さえ)” の例文
ちかける葉子は彼の体に寄って来た。別れのキスでもしようとするように。庸三はあわてて両手でそれをさえぎりながら身をひいた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼女をさえぎろうとするお延の出鼻をおさえつけるような熱した語気で、自分の云いたい事だけ云ってしまわなければ気がすまなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
家の内部はいめぐらした竹垣にさえぎられて見えない。高い屋根ばかりが、初夏の濃緑な南国の空をかぎっている。左手に海が光って見える。
屋上の狂人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その瞬間、彼は彼のところからは木の枝にさえぎられて見えない小径の上を二台の自転車が走って来て、そのロッジの前に停まるのを聞いた。
ルウベンスの偽画 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「ちょっとお待ち下さい」玄一郎は相手の言葉をさえぎった、「……お話を伺うまえにおひき合せ申したい者がございますから」
山だち問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あなたのお母様ばかりでなく、全世界の母親は自分の娘が戦争を誘発するような女流軍事飛行家になるのをさえぎるでしょう。
母と娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
予審判事は、原田老教授の言葉を中途でさえぎって、たしなめるように、それでいて、厳然たる命令的な語調で言った。
予審調書 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
博士は大隅の覚醒かくせいに、なんの愕きの色もあらわさなかった。そして躊躇ちゅうちょするところもなく、オメガ光線をさえぎってあるシャッターのぼたんに手をかけた。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
どうも変さな、何でも伏臥うつぶしになって居るらしいのだがな、眼にさえぎるものと云っては、唯掌大しょうだいの地面ばかり。
あなたに対するお手数料はまずそれだけにめておきまして、何はさておき、国友くにとも商会の願書を途中でさえぎって、一時も早く私の方のを官へ差し出すが上分別
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
始めは繋り合う木の葉にさえぎられているが、次第次第に烈しく落ちて、枝がぬれ、幹がぬれ、草がぬれ、自分らのまとっている糸径いとだてがぬれ、果ては衣服にもとおる。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
障子はいっぱいいているし、十兵衛の声は大きいのである。紅梅だの連翹れんぎょうだの、庭木はそこをさえぎっているが、又十郎の部屋からは、手に取るような一間ひとまだった。
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
俊乗がやがて堕落することは眼にみえて居りましたが、わたくしにはそれをさえぎる力がありません。
半七捕物帳:66 地蔵は踊る (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その時、向うの丘の上を、一ぴきの大きな白い鳥が、日をさえぎって飛びたちました。
此処ここから槍までは、主系の連峰を辿たどるのだ、即ち信・飛の国界、処々に石を積み重ねた測点、林木の目をさえぎるものはなく、見渡す限り、※※らいらたる岩石、晴天には槍がよく見えるから
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
幽かに天塩テシオの国の山々を見ることが出来た、西の方は礼文島レブンとうあざやかに見ることが出来て、その外にはいわゆる日本海で何にも眼にさえぎるものはなく、ただ時々雲の動くのを見るばかりである
利尻山とその植物 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
建込たてこんだ表通りの人家にさえぎられて、すぐ真向まむかいに立っているの高い本願寺の屋根さえ、何処どこにあるのか分らぬような静なこのへんの裏通には、正しい人たちの決して案内知らぬ横町よこちょうが幾筋もある。
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
鷲尾が云うと、相手はこけた頬骨ほおぼねとがらせてさえぎるように
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
さえぎるようにして邦夷は問いかえした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
お俊はあわててさえぎった。
童話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
神戸牧師はさえ切った。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
安之助はよく宗さんにも話して見ようと答えると、小六はたちまちそれをさえぎって、兄はとうてい相談になってくれる人じゃない。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
暑さをさえぎる大きな松のまばらにそびえ立っていた。幼い時の楽しい思い出話にまない葉子にとって、そこがどんなにか懐かしい場所であった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お笛がそこまで云うと、長吉はせせら笑ってなにか口を出そうとした、お笛はそれをさえぎるようにこう云った。
明暗嫁問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しかしその氷倉だという異様な恰好かっこうをした藁小屋にさえぎられて、その家らしいものの一部分すら見えないところを見ると、おそらく小さな掘立ほったて小屋かなんかにちがいなかった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
