重ていちょうな態度でたたみに頭をすりつけてないていた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
平生の知己に対して進退行蔵こうぞうを公明にする態度は間然かんぜんする処なく、我々後進は余り鄭重ていちょう過ぎる通告に痛み入ったが、近い社員の解職は一片の葉書の通告で済まし
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
鄭重ていちょうにしてくれるのに気がついたので、寿命のあらん限りは自分の仲間のうちにいようとはらをきめた。
八七 人の名は忘れたれど、遠野の町の豪家にて、主人大煩おおわずらいして命の境に臨みしころ、ある日ふと菩提寺ぼだいじに訪い来たれり。和尚おしょう鄭重ていちょうにあしらい茶などすすめたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その寺では、丁度檀家だんかに法事があるとやらで、御画像おえぞうというものを箱に入れ鄭重ていちょうな風呂敷包にして借りて行く男なぞを見かけた。一寸したことだが、古風に感じた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
せっかくだが御依頼通りになりかねるという彼の返事は、むしろ彼としては、鄭重ていちょうを極めていた。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこで、ある日のこと、病人は、この家の主人に鄭重ていちょうに礼をのべるとともに、左門の陰徳ある人柄を尊敬して、その職業をたずね、自分の身の上をもつぎのように語った。
晩食には酒の一本も振舞ってやったりして鄭重ていちょうに扱っていたが、湯崎へ来てから丁度五日目
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
饗礼きょうれい鄭重ていちょうにして謝すべきに似たれども、何分にも主人の身こそ気の毒なる有様なれば、賓主ひんしゅの礼儀において陽に発言せざるも、陰に冷笑して軽侮の念を生ずることならん。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
柏木かしわぎが宮にお持ちする愛情のこまやかでないのを知った時に、御息所は悲観したものであるが、ただ一人の妻として形式的には鄭重ていちょうをきわめたお取り扱いを故人がしたことで
源氏物語:39 夕霧一 (新字新仮名) / 紫式部(著)
其の頃はお武家を大切にしたもので、名主年寄始め役人を鄭重ていちょう待遇もてなし、御馳走などが沢山出ました。話のついでの皿塚の事をお聞きになりまして、山川廣やまかわひろしという方が感心なされて
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
二言目には奥様奥様と呼ばれるたびに、伸子は、体のどこかを、鄭重ていちょうに指の先で引っ張られるような、工合のわるい気がするのであった。祖母は上機嫌で、国技館の菊人形の噂をした。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そして、妙に妖怪めいた黄色っぽい光が、そこから床の調度類に降り注がれているのだった。法水はノックしなかったことを鄭重ていちょうに詫びてから、レヴェズと向き合わせの長椅子に腰を下した。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
と、伯母は、ただ一寸ちょっと雑巾ぞうきんで前を隠したまま、鄭重ていちょうなお辞儀をしたきり、少しも悪びれた様子を示さなかった。またこの伯母は、主人がたまに帰って来てもがみがみしかりつけてばかりいた。
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
かげでは「じじい」と言っていた砂馬が、慷堂の前では鄭重ていちょうな口をきいて
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
しかしこれは審理を鄭重ていちょうにしたものではなく、不法を二倍にしたにすぎない。第一に、ユダヤ人の裁判では、有罪の認定には二人もしくは三人の証人を必要とすることは明文の規定であります。
落着きのある重々しい声だが、頗る鄭重ていちょうな言葉つきで、こんど妻が到着したのを機会に公使館を引払つて、ここに寝泊りすることになつたことなどを小幡氏に話すと、また腕を組んで離れて行つた。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)