落葉松からまつ)” の例文
寮の前庭で中食の弁当をすましたかれは、すぐ大河をさそって、落葉松からまつの林をくぐり、湖面のちらちら見える空地あきちに腰をおろした。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
天井まで届くような大きな煖炉オーフェンの中で、白樺や落葉松からまつの太いまきが威勢よくはじけ、鉄架の上で珈琲沸パーコレーターがいつも白い湯気をふきあげている。
落葉松からまつの林中には蝉時雨せみしぐれが降り、道端には草藤くさふじ、ほたるぶくろ、ぎぼし、がんぴなどが咲き乱れ、草苺くさいちごやぐみに似た赤いものが実っている
浅間山麓より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
況して私どもの辿りついた十月なかばといふには無論のこと一人の客もなく、家には玄關からして一杯に落葉松からまつ松毬まつかさが積み込まれてあつた。
原生闊葉樹林帯を抜けると、馬車は植林落葉松からまつ帯の中を通り、開墾地帯に出ていった。道はようやく平坦へいたんになってきた。馬車は軽やかに走った。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
濡縁ぬれえんの外は落葉松からまつの垣だ。風雪の為に、垣も大分破損いたんだ。毎年聞える寂しい蛙の声が復た水車小屋の方からその障子のところへ伝わって来た。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その建物のまわりには、栃だの欅だの檜だの、羅漢柏るすびだの落葉松からまつだの高野槇こうやまきだのの、すぐれた木地が積み重ねられ、丘のような形をなしている。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おかはさして高くはないが、奇岩きがん乱石らんせき急勾配きゅうこうばい、いちめんにいしげっている落葉松からまつの中を、わずかに、石をたたんだ細道ほそみち稲妻形いなずまがたについている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山国の五月はやっと桜が咲く時分で裏山の松や落葉松からまつの間に、微白ほのじろいその花が見え、桑畑はまだ灰色に、田は雪が消えたままに柔かくくろずんでいた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
落葉松からまつの枯木をからんで、涼しくなる鈴の音は、おうきるさの白衣の菅笠や金剛杖に伴って、いかに富士登山を、絵巻物に仕立てることであろうか。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
ところどころに真っ黒なもみをまじえながら、葉のない落葉松からまつが無数に並び出しているのに、すでに私達は八ヶ岳の裾を通っていることに気がついたが
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
たかいひのきの葉や落葉松からまつの小枝に珠をつらね、渦巻き、ただよいつつ峠路の上まではいのぼっては流れて行く……。
峠の手毬唄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それに入口の板の間が広く、柱が大きくて、ありゃ国宝ものですよ。それに浅間の裾野一帯が落葉松からまつ林でしてね。や、翁草おきなぐさがずいぶん咲いていましたぜ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
落葉松からまつと樅とをわかず、はひ毛虫林もむなに、喫み竭し枯らさむときに、鵲はい群れて行きぬ。海渉りゆきぬ。
長塚節歌集:2 中 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
一枚の小鏡を置いたよう——落葉松からまつ、白樺、杉、柏、などの高山のみどりを縫って、ほのかな湯の香が立ち迷い、うえの尾根を行く人には、この沢壺さわつぼの湯は
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
藁鞋わらぐつはいてゆく里人を車窓より見まもりゆくうちに鉢伏はちぶせ山右手に現れ、桔梗ききょうが原に落葉松からまつ寒げに立っていた。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
此処ここは別山と劍山との中間地で黒部の上流へ落合う渓流が幅三米突メートルばかり、深さ六、七尺もありました、なおその地方は落葉松からまつ等の周囲一丈ばかりもある巨樹
越中劍岳先登記 (新字新仮名) / 柴崎芳太郎(著)
空氣の固く冷たい信濃の高原の落葉松からまつの林の向うに烟を吐く淺間は生きて居る。詩がある。私はまだ、山の彼方に幸ひの國があると夢見てゐた少年の日に登つた。
山を想ふ (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
落葉松からまつの林の上に浮雲があり、山頂の空には北斗七星があり、中の三星は雲に覆はれて黄金の燭を秘す。
修道院の月 (新字旧仮名) / 三木露風(著)
落葉松からまつ、モミ、ツガ等の下を潜り、五、六丁行き、左に曲がると水なき小谷、斑岩の大塊を踏み、フキ、ヨモギ、イタドリ、クマザサの茂れる中を押し分けて登る。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
みたまえ、あの浅間のスロープ、それから、あの、落葉松からまつやナラの芽吹きの色……日光は、たつぷりあるし……買物はちよつと不便だが、なに、そのうちに慣れるさ
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
が最後に、若い木と熊笹とが茂った急斜面を、がむしゃらに辷り降りて、大きな落葉松からまつの林に、まだ誰の足跡もついていない雪田を踏んで立った時には、うれしかった。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
数株の落葉松からまつの若木が、真に燃え立つような、強い明るいオレンジ色をして矗々ちくちくと立っている。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
落葉松からまつ林径はやしみちに出ているのであったけれど、雨はますます猛威をたくましくして、落葉松の梢は風に吹き折られそうに、アカシヤは気味わるいほど、葉裏をひるがえして
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
右手の落葉松からまつを植林した斜面を少し下り、下草の多そうな処へ寄り懸るように腰を据えて、藤島君は防水マントを被り、自分は木の幹や枝でばりばりに裂けた蝙蝠傘こうもりがさかざして
