藁屋根わらやね)” の例文
うちの裏門を出て小川に沿うて少し行くと村はずれへ出る、そこから先生の家の高い松が近辺の藁屋根わらやねや植え込みの上にそびえて見える。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
パン、パンッ、と二つ三つ、弾音たまおとが宵の空にこだました。強右衛門は、藁屋根わらやねの下から脱兎のように駈け出すと、近くの桑畑へ駈けこんだ。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薄月うすづきや」「淋しさや」「音淋し」「藁屋根わらやねや」「静かさや」「苫舟とまぶねや」「帰るさや」「枯蘆かれあしや」など如何やうにもあるべきを
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
あまつさえ向うの藁屋根わらやねの下からは七面鳥のきごえさえのんびりと聞えていて、——まさかこんな田園風景のまっただ中に
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その音は二町ばかり西の方の大きな藁屋根わらやねの中に捕はれてゐる穂吉のところまで、ほんのかすかにでしたけれども聞えたのです。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
見渡す限り青葉で覆われた武蔵野で、その中にぽつんぽつんとうずくまっている藁屋根わらやねが何となく原始的な寂蓼せきりょうを忍ばせていた。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
たとひ軒端がくづれて、朽ち腐つた藁屋根わらやねにむつくりと青苔あをごけが生えて居るやうな破家あばらやなりとも、親から子に伝へ子から孫に伝へる自分の家を持つて居た。
火をつけるにいちばん都合のよいのは藁屋根わらやねの牛小屋であることは、もう家を出るときから考えていた。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
ほかからくれる十円近くの金は故里ふるさとの母に送らなければならない。故里ふるさとはもう落鮎おちあゆの時節である。ことによるとくずれかかった藁屋根わらやね初霜はつしもが降ったかも知れない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
細川越中守えっちゅうのかみ屋敷の少し先、雑司ヶ谷鬼子母神にいたる一廓いっかくに百姓風ながら高々と生垣をめぐらし、藁屋根わらやねひさしらした構え、これに玄関を取付け、長押なげしを打ったら
それから左手の小さく見える南九州特有の軒の浅い藁屋根わらやねがおし固まっている農村部落までは、白々とおそろしく退屈な顔をしている県道がよこたわっているきりであった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
踏切りの近くには、いずれも見すぼらしい藁屋根わらやねかわら屋根がごみごみと狭苦しく建てこんで、踏切り番が振るのであろう、唯一旒いちりゅうのうす白い旗がものうげに暮色をゆすっていた。
蜜柑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その砂原を荷を負うた驢馬ろばものうそうに通っている。山裾には木の間をすかして鮮人部落の低い藁屋根わらやねが、ちらほらと見える。かすみの中にぼかされた静かな村だ。南画に見るような景色である。
そこには藁屋根わらやね掘立小舎ほつたてごや三棟みむねあつた。岩崎組、平野組、山田組と三つに分つてゐたのであつた。私はそのとつ附きの平野組に入つて行つた。人夫達は皆仕事に出払つて一人もゐなかつた。
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
まどもやゝ黄昏たそがれて、村里むらざとかきかるくぱら/\とくれなゐはやしまぎれて、さま/″\のもののみどり黄色きいろに、藁屋根わらやねかばなるもあかくさかげしづむ、そこきりつやして、つゆもこぼさす、しもかず
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
柵外さくぐわいの道路を隔てた小川の縁の、竹藪たけやぶにかこまれた藁屋根わらやねでは間断なく水車が廻り、鋼鉄の機械鋸きかいのこが長い材木を切り裂く、ぎーん、ぎん/\、しゆツ/\、といふ恐ろしい、ひどく単調な音に
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
 田舎においては、すべての人人が先祖と共に生活してゐる。老人も、若者も、家婦も、子供も、すべての家族が同じ藁屋根わらやねの下に居て、祖先の煤黒すすぐろ位牌いはいを飾つた、古びた仏壇の前で臥起ねおきしてゐる。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
その音は二町ばかり西の方の大きな藁屋根わらやねの中にとらわれている穂吉の処まで、ほんのかすかにでしたけれども聞えたのです。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
その突きあたりに一軒の藁屋根わらやねの家が見え出し、そうしてその家の前の、ちょうど山かげになった道のほとりで
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
東寺の塔の下までも、所々の藁屋根わらやねや森を除く以外、右も畑、左も青田、いちめん露をおびた耕地であった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左右の岸には土筆つくしでも生えておりそうな。土堤どての上には柳が多く見える。まばらに、低い家がその間から藁屋根わらやねを出し。すすけた窓を出し。時によると白い家鴨あひるを出す。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
踏切ふみきりのちかくには、いづれもすぼらしい藁屋根わらやね瓦屋根かはらやねがごみごみと狹苦せまくるしくてこんで、踏切ふみきばんるのであらう、ただりうのうすしろはたものうげに暮色ぼしよくゆすつてゐた。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
雜司ヶ谷鬼子母神に至る一くわくに百姓風乍ら高々と生垣をめぐらし、藁屋根わらやねひさしを反らした構へ、これに玄關を取付け、長押なげしを打つたら、そのまゝ大名のお下屋敷と言つても恥しくないでせう。
片ッ方に竹籔たけやぶがあって、倒れかかった垣根の内側に、泥壁をき出した藁屋根わらやねの家のまえまでくると、鷲尾は二三度ゆきかえりした。入口には行商でもするらしいざる天秤てんびんなどがたてかけてあった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
いままで雨垂れのしていた藁屋根わらやねの隙間から、突然、日の光がいくすじも細長い線を引き出した。不意と娘は村の者らしくない色白な顔をその方へもたげた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
日本では、その年の正月に、尾張おわりの国熱田神領あつたしんりょうの——戸数わずか、五、六十戸しかない貧しい村の一軒で——藁屋根わらやねの下の藁のうえに奇異な赤ン坊が生れていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その垣には珊瑚樹さんごじゅの実が一面にっていて、葉越に隣の藁屋根わらやねが四半分ほど見えます。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この道、そこらの河、田畑、まろい山、麓の藁屋根わらやね、信長のひとみは、飽かず馬上から見まわしていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その藁屋根わらやねの古い寺の、木ぶかい墓地へゆく小径こみちのかたわらに、一体の小さな苔蒸こけむした石仏が、笹むらのなかに何かしおらしい姿で、ちらちらと木洩れ日に光って見えている。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
眼にる低い軒、近頃砂利じゃりを敷いたらしい狭い道路、貧しい電灯の影、かたむきかかった藁屋根わらやね、黄色いほろおろした一頭立いっとうだての馬車、——新とも旧とも片のつけられないこの一塊ひとかたまりの配合を
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そんな横町の一つに、その村で有名な二けんの花屋があった。二軒とも藁屋根わらやねの小さな家だったが、共に、その家の五六倍ぐらいはあるような、大きな立派な花畑に取り囲まれていた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
一膳めし屋から突然飛び出した赤い毛布けっとと、夕方の山からくだって来た小僧と落ち合って、夏のを後になり先になって、くずれそうな藁屋根わらやねの下でいっしょに寝た明日あくるひは、雲の中を半日かかって
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その飛んで来たらしい方を私たちがまぶしそうにり向いた途端とたん、数本の山毛欅ぶなを背にしながら、ほとんど垂直なほど急な勾配こうばい藁屋根わらやねをもった、窓もなんにもないような異様な小屋のかげ
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)