結綿ゆいわた)” の例文
父親の声に、丁寧に頭を下げたのは、結綿ゆいわたの髪に、桃色の手絡てがらをかけた、姉に似たキリョウよし、しかもなかなかのしっかり者らしかった。
髪を結綿ゆいわたというものにして、あか鹿の帯なぞをしめた若いさかりの娘の洗練された風俗も、こうした都会でなければ見られないものだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「へッ、へッ、どうも今日はまんがよかったよ、あか結綿ゆいわたで足を縛ったからすなんてものは、滅多に見られる代物しろものじゃねえ」
花簪や花櫛のみ細工、と云っても、現代人には通じ難いが、下町娘の結綿ゆいわた桃割ももわれなどの髪によく挿したそれの造花仕事を、一家中でやっていた。
大きなる潰島田つぶししまだに紫色の結綿ゆいわたかけ、まだ肩揚かたあげつけし浴衣ゆかた撫肩なぜかたほつそりとして小づくりなれば十四、五にも見えたり。
葡萄棚 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
水のたれる様な結綿ゆいわたの美少女が、何とも云えぬ嬌羞きょうしゅうを含んで、その老人の洋服のひざにしなだれかかっている、わば芝居の濡れ場に類する画面であった。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
どうしたんだろうと変に思ったけれど、言われるままに私が鏡台きょうだいの前に座ると、髪結さんは、紅いてがらをかけた結綿ゆいわたを崩して高島田たかしまだに結い上げたのです。
ト長火鉢のさしの向いに、結綿ゆいわた円髷まげが、ぽっと映って、火箸が、よろよろとして、鉄瓶がぽっかり大きい。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あの虹の中の「葉ちゃん」はハッキリは見えなかったけれど、どうやら結綿ゆいわたを結っていたようだ——。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
結綿ゆいわたに結った振袖ふりそでの娘の羽子板を持った立ち姿を製作すべく熱中していたが、妙子が夙川へ出向かない時は蘆屋の家へ押しかけて来て指導を受けたりしていたので
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
年は十九か、二十はたちにはまだなるまいと思われるが、それにしても思いきってはでな下町作りで、頭は結綿ゆいわたにモール細工の前揷まえざし、羽織はなしで友禅の腹合せ、着物は滝縞の糸織らしい。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
玉村の——お菓子屋の——お島ちゃんは面長な美女で、好んで黄八丈の着物に黒じゅすと鹿の子の帯をしめ、鹿の子や金紗きんしゃを、結綿ゆいわた島田の上にかけているので、白木屋お駒という仇名あだなだった。
やがて出来上ったお雪ちゃんのよそおいは、結綿ゆいわたの島田に、紫縮緬の曙染あけぼのぞめの大振袖という、目もさめるばかりの豪華版でありました。この姿で山駕籠やまかごに揺られて行くと、山駕籠が宝恵駕籠ほえかごに見えます。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
髪も結綿ゆいわたに取り上げられていた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その頃まではこの辺の風俗も若きは天神髷てんじんまげまたつぶしに結綿ゆいわたなぞかけ年増としまはおさふねおたらいなぞにゆふもあり
葡萄棚 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「おい露八、向うへ行く十八、九の結綿ゆいわたに結った娘のまげに射あてたら、今の十倍——五十両るが、あたるまいな」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私、目についているのは、結綿ゆいわた鹿の子のきれ、襟のかかったきもの前垂まえだれがけで、絵双紙屋の店に居た姿だ。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
十九世紀の古風なプリズム双眼鏡の玉の向う側には、全く私達の思いも及ばぬ別世界があって、そこに結綿ゆいわた色娘いろむすめと、古風な洋服の白髪男とが、奇怪な生活を営んでいる。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
背中の見えるまでグッと抜衣紋ぬきえもんにして、真白に塗ったくびにマガレットに結って、薔薇ばらかんざしを挿したり、結綿ゆいわた島田に結って、赤と水浅黄の鹿の子をねじりがけにしたりして、お酒をのんでいた。
舞台で見る信濃屋お半みたいな、結綿ゆいわた鹿の子帯の娘が、よく海軍士官やお客と暖簾の蔭でふざけていた。
お三輪は気軽にと立って、襟脚を白々と、結綿ゆいわたの赤い手絡てがらを障子のさんへ浮出したように窓をのぞいた。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この間に時勢の変ったことは、半玉のような此娘の着物の肩揚がとれ、桃割が結綿ゆいわたをかけた島田になった其変りかたとは、同じ見方を以て見るべきものではあるまい。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あ、あ、あ、あの池の向うの、おおきな松の幹を、結綿ゆいわたの娘と、折重おりかさなって、かすり単衣ひとえの少年が這っている。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
