異形いぎょう)” の例文
それを廻わって異形いぎょうの者ども踊っておりましたれば、息を殺して眺めおりますると、楠の木の幹おのずと割れ立ち出でましたるが鬼王丸。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
船が横網河岸へかゝったと思う時分に、忽ちとも異形いぎょうなろくろ首の変装人物が現れ、三味線に連れて滑稽極まる道化踊どうけおどりを始めました。
幇間 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その異形いぎょうの怪物はおどろく夫婦を退けて、風のように表のかたへ立ち去ってしまったので、かれらはいよいよおびやかされた。
すべすべとふくれてしかも出臍でべそというやつ南瓜かぼちゃへたほどな異形いぎょうな者を片手でいじくりながら幽霊ゆうれいの手つきで、片手を宙にぶらり。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今は秋陰あんとして、空に異形いぎょうの雲満ち、海はわが坐す岩の下まで満々とたたえて、そのすごきまでくろおもてを点破する一ぱんの影だに見えず。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
その異形いぎょうなる法然頭ほうねんあたまの中で何の世界のことを考え、その見えざる眼で、どれだけの色彩を味わい、これのみは異常に発達した聴管のうちに
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
兎も角も変装を済ませた私は、異形いぎょう風体ふうていを人力車のほろに隠して、午後八時という指定に間に合うように、秘密の集会場へと出かけました。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
伴れの七人はどうなったか、呼ぼうとして立ちあがると、ふいに向うの闇がうす明るくなって、おどろおどろと異形いぎょうのものの姿が現われた。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
正面には高さ四尺の金屏きんびょうに、三条さんじょう小鍛冶こかじが、異形いぎょうのものを相槌あいづちに、霊夢れいむかなう、御門みかど太刀たちちょうと打ち、丁と打っている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
太閤記を見ると、秀吉が朝鮮征伐のために、陣を進めた九州の旅先で、異形いぎょうの仮装をして、瓜売になったことが載っている。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
熊城も検事も悲壮に緊張していて、わなの奥にうずくまっているかもしれない、異形いぎょうな超人の姿を想像しては息をめた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
白い乾いた路上の土に、大の字なりふんぞりかえっている異形いぎょうの人物! パッサリと道土つちをなでる乱髪の下から、貧乏徳利の枕をのぞかせて……。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
洛中らくちゅうに一人の異形いぎょう沙門しゃもんが現れまして、とんと今までに聞いた事のない、摩利まりの教と申すものを説きひろめ始めました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が今、佐々木高氏が胸をそらして笑った朗らかな顔と、その異形いぎょうなる身粧みなりとには、俄に眼をぬぐわされたことでもある。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
河原かわらにずらりと並んでいる異形いぎょうの重傷者の眼が、傷ついていない人間を不思議そうに振りむいてながめた。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
昼間は金毛の兎が遊んでいるように見える谿たに向こうの枯萱山かれかややまが、夜になると黒ぐろとした畏怖いふに変わった。昼間気のつかなかった樹木が異形いぎょうな姿を空に現わした。
闇の絵巻 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
大小数百の瓶に納まっている外科参考の異類異形いぎょうな標本たちは、一様に漂白されて、お菓子のような感じに変ったまま、澄明なフォルマリン液の中に静まり返っている。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
これ、物蔭にうごめいているのは、何者じゃ? 姿を見せい! この界隈に、魑魅魍魎ちみもうりょうを住まわせぬことにしている、このじじいに、貴さまの、異形いぎょうをあらわすがよい。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
美しいゆゑに余計に醜い娘達の異形いぎょうが、追々宗右衛門の不思議な苦難の妄執となつて附纏つきまとつた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
そんなすさまじい異形いぎょうをそこでし出してでもいるかのように、二人には見えるのであった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
誰やら切腹すると、瞋恚しんいの焔とでも云うのか、いた腹から一団のとろ/\したあかい火の球が墨黒の空に長い/\尾を曳いて飛んで、ある所に往って鶏のくちばしをした異形いぎょうの人間にった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
鳥の面をした異形いぎょう鬼魅きみ外法頭げほうあたまとか、青女あおおんなとか、怪物あやしものが横行濶歩する天狗魔道界の全盛時代で、極端に冥罰や恠異を恐れたので、それやこそ、忠文の死霊の祟りだということになった。
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
吾々は、彼がここに生きているかどうか、またここに死んでいるかどうか、彼を埋葬したというあの赤毛の異形いぎょうな男が彼の死去と何等かの関係があるかどうかを知ろうとしてここへ参った訳です。
この月一日の夜に見ました夢で異形いぎょうの者からお告げを受けたのです。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
この土地に特有な沈堆性ちんたいせい丘陵メサが甚だしい侵蝕作用のために、一見塔か寺院のような異形いぎょうの姿をして立っている。それは支那の古書にある「太古の竜城の廃墟」の記事と一致するということである。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
