遺骸いがい)” の例文
五十余年の生涯しょうがいの中で、この吉左衛門らが記憶に残る大通行と言えば、尾張藩主の遺骸いがいがこの街道を通った時のことにとどめをさす。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二十八日の夜うしの刻に、抽斎は遂に絶息した。即ち二十九日午前二時である。年は五十四歳であった。遺骸いがい谷中やなか感応寺に葬られた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
啓坊は親兄弟と一緒に田中の家まで遺骸いがいに附いて行ったこと、妙子も附いて行って今帰って来たのであるが、啓坊はまだ後に残って
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
遺骸いがいになった人にせよもう一度見る機会は今この時以外にあるわけもないと夕霧は思うと、声も立てて泣かれてしまうのであった。
源氏物語:41 御法 (新字新仮名) / 紫式部(著)
遺骸いがいは有り合わせのうちでいちばんきれいなチョコレートのあき箱を選んでそれに収め、庭の奥のかえでの陰に埋めて形ばかりの墓石をのせた。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それから十九年の後パリの墓地に葬られたショパンの遺骸いがいに振りかけられ、墓碑銘ぼひめいに「彼はパリに葬られたれども、ポーランドの土に眠る」
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
そうして私は、父の遺骸いがいを始末してくれた、グレプニツキーに伴われて、いつ尽きるか果てしのない、苦悩と懐疑の旅にのぼっていったのです。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
当時とうじわたくしには、せめて一でも眼前がんぜん自分じぶん遺骸いがいなければ、なにやらゆめでもるような気持きもちで、あきらめがつかなくて仕方しかたがないのでした。
女が三四人次の間に黙って控えていた。遺骸いがいは白いぬので包んでその上に池辺君の平生ふだん着たらしい黒紋付くろもんつきが掛けてあった。顔も白いさらしで隠してあった。
三山居士 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二号艇へのりこんだ古谷局長は、一同をさしずして、艇内の血を洗ったり、僚友の遺骸いがいの一部分を片づけたりした。
幽霊船の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は少なくとも自然の経済を重んじて、注意深いおもんぱかりをもってその犠牲者を選び、死後はその遺骸いがいに敬意を表する。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
藁葬こうそうという悲しくも悲しき事を取行とりおこなわせ玉わんとて、なかの兄と二人してみずから遺骸いがいきて山麓さんろくに至りたまえるに、なわ絶えて又如何いかんともするあたわず
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
チャレンジャー教授は、カヌーに乗って、その支流の一つを遡航そこうした。そしてインディアンの部落で、丁度今息を引きとったばかりの白人の遺骸いがいにあう。
波瑠子の遺骸いがいはカフェに続いた海保ギャレージの一室に置かれ、その前の机の上に貧しい花が手向けてあった。
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
遺骸いがいのどこかに、必ずあかい小さな花が、幻のようにぽっかり咲いている。人間に根をおろして花を咲かす草。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
廊下には上草履うわぞうりの音がさびれ、台の物の遺骸いがいを今へやの外へ出しているところもある。はるかの三階からは甲走ッた声で、喜助どん喜助どんと床番を呼んでいる。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
天界橋てんがいばしより攻め入る大敵を引受け、さんざんに戦われましたのち、大将はじめ一騎のこらず討死うちじにせられたのでございますが、戦さ果てても御遺骸いがいを収める人もなく
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
順作は奇怪な秘密にいていろいろ考えたがどうしても判断がつかなかった。警察からはそののちも数回詮議に来たので、父親の遺骸いがいの火葬になっていることも判った。
藍瓶 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その日は大杉の遺骸いがいが帰るというので、留守番だけの大杉の家へ二度も三度も容子を聴きに行った。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
築地つきじ別院に遺骸いがいが安置され、お葬儀の前に、名残なごりをおしむものに、芳貌ほうぼうをおがむことを許された。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
夫人の遺骸いがいは、十畳間の中央に、裾模様すそもよう黒縮緬くろちりめん、紋附を逆さまに掛けられて、静に横たわって居た。譲吉は、おもむろに遺骸の傍に進んだ。そして両手を突いて頭を下げた。
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
主人の遺骸いがいを引取りの使として、お留守居建部喜八、用人糧谷かすや勘左衛門、小納戸田中貞四郎、中村清右衛門、磯貝十郎左衛門などの同僚たちは、もう鉄砲洲の藩邸を出て
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今度は旦那様の御遺骸いがいでございますが、これはまことにむごたらしいお姿で、なんでも頭の骨が砕かれたため、脳震盪のうしんとうとかを起こされたのが御死因で、もうひとつひどいことには
幽霊妻 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
遺骸いがいを棺に納めてから、私たちは二人きりでそれをその安置所へ運んで行った。
わたくしは、ただ父の遺骸いがいを埋め終ってから、逸作がわたくしの母の墓前に永い間ぬかづき合掌して何事かを語るが如く祈るが如くしつつあるのを見て胸が熱くなるのを感じたことを記す。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「この間、伺うのを忘れましたが、父の遺骸いがいは、どうなっているんでしょう?」