僧形そうぎょうの雲水、結綿ゆいわたの娘、ろうたけたる貴女、魔に似たる兇漢、遊女、博徒ばくと、不具者、覆面の武士、腕のない浪人、刺青ほりもののある百姓、虚無僧、乞食ものごい鮓箱すしばこをかついだ男、等、等
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
名代福山なだいふくやま蕎麦そば(中巻第一図)さては「菊蝶きくちょうの紋所花の露にふけり結綿ゆいわたのやはらかみ鬢付びんつけにたよる」瀬川せがわ白粉店おしろいみせ(中巻第八図)また「大港おおみなと渦巻うずまきさざれ石のいわおに遊ぶ亀蔵かめぞうせんべい」
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
用意が出来て、一旦ずり下りて、それから誘って、こう、はすおおきな幹ですから、私が先へ、順に上へったのですが、結綿ゆいわたの島田へ、べったりと男の足を継いだようで変です。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
髪は、たしか、結綿ゆいわたと覚えている。ぎれしぼり鹿の子は、少し寝くずれた首すじに、濃むらさきの襟が余りにも似合っていたし、早熟ませな十九の男には、眼に痛いほど、蠱惑こわくだった。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのなが六畳の、成りたけ暗そうな壁の処へ、紅入友染べにいりゆうぜんの薄いお太鼓を押着おッつけて、小さくなったが、顔のあかるい、眉の判然はっきりした、ふっくり結綿ゆいわた角絞つのしぼりで、柄も中形も大きいが
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
姉の手の甘露が沖を曇らして注いだのだった。そのまま海の底へお引取りになって、現に、姉上の宮殿に、今も十七で、くれないの珊瑚の中に、結綿ゆいわたの花を咲かせているのではないか。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
吹きつけてむ風で、さっあかつまからむように、私にすがったのが、結綿ゆいわたの、その娘です。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
沢山ある髪を結綿ゆいわたに結っていた、角絞つのしぼりの鹿の子のきれ浅葱あさぎと赤と二筋を花がけにしてこれが昼過ぎに出来たので、衣服きものは薄お納戸の棒縞ぼうじま糸織のあわせ、薄紫のすそ廻し、唐繻子とうじゅすの襟をかけ
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
娘が夕化粧の結綿ゆいわたで駆出して、是非、と云って腰を掛さして、そこは商売物です。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二竈ふたつべッつい大鍋おおなべの下をたきつけていた、あねさんかぶりの結綿ゆいわたの花嫁が返事をすると
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とか云って遊女おんなが、その帯で引張ひっぱるか、階子段はしごだんの下り口で、げる、引く、くるくる廻って、ぐいと胸で抱合った機掛きっかけに、頬辺ほっぺた押着おッつけて、大きな結綿ゆいわたの紫が垂れかかっているじゃないか。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
両側をきれいな細流が走って、背戸、まがき日向ひなたに、若木の藤が、結綿ゆいわたきれをうつむけたように優しく咲き、屋根に蔭つくる樹の下に、山吹が浅く水に笑う……家ごとに申合せたようである。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雲の形が葉をひろげて、うすく、すいすいと飛ぶ蛍は、瓜の筋に銀象嵌ぎんぞうがんをするのです。この瓜に、朝顔の白い花がぱっと咲いた……結綿ゆいわたを重そうに、娘も膝にたもとを折って、その上へ一顆ひとつのせました。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「中坂下からいらっしゃいます、紫鹿子かのこのふっさりした、結綿ゆいわたのお娘ご、召した黄八丈なぞ、それがようお似合いなさいます。それで、おはかまで、すぐお茶の水の学生さんなんでございますって。」
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
結綿ゆいわたのに片端かつがせて、皿小鉢、大皿まで、お悦が食卓を舁出かつぎだした。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その都度秘蔵娘のお桂さんの結綿ゆいわた島田に、緋鹿子ひがのこ匹田ひったしぼりきれ、色の白い細面ほそおもて、目にはりのある、眉の優しい、純下町風俗のを、山が育てた白百合の精のように、袖に包んでいたのは言うまでもない。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
俯向うつむけになったのは、形も崩れぬ美しい結綿ゆいわたの島田まげ
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
結綿ゆいわたの、御容子ごようすのいい。」
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)