どうしてこれを、さえぎられよう。あッというますらありはしない。茫々ぼうぼうたるまきの平原を、東へ、ただ見る四騎、八頭の駒は、もう星の夜の彗星すいせいのごとく遠く小さくなっていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
青年が、何かを答えようとしたとき、女は突如いきなり彼をさえぎった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「仏名を唱えよ。そはさえられぬ光なればなり」
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そはさえぎられたる風の静なる顫動せんどう
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
梅子は何にも云わずに、額に八の字を寄せて、笑いながら手を振り振り、代助の言葉をさえぎった。そうして、向うからこう云った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
葉子は口笛を吹きながら、のそりのそりと砂浜を歩いていたが、ふと振り返ると、マッチをつけかねていた庸三に寄り添って、そでで風をさえぎった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
吉村の母はどう思ってかにわかにさえぎった。
日本婦道記:萱笠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
なお 琵琶を抱きて 半ばおもてさえぎる
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼らはさえぎる事なしに、その輝やきの説明を、彼女の言葉から聴こうとした。彼らの予期と同時に、その言葉はお秀の口をいて出た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
図書助が低い抑えたような声でさえぎった。
半之助祝言 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
窓はみっとも明け放ってあった。室が三階で前に目をさえぎるものがないから、空は近くに見えた。その中にきらめく星も遠慮なく光を増して来た。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ちょっと待てよ」と啓三がさえぎった
ばちあたり (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
僕はやがてちょっと町へ出て来るという口実いいまえもとに、午後の暑い日を洋傘こうもりさえぎりながら別荘の附近を順序なく徘徊はいかいした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ここまで来たお秀は急に後をした。二人のうちの一人が自分をさえぎりはしまいかと恐れでもするような様子を見せて。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
右手はむねさえぎられて、見えぬけれども、地勢から察すると、だらだらりに風呂場の方へ落ちているに相違ない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから一時間すると、大地を染める太陽が、さえぎるもののない蒼空あおぞらはばかりなくのぼった。御米はまだすやすや寝ていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
第三学年にもこの講義の稿を続くべかりしを種々の事情にさえぎられて果さず、すでに講述せる部分の意に満たぬ所、足らざる所を書き直さんとしてまた果さず
『文学論』序 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
今余が面前に娉婷ひょうていと現われたる姿には、一塵もこの俗埃ぞくあいの眼にさえぎるものを帯びておらぬ。常の人のまとえる衣装いしょうを脱ぎ捨てたるさまと云えばすでに人界にんがい堕在だざいする。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夜中郵便やちゅうゆうびんと書いて板塀いたべいに穴があいているところを見ると夜はしまりをするらしい。正面に芝生しばふ土饅頭どまんじゅうに盛り上げていちさえぎるみどりからかさと張る松をかたのごとく植える。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうしてとうていまた元の路へ引き返す勇気をたなかった。彼は前をながめた。前には堅固な扉がいつまでも展望をさえぎっていた。彼は門を通る人ではなかった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがて二人の影が高粱こうりょうさえぎられて、どっちへ向いて行くかちょっと分らなくなった。先刻さっきからそこいらを徘徊はいかいしていた背の高い支那人もまた高粱のうちに姿を隠した。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
細長い男は返事もせずに、帽子を脱いで、胸のあたりをあおいでいる。日頃ひごろからなるひさしさえぎられて、菜の花を染め出す春の強き日を受けぬ広きひたいだけは目立って蒼白あおしろい。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そりゃわたくしのことだから少しは道楽もしますが……」と云いかけた。父はすぐそれをさえぎった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
右よりし左よりして、行く人を両手にさえぎる杉の根は、土を穿うがち石を裂いて深く地磐に食い入るのみか、余る力に、ね返して暗き道を、二寸の高さに段々と横切っている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
是公は何か用事があったと見えて、国沢君と二人で停車場ステーションの構内を横切って妙な方角へ向いて歩いて行った。やがて二人の影は物にさえぎられて、汽車の窓から見えなくなった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)