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
四人は洞穴を検査けんさして外へ出ると、フハンはまたもや狂気のごとく走った、それについて川をくだると、大きなぶなの木の下に、一たいの白骨があった。これこそ洞穴の主人の遺骸いがいであろう。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
むかしの偉大な人たちの遺骸いがいがここに集っていて、自分がそのなかにとりかこまれたような感じがするのだ。かつて彼らはその功績で歴史を満たし、その名声を世界にとどろかせたのだった。
別時代に登りしものか、これらはすこぶる趣味ある問題で、もし更に進んで何故なにゆえにこれらの品物を遺留し去りしか、別に遺留し去ったものでなく、風雨の変に逢うて死んだものとすれば遺骸いがい
越中劍岳先登記 (新字新仮名) / 柴崎芳太郎(著)
その深い愛情はオリヴィエの心にみ通り、彼が苦悶くもんのあまり危険な逆上に陥ることを防いだ。母親の遺骸いがいが休らってる寝台のそばで、小さなランプの光の下で、二人はたがいに抱き合っていた。
遺骸いがいにはさっぱりした羽二重はぶたえの紋附がせてありましたが、それはお兄様の遺物でした。納棺の時に、赤い美しい草花を沢山取って来て、白蝋はくろうのような顔の廻りを埋めたのが痛々しく見えました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
カチェリーナはすぐそれに対して、『為を思って言った』なんて嘘の皮だ、現につい昨日まだ故人の遺骸いがいがテーブルの上にのせてあるのに、家賃の催促で自分を苦しめたではないかと『やりこめ』た。
遺骸いがいとして始末するために人が髪を直した時に、さっと芳香が立った。それはなつかしい生きていた日のままのにおいであった。
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その中には岸本の旧い学友で、耶蘇やそ信徒で、二十一年ばかりも前に一緒に同じ学校を卒業した男の遺骸いがいが納めてあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼の遺骸いがいは彼の望みの如くウェストミンスターに葬られ、異邦人にして英国の栄誉のためにその名を刻まれたのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
あっちの部屋へ遺骸いがいをうつしてある。やっぱりだめだったよ。雪子さんにはあの薬が強すぎたと見える。あの薬を
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それで急いで袋を縦に切り開いて見ると、はたして袋の底にかすのようになった簔虫の遺骸いがいの片々が残っていた。
簔虫と蜘蛛 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かみさまはしばしかんがえていられたが、とうとうわたくしねがいをれて、あの諸磯もろいそ隠宅いんたくよこたわったままの、わたくし遺骸いがいをまざまざとせてくださいました。
天界橋てんがいばしより攻め入る大敵を引受け、さんざんに戦はれましたのち、大将はじめ一騎のこらず討死うちじにせられたのでございますが、戦さ果てても御遺骸いがいを収める人もなく
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
かみでは弥一右衛門の遺骸いがい霊屋おたまやのかたわらに葬ることを許したのであるから、跡目相続の上にもいて境界を立てずにおいて、殉死者一同と同じ扱いをしてよかったのである。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
廖鏞りょうよう廖銘りょうめいは孝孺の遺骸いがいを拾いて聚宝門外しゅうほうもんがいの山上に葬りしが、二人もまた収められて戮せられ、同じ門人林嘉猷りんかゆうは、かつて燕王父子の間に反間のはかりごとしたるもの、これ亦戮せられぬ。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
お宅からお持ちになったコラミンの注射も致して見ましたが、遺憾いかんながら蘇生なさいませんでした、くわしいことは只今院長が話されると存じますが、せめて赤ちゃんの御遺骸いがい
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
天蓋てんがいしょう篳篥ひちりき、女たちは白無垢しろむく、男は編笠をかぶって——清楚せいそな寝棺は一代の麗人か聖人の遺骸いがいをおさめたように、みずみずしい白絹におおわれ、白蓮の花が四方の角を飾って
植物の遺骸いがいがいつまでも腐敗することなく、唯年月の力によってのみ、いつの間にか徐々に炭化してゆくというようなことは、別に何ということでもないが、妙に私には心に残るのであった。
ツンドラへの旅 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
見せかけはいかにも悲しそうによそおう泣き男はひとりもおらず、そのかわりに、ほんとうにかなしみいたむ人がひとり、力弱く遺骸いがいのあとをよろめきながらついてきた。それは故人の老母だった。
偵察隊は、まず左門の遺骸いがいをほうむったぶなの木のほとりからだちょうの森に進んだ。フハンはうれしそうに先導せんどうしていたが、たちまち耳は張り、地に鼻をつけて、異常いじょうなにおいをかぎだした。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
「して、兄の遺骸いがいは、どこへ埋葬まいそうしたんですか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
シューベルトは三十八人の炬火持たいまつもちの一人として、棺側かんそくに従ってこの巨人の遺骸いがいを送ったが、その頃からシューベルトもまた健康がすぐれなかった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
遺骸いがいさえ見られませんとはなんたる悲しいことでしょう。毎日毎日拝見しても飽くことのないあなた様でした。
源氏物語:54 蜻蛉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それにほんとうは兄の遺骸いがいでも見つけて葬ってあげたいと思っていたので、ついに彦太のことばに従って、ひそかに二人で青髪山へのぼることに心をきめた。
雪魔 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)