激昂げっこう)” の例文
カン蛙は、野鼠の激昂げっこうのあんまりひどいのに、しばらくはあきれていましたが、なるほど考えて見ると、それも無理はありませんでした。
蛙のゴム靴 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
膠着こうちゃくした微笑が消え、なにか、うつけたような茫漠ぼうばくとした表情になって、目を遠くの空へ放した。……激昂げっこうが、ぼくをおそった。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
それがある下司げす野郎から侮辱されてるのを見ると、彼は我を忘れて激昂げっこうした。もはや芸術上の問題ではなく、名誉の問題だった。
それも一度位の事ならば一時の激昂げっこうといふ事もあるからさう見て差支ないが二度三度に及びては一時の激昂と見る事は出来ん
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
右京亮の激昂げっこうにもかかわらず、討手を出し渋っていたのはそのためで、代二郎の申し出は、かれらにとってむしろ渡りに舟のようであった。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こう言って、正太は激昂げっこうした眼付をした。彼は、真面目まじめでいるのか、不真面目でいるのか、自分ながら解らないように思った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
島田はじっと健三の顔を見た。半ば探りを入れるような、半ば弱いものを脅かすようなその眼付は、単に相手の心を激昂げっこうさせるだけであった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ドミトリイ・フョードロヴィッチは、まるで激昂げっこうしたように座を立ったが、不意に彼は酔っ払ったようになった。彼の両眼は急に血走ってきた。
親子は次第に激昂げっこうして蒼白そうはくな顔色になって行ったが、好い塩梅あんばいに兄やウロンスキーの仲裁で、座が白けない程度にぷすぷすくすぶっただけで終った。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼はマリユスにその心持ちを了解してもらいたかったであろう。しかしマリユスは了解しなかった。そのことは老人を激昂げっこうさした。彼は言った。
見ると母親はさっきの激昂げっこうした様子は幾らか和らいで、越前屋の者に対しては笑顔えがおをしながら、それでもまだ愚痴っぽく
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
鬼を激昂げっこうさせる手段として、東京でも洗濯だけはいうが、こうなると、もう一つの演劇であって、しかも作者は土地の子どものほかにありえない。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ゆうべトラになった酔っぱらいが、洒落しゃれていえば、今日は龍となってうそぶくかのように、おもむきをかえて、激昂げっこうしているのだ。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そういう人であるから、自分の言ったことが、聞かれないと執念深く立腹する。今おとよの挨拶あいさつぶりが、不承知らしいので内心もう非常に激昂げっこうした。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
時雄は激昂げっこうした心と泥酔した身体とにはげしく漂わされて、四辺あたりに見ゆるものが皆な別の世界のもののように思われた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
次官は、この言葉にいよいよ激昂げっこうして、「わが下役に県の姓を名のる者はかつていたことがないわ。このうえいつわりをいうとは、ますます罪が大きいぞ」
しかし信夫恕軒しのぶじょけんのつくった伝を見るに「先生勝海舟ヲ訪ヒ大ニ時事ヲ論ズ慷慨こうがい激昂げっこう忌憚きたんスル所ナシ。」としてある。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私が激昂げっこうして、またいつかのように藤野先生に御注進申し上げ、そうして、藤野先生は愕然がくぜんとして矢島を呼び、彼を大いに叱咤しったして幹事の栄職を剥奪はくだつする
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「訊くな。訊くな。けがらわしい。わし達を侮辱している。わしばかりではない、お前までも侮辱しているのだ。」と、歯噛はがみをしないばかりに激昂げっこうしているのだった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
運八はいよいよ激昂げっこうし肩へ掛けた手へ力を入れた。と、その手がにわかに痲痺しびれ不意に老婆が顔を上げた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あとになって考えて見ても激昂げっこうきょく、目がくらんでしまって、何をしたのかハッキリは覚えていない。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
昨日まで朋輩ほうばい呼ばわりをしていたような諸卿の慰撫いぶが、激昂げっこうした彼らの耳にはいろうわけは無かった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
激昂げっこうの反動はいたく渠をして落胆せしめて、お通ははりもなく崩折くずおれつつ、といきをつきて、悲しげに
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あれほど恩遇を受けているお師匠様のお心をいためまつることだけでも容易ならぬ事である。私たちの心配、若い弟子衆でししゅう激昂げっこう、お寺の平和と威厳をそこのうています。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
鏡台から剃刀かみそりを取り出して、咽喉のどに突き立てようとしたほど、絶望的な感情が激昂げっこうしていたが、後で入り込んで来る情婦おんなのことが、頭脳あたまひらめいて、後へ気が惹かされた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
