ひじ)” の例文
王は兄の傍へ寄って往って兄のひじに手をかけて泣いた。小役人は怒って鼎を縛っている縄を引っぱった。鼎はよろよろとして倒れた。
蘇生 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
車前草おおばこの間を蟻が右往左往しているのが眼の中に閃めきながら身体は右へ左へと転んだ。そのたびに彼はひじで縁板を弾ねて起上った。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
八弥は、畸形きけい爬虫類はちゅうるいのように、ひじ、膝、肩までを地にりつけたまま、眼だけを相手の筒口つつぐちに向けて、ジリジリと前へ迫り出した。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふところ手のまま立って、じっとお蓮さまを見おろしながら、退けっ! というこころ……懐中でひじを振れば、片袖がユサユサとゆれる。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ミスラ君は気の毒そうな眼つきをしながら、縁へ赤く花模様を織り出したテエブル掛の上にひじをついて、静にこう私をたしなめました。
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ひじへ一つ、頬へ一つ、ひるむところを、飛込んだ平次は、猛烈に体当りを一つくれると、浅井朝丸の身体は朽木くちきのごとく庭へ落ちます。
すると、さすが長蔵さんだけあって、むにゃむにゃをやめて、すぐ畳についた方の肩を、ひじの高さまで上げた。眼をぱちつかせている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はテーブルにひじづきし、手に頭をのせた。ザミョートフの事などきれいに忘れてしまったような風だった。沈黙はかなり長く続いた。
胡椒こしょうでもいだように鼻がつーんとする、ところを銀之丞がつけて入って得意の足がらみ、ひじでもってあごをぐわんと突き上げた
恋の伝七郎 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼女は片手で顔をささえ、——ひじは安楽椅子のクッションにのせていた——もう一方の手がゆるやかに腰をなでているのだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
姫たち声をあわせて笑うところへ、イイダ姫メエルハイムがひじに指さきかけてかえりしが、うちとけたりとおもうさまも見えず。
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
男性絶対尊重の女たちにまで、ひじ鉄砲をもらっては、それこそもはや、何処いずくの国へいっても顔向けの出来ない男性の汚辱を残す。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それから今、うっかり悪い事をしたと思って、後悔して、自分のひじに力を入れてからみ付いている女も、やはり跡に残る物の一部分である。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
よっぽど考えることがあったのだろう。小さい鏡を出して髪かたちを調ととのえると、また昨夜のようにトランクにひじをついて鼻をすすっていた。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)
川の向う岸に石を投げようとして、大きくモオションすると、すぐ隣に立っている佳人にひじが当って、佳人は、あいたた、と悲鳴を挙げる。
作家の像 (新字新仮名) / 太宰治(著)
シャルロッタ (手を引っこめながら)あなたに手をキスさせたら、次にはひじとおいでなさるでしょうよ、それから肩とね……
桜の園 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
カオルがかんをたてた声で、愛一郎に毒づいている。愛一郎は、車のボンネットにひじをつき、そっぽをむいたまま返事もしない。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
人のひじをついて、端然と掛けている少年の方を目配せしながら、「大変な人と連れ立って来たもんだな、どうして知り合いになったんだ?」
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そして寝床の上に半身をひじにささえて起き上がった。車で揺られたために腹部は痛みを増して声をあげたいほどうずいていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
帆村は机の上にひじをついて、広い額に手を当てた。私はもうすっかり帆村の悩んでいる事件の中に引き入れられてしまった。
獏鸚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
これにてからだを右に倒し、右の偏袒かたはだぬぎたる手を下手しもてに突つ張り、左の手を背後へ廻し、左の足を挙げて、小金吾の右のひじを留め
だがそんなはっきりしたわけなどと、やかましくひじを張ったものが、最初からあったかどうか、それさえ疑わしい。いかにもおかしなことだ。
ただあまりいたずらが過ぎたり、仕事をさせまいとしてひじを突っついたりされる時にだけ、彼は初めて口を開くのである。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
膝ッぷしひじもムキ出しになっている絆纏はんてんみたようなものを着て、極〻ごくごく小さな笠をかぶって、やや仰いでいる様子は何ともいえない無邪気なもので
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「あたいも書こう」と、吉弥が今度は筆を取り、僕の投げ出した足を尻に敷いて、ひじをつき、しきりに何か書き出した。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
