かいこ)” の例文
旧字:
「惜しむらく、君は、英敏な資質をもちながら、良き主にめぐり会わなかったのだ。うじの中にいては、かいこまゆを作れず糸も吐けまい」
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
羊の御厄介になったり、かいこの御世話になったり、綿畠の御情おなさけさえ受けるに至っては贅沢ぜいたくは無能の結果だと断言しても好いくらいだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
甲斐絹の原料とすべきかいこはやはりその村で飼ふては居るがそれだけでは原料が不足なので、信州あたりから糸を買ひ入れて来るさうな。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
天井には長い棒からかいこの卵をつけた紙片が何百枚となくぶら下っていた(図94)。これ等はフランスに輸出するばかりになっている。
もしまた産衣が絹布であるなら、絹布の原料は絹糸であり、絹糸の基はかいこである。すなわち蚕を殺すことによって絹糸や絹布は造られる。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あれはかいこが糸をくりだすのと同じ理屈で桿が製造され、そして製造されるそばからああして押し出され、うちこまれていくのです
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それだ——桑を植えて、かいこを養って、絹を取れば、それは今のところ、割がいいかも知れないが、末に至って、どうなるものかわからない。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
形態的けいたいてきにははちの子やまたかいことも、それほどひどくちがって特別に先験的せんけんてきにくむべく、いやしむべき素質そしつ具備ぐびしているわけではないのである。
蛆の効用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
省作は田植え前かいこの盛りという故郷の夏をあとにして成東から汽車に乗る。土屋の方からは、おとよの父とおとよとが来る。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
つないでりをあたえて一すじの糸にして行くことで、かいこのはく糸の細いものを五つ七つと合わせて行くのとは、仕事がまるで反対になっている。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
開けて見ますと、思い掛けない、つけ根から切りはなしたかいこのようなふっくらとした白い小指が入っておりました。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
庭の畑に出ていた祖父も、裏側の自分達の部屋でかいこくわをやっていた祖母も、私の声をききつけて駆け出して来た。
やがて麦の根元ねもとばみ、菖蒲あやめつぼみは出で、かしの花は散り、にわやなぎの花は咲いた。かいこはすでに三眠さんみんを過ぎた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そして、鈍白にぶじろく半透明の、例えば上簇じょうぞくに近いかいこを思わせた。爪もまた桜色の真珠を延べたような美しさだった。
指と指環 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
反絵の指は垂下った両手の先で、頭をもたげる十疋じっぴきかいこのように動き出すと、彼の身体は胸毛に荒々しい呼吸を示しながら次第に卑弥呼の方へ傾いていった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
で、口を手つだわせて、手さきでしごいて、懐紙ふところがみを、かいこを引出すように数をふやすと、九つのあたまが揃って、黒い扉の鍵穴へ、手足がもじゃ、もじゃ、と動く。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
定めて情を籠め思いを述べた優艶の文字が、かいこの糸を吐くように縷々るる繋がっているのかと思いのほか、いっさいの文句が単にその五文字に尽きているのである。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
古釘のように曲った老人の首や、かいこのようにせぐくまっているどもり男の背中や、まどろんでいるおんなの胸倉や、蒼白い先達ソンダリの吊上った肩を、切傷のような月が薄淡く照らした。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
かいこを養うにも家人自からすると雇人に打任せるとは其生育に相違ありと言う。況んや自分の産みたる子供に於てをや。人任せの不可なるは言わずして明白なる可し。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
わたくしを見ても知らん顔をして横向きのまゝ、わたくしの足の先五六尺のところへさいかちの虫を投げ出したり、木枝についている蛾のかいこを投げたりいたします。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
四斗樽しとだるほどもある心臓模型、太い血管で血走ったフットボールほどの眼球模型、無数のかいこが這い廻っているような脳髄模型、等身大の蝋人形を韓竹割からたけわりにした内臓模型
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かいこぐるみという訳ではありませんけれど、チベットの内で出来た最も上等の羊毛布の法衣ほうえを着け、その食物は朝々にかゆのようにどろどろになったバタ茶を用うるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
またその婦女は、粉粧をこらして淫をひさぐ。田も作らねばかいこも飼わず、国司の支配をも受けず、少しの課役をも負担せぬという、至って気楽そうな生活をしていたとある。
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
千歳村でも戸毎にかいこは飼いながら、蚕室を有つ家は指を屈する程しか無い。板の間に薄べりいて、大きな欅の根株ねっこの火鉢が出て居る。十五六人も寄って居た。石山氏が
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ところが、十日余り過ぎると、気のせいか、どうやらそれがほんの少しながら大きく見えて来たように思われる。三月目みつきめの終りには、明らかにかいこほどの大きさに見えて来た。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「針と竿が出来ました。今度は糸の番です。」とお爺さんは言って、くりの木に住む栗虫から糸を取りました。丁度おかいこさまのように、その栗虫からも白い糸が取れるのです。
