誰彼たれかれ)” の例文
まだ発車には余程あいだがあるのに、もう場内は一杯の人で、雑然ごたごたと騒がしいので、父が又狼狽あわて出す。親しい友の誰彼たれかれも見送りに来て呉れた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一體いつたい誰彼たれかれといふうちに、さしいそいだたびなれば、註文ちうもんあはず、ことわか婦人をんななり。うつかりしたものもれられねば、ともさしてられもせぬ。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
天狗てんぐにでもさらわれるように思い、その壻殿が自分の内へ這入り込んで来るのを、この上もなく窮屈に思って、平生心安くする誰彼たれかれに相談したが
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
決して誰彼たれかれうらむわけではないが、……もし怨むとすれば時勢を怨むというよりほかにないが、……明治十年前後、僕が学校ざかりの時分には
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
関門屯所の柵門さくもんの前で、駕を降りた。すぐ、役宅へ入って、誰彼たれかれを招いて、夜半よなかの時間や、警衛のあわせだった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殊に少し酒がまわっていると、君僕の交際範囲が広くなる。そこで一旦いったん君僕で話をした人に、跡で改まった口上も使いにくい。とうとう誰彼たれかれとなく君僕で話す。
何時いつも若い友達と一緒になっていられる幸福のために、かえって、しにもの狂いであった誰彼たれかれなしの過去に、ひたと、おもてをこすりつけられたような思いだった。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
このことは当人宮川氏にも、また病院内の誰彼たれかれにも話してない秘密なんだから、そのつもりでいるように
脳の中の麗人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
自分の介抱かいほうを受けた妻や医者や看護婦や若い人達をありがたく思っている。世話をしてくれた朋友ほうゆうやら、見舞に来てくれた誰彼たれかれやらにはあつい感謝の念を抱いている。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
勿論もちろんなんこともなくうたがひだけでんだのだが、一おもはぬところかしてしまつた誰彼たれかれ、あまり寢覺ねざめがよかつたはずいが、なんでも物事ものごと先驅者せんくしや受難じゆなん一卷ひとまきとすれば
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
「まご/\して居ると、市ヶ谷の富藏親分が、誰彼たれかれの見境もなく縛つてしまひますよ」
その晩は近所の誰彼たれかれさそひあはせて五六人づれで出かけました。夜ふけのことでお湯はもうすき/″\してゐました。おばあさん達はゆつくりと身体からだをのばして湯槽ゆぶねにひたりました。
狐に化された話 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
今、私の愛児は、幼年紳士は、急斜面の弧状の、白い石の太鼓橋を欄干らんかんにつかまり遮二無二しゃにむにはい登ろうとしている。一行の誰彼たれかれ哄笑こうしょうして、やんややんやと背後うしろから押しあげている。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
町中まちじゅうなんとなく人の気が立っている。誰彼たれかれとなく家の中に落ち着いてはいられないので往来へ出ているらしく思われる。その雑沓ざっとうの間を、印の付いた服を着た唱歌会員が通っている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
彼は東京にある知人の誰彼たれかれが意見をもそれとなく聞いて見るために町を出歩いた。何も飛騨の山まで行かなくとも他に働く道はあろうと言って彼を引き止めようとしてくれる人もない。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ある処にて秋のはじめつかた毎夜村の若衆など打ち寄りて辻角力つじずもうを催すに、力自慢の誰彼たれかれ自ら集まりてかりそめながら大関関脇を気取りて威張いばりに威張りつつ面白き夜を篝火かがりびの側にふかしける。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
誰彼たれかれ容赦ようしゃはない、不義は同罪、娘から先へ斬る、観念しろ」
同志の中の誰彼たれかれの心弱さを憎みつつ
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
親戚うから誰彼たれかれ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
ただ、万綱はじめ、手下の誰彼たれかれ幾十人、一人として影を見せず、あとは通魔とおりまなりを鎮めて、日金颪のぎたるよう。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
好きは好きだったが、しかし友人の誰彼たれかれのように、今直ぐ其真似は仕度したくない。も少し先の事にしたい。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「かつてはその人の前にひざまずいたという記憶が、今度はその人の頭の上に足をせさせようとする」といった先生の言葉は、現代一般の誰彼たれかれについて用いられるべきで
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「まごまごしていると、市ヶ谷の富蔵親分が、誰彼たれかれの見境もなく縛ってしまいますよ」
一族の者はもとより村の誰彼たれかれへも、お通と又八との、かつての古証文は、きれいに破棄して、やがてお通の良人たる人は、武蔵でなくてはならないと、自分の口からいうほどに変っていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
喧騒けんそううちに時間が来て、誰彼たれかれとなくぽつぽつ席を立ち始めた。クレエムを食った femmeファム omineuseオミニョオズ もこの時棒立ちに立って、蝙蝠傘を体に添えるようにして持って、出てく。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
吾思う人の為めにとはしの上げ下しに云う誰彼たれかれならって、わがクララの為めにと云わぬ事はないが、その声の咽喉のどを出る時は、ふさがる声帯を無理に押し分ける様であった。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「あら苦し、堪難たへがたや、あれよ/\」と叫びたりしが、次第にものも謂はずなりて、夜も明方に到りては、ただ泣く声の聞えしのみ、されば家内の誰彼たれかれは藪の中とは心着こゝろづかで
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
手を貸したのは諸方に浮浪していた一族の誰彼たれかれ、南部家下屋敷の隣、昔数寄者すきしゃが建ててそのままになっていた庵を手に入れて、ここまで仕事を運んだのを平次に見破られたのです。
ポンと飛び降りてきたたわら同心、力をあわせてお十夜の側面へかかる。わっと、総立ちになったのは甲比丹かぴたんの三次をはじめ荷抜屋ぬきや誰彼たれかれ脇差わきざしひらめかす者、戸惑う者、かけこんで錆鎗さびやりっ取る者。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに非常に人懐こくて、門前を通掛りの、私のような犬好が、気紛れにチョッチョッと呼んでも、すぐともう尾をって飛んで行く。してうちへ来た人だと、誰彼たれかれ見界みさかいはない、皆に喜んで飛付く。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
かれ學友がくいう誰彼たれかれ萬遍まんべんなく安井やすゐ動靜どうせいいてた。しかだれるものはなかつた。たゞ一人ひとりが、昨夕ゆうべ四條しでう人込ひとごみなかで、安井やすゐによく浴衣ゆかたがけのをとこたとこたへたことがあつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
なにをしよう、かにをしようとふのが、金主きんしゆ誰彼たれかれ發案さうだんで、鳥屋とりやをすることになつた。
廓そだち (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)