強迫である。自分はあまりのことだと制止せんとする時、水野、そんな軽石はこわくないが読まないと変に思うだろうから読む、自分で読むと、かれは激昂げっこうして突っ立った。
遺言 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
八五郎はカンカンに腹を立てて、さすがに後の文句が続かないほど激昂げっこうして居りました。
さて両親にもこの事情を語りて、その承諾を求めしに、非常に激昂げっこうせられて、人を以て厳しく談判せんなど言いののしられけるを、かかる不徳不義の者と知らざりしは全く妾の過ちなり
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
こう言って引き寄せた兵馬の言葉が、あまりに鋭かったから金助もやや激昂げっこうして
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
激昂げっこうした声は刻一刻に猛烈になった。人々は潮のごとく阪井に向かって突進した。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
私は感情の激昂げっこうに駆られて、思わず筆を岐路きろに入れたようでございます。
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が文三無念で残念で口惜しくて、堪え切れぬ憤怒の気がカッとばかりに激昂げっこうしたのをば無理無体に圧着おしつけた為めに、発しこじれて内攻して胸中に磅礴ほうはく鬱積する、胸板が張裂ける、はらわた断絶ちぎれる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
川島の妹婿たる佐々木照山も蒙古から帰りたての蛮骨稜々として北京に傲睨していた大元気から小説家二葉亭が学堂提調に任ぜられたと聞いていた激昂げっこうし、虎髯こぜん逆立さかだって川島公館に怒鳴り込んだ。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
と将校は激昂げっこうした。不敬大逆の思想だとも言った。慷堂はおだやかに
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
氏は物語の合間合間、自分の正しいことを力説したが、今から考えてみると、その無闇むやみ激昂げっこうや他に対する嫌味いやみなまでの罵倒ばとうも、皆自殺する前の悲しい叫びとして、私には充分理解できる気がする。
地図にない街 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
次は居留邦人きょりゅうほうじん激昂げっこうのお話。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は激昂げっこうのあまり、彼らの憎悪ぞうお心をなお誇張して考えていた。それらの凡庸ぼんような奴らがいだき得ない本気さをも、彼はそこに想像していた。
がそれはともかくとして、逃げたクラクズーの姿は再び見いだせなかった。ジャヴェルはそれについて驚いたというよりもむしろいっそう激昂げっこうした。
そして三日目か四日目——いよいよ最後に大賀の処刑をする日となると、激昂げっこうした民衆は、それを自分らの意志でやらなければもう承知しなかった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
田中の顔はにわかに変った。羞恥しゅうちの念と激昂げっこうの情と絶望のもだえとがその胸をいた。かれは言うところを知らなかった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
健三はその輪の上にはたりと立ちどまる事があった。彼の留る時は彼の激昂げっこうが静まる時に外ならなかった。細君はその輪の上でふと動かなくなる事があった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
父は、思いの外に、激昂げっこうして、瑠璃子をたしなめるように云った。が、瑠璃子は、ビクともしなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
自分の声が激昂げっこうの調子を帯びたこと、それがかなり子供っぽいものであることに気づいたらしい。だが登は、その調子にさそわれたように、眼をあげて去定を見た。
はれしがその時君の顔色ただならず声ふるひ耳遠く非常に激昂げっこうの様見えしかば余は君が旅のつかれと今日の激昂とのために熱病にでもかかりはせずやと憂ひたるほどなり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
うぬ、業畜生、」と激昂げっこうの余り三度目の声は皺嗄しわがれて、滅多打に振被ふりかぶった、小手の下へ、恐気おそれげもなく玉のかんばせ、夜風に乱るる洗髪の島田をと入れて、敵と身体からだの擦合うばかり
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どうかすると彼の調子はおさえることの出来ないほど激昂げっこうしたものと成って行った。それが戯曲的にすら聞えた。両手で顔を押えながら聞いていた豊世は、夫の口唇くちびるうるおしてやった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まず食物の好みの小豆飯あずきめし油揚あぶらあげから、次には手つき眼つきや横着なそぶりとなり、此方でも「こんちきしょう」などというまでに激昂げっこうするころは、本人もまた堂々と何山の稲荷いなりだと
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その激昂げっこうの相手に対し、「いや、わるかったよ、あやまるよ、お辞儀をします」
親友交歓 (新字新仮名) / 太宰治(著)
興奮——むしろ激昂げっこうした時の先生の頭脳あたまはいたましいほど調子が混乱していた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
婦人たちはみんなひどく激昂げっこうしていましたが何分相手が異教の論難者でしたので卑怯ひきょうに思われない為に誰も異議を述べませんでした。シカゴの技師ははんけちで叮寧ていねいに口をぬぐってから又云いました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)