ひじから手首まで鮎のように細く、生白いむずむずした臆病そうな艶を失ったせたいろで伸べられた。葉脈のようなうすあおいものがすいて見えた。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「おや、ひじをどうなすって? 怪我をなすっていらっしゃるじゃァありませんか」折江は目敏めざとく、良人おっとの肘の下が蚯蚓腫みみずばれになっているのを見付けた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
更科山さらしなやまの月見んとて、かしこにまかり登りけるに、おおいなるいわにかたかけて、ひじれ造りたる堂あり。観音を据えたてまつれり。鏡台とか云う外山とやまに向いて、)
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
胴丸の火鉢ひばちに両ひじをつき、火箸ひばしの頭に両方のてのひらを重ねたままの姿勢で、俯向うつむき加減にすわったきり、一日何をするのでもなくじっとしていたが、時々
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
肩やひじや、裸の膝頭ひざがしらをすり剥きながら、彼は無理やりにその隙を抜けだし、灌木の叢をきわけて、石壁の前に立ちどまった。あたりは静まり返っていた。
更に又、屍体の所々——両方のてのひら、肩、下顎部、ひじ等の露出個所には、無数の軽い擦過傷さっかしょうが痛々しく残り、タオル地の寝巻にも二、三のほころびが認められた。
デパートの絞刑吏 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
徐上等兵が四名の兵と帰って来た時には、孫軍曹は彼らしくもなく部屋の机にひじをのせて頭をかかえていた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
ことに美少年の上原などは、ナンシイじょうと仲が良く、いつもスタンドにひじつきあっては話を交していました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
と、館の奥の書院の間で、塗り机にひじをもたせかけ、以前まえかた偶然行ったことのある、金剛山の谷間たにあいの城門のような岩壁のことを、思い出していた桂子は云った。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
窃盗せっとうを捕えると、右のひじから切り落して追放などしたので、悪別当などというあだ名を貰ったこともある。
などというのを、古藤たちとおなじ年頃の高島はふりむきもせず、年長者のように、あぐらのひざにひじでささえた顔で、「フム」と、三吉の方だけみつめている。
白い道 (新字新仮名) / 徳永直(著)
それを聞くとジョンは溜息をもらし、彼の妻は両手を腰にあてひじを張った姿勢をつくって眼をみはった。
ツと、立ち上ろうとしたとき、ふところ手をしていた、お初の右手のひじが少しばかり動いて、はだけられた襟のあわいから、キラリと、黒く光るものがのぞいた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
寒いときには、その上にひじのすりきれたよれよれのオーバーを着た。オーバーは、ときにはまた、いつも着物のIやNが着物の上に羽織って出かけることもあった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
わたしはその環がカーテンの横棒の上を烈しくすべったのに気がついて、急いでひじで起き上がると、わたしの前に一人の女がまっすぐに立っているのを見たのです。
そのがかすかにひじの方に脈を引いている。それを見るとこの客は、帯刀のままに登楼した客である。この地の揚屋では帯刀のまま席に通ることは許されない。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
服装が変り、顔の白粉は消えたけれども、テーブルにひじを突いてさかずきめているのは、確かに怪賊だ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
不断は前屈まえかがみになっていますのに、弓を取ってひじを張った姿はしゃんとして、全く見違えるようです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
こんな事は彼等にって地上に落ちて居る物を拾い上げるよりも容易であった。次の一揺れに躯を接触させた彼は、ひじの先でポケットの中の紙入れをずり上げて居た。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
その左の腕はただひじから手首までだけが自由になっていた。手は非常な苦心をしてやっとかたわらの皿から口のところへ動かせるだけで、それ以上は動かせなかった。
落穴と振子 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
わたしの糜爛びらんした乳房や右のひじが、この連続する痛みが、痛みばかりが、今はわたしなのだろうか。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
と、朝野が台にひじをつき、その手にあごをやって、人を小馬鹿にするような恰好をしながら、言った。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
ひじで後ろの壁を力一杯つき飛ばすのであったし、鎖が一杯になって来ると、彼は、鎖の中に危うく身を構えて、それにはさまれぬように作業しなければならなかった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
其処は書物棚になっておりまして本箱や何かゞ数々ありましたから、粗忽をしましたとわたくしが締めようとして其処でつい足がすべりまして、書棚の書台へひじが当りますと
彼女は、咽喉のどの奥から笑いを転がし出して、含嗽うがいをした。そして急に、執事のような真面目な顔を作った。それから、この椿事ちんじを説明すべく、両方のひじを左右へ振った。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)