皇海山紀行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
五葉ごようの松でもあればこそ、落葉松からまつの実生など、余り佳いものでもないが、それを釣瓶なんどに植えて、しかもその小さな実生のどうなるのを何時いつ賞美しようというのであろう。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
窓のすぐ前には何年ごろにか純次やおせいと一本ずつ山から採ってきて植えた落葉松からまつが驚くほど育ち上がって立っていた。鉄鎖てつさのように黄葉したその葉が月の光でよく見えた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
藻岩山さうがんざん紫色しゝよくになつてえるだらうとおもひますの、いまころはね、そして落葉松からまつ黄色きいろくなつて、もうちかけてるときですわね。わたしあの、藻岩山さうがんざんに三のぼつたことがあるんですわ。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
町を行きつくして村境むらざかいに出た。昨夜トムと𤢖とが闘ったもみの林を過ぎると、みちは爪先上りにけわしくなって来た。落葉松からまつ山毛欅ぶな扁柏ひのきの大樹が日をさえぎって、山路やまみち漸次しだいに薄暗くなって来た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二、本島に於て枕木を伐出したるものは、元露國時代に於て、西海岸エストル川にて、落葉松からまつの枕木を製作し、義勇艦隊の船に積み込み、大連方面へ輸送したる形跡ある外、他に之を認めず。
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
私の家では落葉松からまつの高い幹に縛って置いた巣箱が三越製であった。主人も考えが足りなくて、屋根の板の薄いのを気にしなかったところ、二春まで続けて親子二代とも何かに喰われてしまった。
ただ思うさま吹きつくした南風が北にかわるさかいめに崖を駈けおりて水を汲んでくるほどのあいだそれまでのさわがしさにひきかえて落葉松からまつのしんを噛むきくいむしの音もきこえるばかりしずかな無風の状態がつづく。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
ほおけた尾花のつづいた大野には、北国めいた、黄葉した落葉松からまつが所々に腕だるそうにそびえて、その間をさまよう放牧の馬の群れはそぞろに我々の祖先の水草を追うて漂浪した昔をおもい出させる。
日光小品 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
グイ松は樺太の特にツンドラ地帯に特有な落葉松からまつであるが、この原野のものはどれも背丈せたけは一間か二間に満たないもので、眺めの邪魔になることはなかった。そしてどれも均整のとれた姿であった。
ツンドラへの旅 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
落葉松からまつの林を來れば その鍔に この日また 春の雪つむ
山果集 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
愁に沈む女よ、落葉松からまつよ、石垣いしがきくづれに寄りかかる抛物線はうぶつせん
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
落葉松からまつ下枝したえだは、もう褐色かっしょくに変っていたのです。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
落葉松からまつの葉のふりしきるとき陽の箭
天の狼 (新字旧仮名) / 富沢赤黄男(著)
ひさしく落葉松からまつの揺籃に眠り
冬枯の落葉松からまつに眺め入り
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
島にはつつじ、山吹やまぶき連翹れんぎょう糸桜いとざくら、春の万花まんげがらんまんと咲いて、一面なる矮生わいせい植物と落葉松からまつのあいだを色どっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無生野むしょうのというのは落葉松からまつの林で、そこには毒蛇が住んでいた。彼は何物をも恐れなかった。林の中へはいって行った。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
り立った断崖の上へ立って見おろすと、陰気な落葉松からまつの林にかこまれた真っ青な木戸池がすぐ眼の下に見える。
……ようやく中天に昇った早春の日を浴びて、落葉松からまつの芽ぶきだした枝から枝へうぐいすの鳴きわたる声が聞こえた。
花咲かぬリラ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
落葉松からまつの林の中を歩いていると、突然背後から馬の足音がしたりした。テニスコオトの附近は、毎日にぎやかで、まるで戸外舞踏会が催されているようだった。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
遠くの山、ツイ其處に見ゆる落葉松からまつの森、障子をあけて見て居ると、いかにも高原の此處に來てゐる氣持になる。私にとつて岩村田は七八年振りの地であつた。
みなかみ紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
ホテルの付近の山中で落葉松からまつや白樺の樹幹がおびただしく無残にへし折れている。あらしのせいかと思って聞いてみると、ことしの春の雪に折れたのだそうである。
軽井沢 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
友達も私も單衣一枚で、草鞋を穿き、落葉松からまつの杖をついた。友達は杖銃を肩にかけた。下男の孝治さんといふのが、今夜と翌朝の食料と毛布を一包にして背負つた。
山を想ふ (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
もみ落葉松からまつつがなどのように、深山に生ずる植物は、深山の風景に合わせて見なければ趣が少ない。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
次第に山のも輝いて、紅い雲が淡黄に変る頃は、夜前真黒であった落葉松からまつの林も見えて来た。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)