恐ろしい異形いぎょうのものを呼んで、わたくしのそばへ8835
かたまってゆらめく炎の気配 ひしめく異形いぎょうの兄弟
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
この刹那に、市郎の眼に映った敵の姿は、すこぶ異形いぎょうのものであった。勿論もちろん、顔は判らぬが、はだ赭土色あかつちいろで手足はやや長く、爪も長くとがっていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
早や内へ入るものがあって、急に寂しくなったと思うと、一足おくれて、暗い坂から、——異形いぎょうなものが下りて来た。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いきなりゴリラを追って走り出した。見渡す限り人なき砂浜を、異形いぎょうのけだものと人間との死にもの狂いの競走だ。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
越後国上郷かみのごうの生れで、牛飼いの子だという。彼の十五、六歳のとき、狩猟かりか何かの出先から謙信が、その異形いぎょうを見て連れかえり、宇佐美駿河守の組へ
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうど、下に置いてあった屑屋のがんどう提灯ぢょうちんを、がんりきの百が手にとって、その異形いぎょうの者にさしつける途端
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何しろ折からの水がぬるんで、桜の花も流れようと云う加茂川へ、大太刀をいてかしこまった侍と、あの十文字の護符を捧げている異形いぎょうな沙門とが影を落して
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
夢と幻とを合わせたような、恍惚境こうこつきょうの只中に、彼女ははいっているのであった。そして彼女は、異形いぎょうの人から説教を聞いているのであった。異人は日本の人ではない。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
つまりこの一隊の異形いぎょうは、左膳の乾雲、栄三郎の坤竜にとって、ともに同じ脅威きょういであった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
……火焔かえんのなかを突切って、河原かわらまで逃げて来ると、そこには異形いぎょうの裸体の重傷者がずらりと並んでいる。彼はそのなかから変りはてた少女を見つける。それは兄の家の女中なのだ。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
ところが、蓋がもたげられて、円い光がサッと差し入れられた時——思わず三人は、慄然りつぜんとしたものを感じて、跳び退いた。見よその中には、異形いぎょうな骸骨が横たわっているではないか。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そういう異形いぎょうの一団が淡い月影を踏みながら、塀外の石高道を上の谷戸のほうへ踏み上って行くのを、道益は山邸の座敷の縁から見あげていたが、妻戸をたて切って褥にかえると、それなり
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
こんな気味の悪い部屋のなかに、と云うよりも、まるで野獣の洞窟どうくつのような中に、たった一人きりで、四方八方から異形いぎょうのものに取り囲まれているよりか、むしろ死んでしまいたいと少年は思う。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その異形いぎょうの腕をたかくさしのべ
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
とにかくに異形いぎょうの物であるので、漁師らも網を開いて放してやると、かれらは海の上をゆくこと数十歩にして、やがて浪の底に沈んでしまった。
「君、君、その異形いぎょうなのを空中へあらわすと、可哀相かわいそうに目を廻すよ。」と言いながら、一人が、下からまた差覗さしのぞいた。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昨晩のあのセント・エルモス・ファイアーに送られた異形いぎょうの人と同様の道に出でないということはありません。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
異形いぎょうな海草ばかりを集めた水槽であったから、ガラス窓一面、魔女の乱れ髪が逆立って、泥沼の様な陰影を作っている為、いくら電燈があっても、見通しが利かず
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
とおどりだしたのは、胴服どうふく膝行袴たっつけをはいた異形いぎょうな男——つづいて松明たいまつを口にくわえ、くさりにすがって三によじてきたのは、味方みかたと思いのほか、さるのような一少年。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おどろきあわてた仙之助の身体はそのまま草に投げ出されて、あとに続く人々の眼にうつったのは、仙之助のかわりにそこに立ちはだかっている異形いぎょうともいうべき乞食こじきの姿だった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
久しい前から紋兵衛の邸へ異形いぎょうの怪物が集まって来て、泣いたりおどしたり懇願こんがんしたり、果ては呪詛のろいの言葉を吐いたり、最後にはきっと声を揃え、「返してくだされ! 返してくだされ!」と
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その耶蘇もまた異形いぎょうなもので、首をやや左に傾けて、両手の指を逆にらせて上向きにねじり上げ、そろえた足尖つまさきを、さも苦痛をこらえているかのよう、内輪へ極度に反らせているところは……さらに
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
異形いぎょうをして蒸気の立ちのぼっている鍋のそばの たなの上に
鳥料理 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
この異形いぎょうのまえに自分を立たせ
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)