二人の兄弟 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それが、ここでかいこの種紙をまもっている番人の爺さんだった。柴をくべ、もって来た餅を焼いてたべる。「お爺さん、何か食べるものがあるかね」。「何もありましねえ」。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
贄川は後に山を負い前に川を控えたる寂びたる村なれど、家数もやや多くて、かいこの糸ひく車の音の路行く我らを送り迎えするなど、住まば住み心よかるべく思わるるところなり。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
第一の種類すなわち子を生んだままで少しも世話をせぬ動物はいかなるものがあるかというに、かえるの類、魚類、ちょうかいこのごとき昆虫をはじめほぼすべての下等動物がこれに属する。
生物学より見たる教育 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
第三句迄は序詞で、母の飼っているかいこまゆの中にこもるように、家に隠って外に出ない恋しい娘を見たいものだ、というので、この繭のことを云うのも日常生活の経験を持って来ている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
まだ十分恢復もしていないとみえて、かいこのような蒼白あおじろい顔にぼうッと病的な血色が差して、目もうるんでいた。庸三は素気そっけないふうもしかねていたが、葉子は四辻よつつじの広場の方を振り返って
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
するとその後から押しかかって来た第二の炭車トロッコが、先頭の炭車トロッコに押戻されて、くうを探るかいこのように頭を持上げたが、そのまま前後の炭車トロッコと一緒にユラユラと空中に浮き上って、低い天井と
斜坑 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それにまた蚕卵紙たねがみかいこに仕立てます故、丹精はなか/\容易なものでは有りませんが、此の程は大分だいぶ養蚕が盛で、田舎は賑やかでございます。養蚕を余り致しませんところ足利あしかゞの方でございます。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
母はだだびろい次のかいこくわきざみ刻み、二三度良平へ声をかけた。
百合 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「これがかいこやしろでございますか?」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
五月雨さみだれかいこわづらふ桑畑
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
かいこのごつある」
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
物理学者は分子の容積を計算してかいこの卵にも及ばぬ(長さ高さともに一ミリメターの)立方体に一千万を三乗した数が這入はいると断言した。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
シルクだな——かいこを飼って、糸をとって、その糸をまとめて売る、外国ではそれを独特の技術で精製してシルクにするのだ。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何しろその頃の旺盛な読書欲は、かいこが桑を食うような早さであった。本を買うのに、小遣いが間にあわないのである。
君なんの事でも、いちゃいかんよ。学問はなおさらの事だ。かいこが桑を食うのを見たまえ、食うだけ食ってしまえば上がらなけりゃならんじゃないか。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
かいこの当りを願掛けする信仰も、多分はこれから一転したものであろう。蚕はどういうわけでか馬と関係が深い。蚕の神様はいつも馬に乗っておられる。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
荒れたうまやのようになって、落葉にもれた、一帯、脇本陣わきほんじんとでも言いそうな旧家が、いつか世が成金とか言った時代の景気につれて、くわかいこも当たったであろう
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ある時大きなのがちょうど紅葉の葉を食っているところを見付けたが、頭をさしのべて高いところの葉を引き曲げかいこが桑を食うと同じようにして片はしから貪り食うていた。
小さな出来事 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
農家の戦争で最劇戦さいげきせんは六月である。六月初旬は、小学校も臨時農繁休のうはんきゅうをする。猫の手でも使いたい時だ。子供一人、ドウして中々馬鹿にはならぬ。初旬には最早もうかいこが上るのだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
にっくい貴様達夫婦が、こうしておかいこぐるみでぬくぬくと暮らしているに引かえ、この俺は朝鮮で目論もくろんだ山仕事も散々の失敗、女房と子供を抱えて、まるで乞食同然の身の上さ。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
隣にはかいこ仲買なかがいをする人が住んでいて、その時節になると、狭い座敷から台所、茶の間、入り口まで、白いまゆでいっぱいになって、朝から晩までごたごたと人が出はいりするのが例であるが
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
祖父母は屋敷内の畑を作り、小遣銭こづかいせん取りには少しばかりのかいこを飼って細々と暮しており、叔父はからだが弱い上に百姓が好きでないというので、主に呉服物や古着類の行商をして生計を立てていた。
「やめよ、爾の管玉は病めるかいこのように曇っている。」
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「ごめん、ごめん。わたしはもう大きなよくのない身だから、また裾野すそので、かいこの糸でものんきに引きたいよ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)