涅槃ねはん)” の例文
聖教量しやうげうりやう、「スペクラチオン」)逍遙子はあに釋迦しやかと共に法華ほつけ涅槃ねはんの經を説いて、に非ず、空に非ず、亦有、亦空といはむとするか。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
離れて涅槃ねはんの道に引導すべければ是より我がいほりに參られよとて夫より上新田村の無量庵へ同伴どうはんなし懇切ねんごろに弔ひければ安五郎はあつく禮を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
涅槃ねはんの瀧といふのが何處かに有つたら知らぬこと、華嚴は高華偉麗の世界である、白牡丹花に蟻の這ひ上るのはまだしも許し得るとしても
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
この涅槃ねはんさとりへ達するには、どうしても、この智目と行足とが必要なのです。智慧の目と、実行の足、それは清涼池さとりへの唯一の道なのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
自分が解脱することはこのきずなを断ち切って彼女を夢より醒すことでもある。そして共に真実自由な涅槃ねはん海に落着けるのである。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この門前の椿岳旧棲きゅうせいの梵雲庵もまた劫火ごうかに亡び玄関の正面の梵字の円い額も左右の柱の「能発一念喜愛心」及び「不断煩悩得涅槃ねはん」の両れん
太子の念じたまえる「和」とは超政治的な「和」、究竟くっきょう涅槃ねはん」であったと思う。僕はこの一語に宿る深い夢を思いつづけた。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
思無邪おもいよこしまなしであり、浩然こうぜんの気であり、涅槃ねはんであり天国である。忙中に閑ある余裕の態度であり、死生の境に立って認識をあやまらない心持ちである。
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
こいつを、フッフッと吹きながら、すぺりと古道具屋の天窓あたまでるかと思うと、次へ飛んで、あの涅槃ねはんに入ったような、風除葛籠かざよけつづらをぐらぐらゆすぶる。
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さいなまん ただ苦業こそよけれ ただに涅槃ねはんをおもい 顔色を和らげ 善きことせん 無声もて 善きことせん
口業 (新字新仮名) / 竹内浩三(著)
佛陀が涅槃ねはんの同じ日に息を引き取つたさうだが、そんなにまでして往生の素願を遂げようとも、折角内から燃えて來る焔を自分で塞いでしまつたのでは
久米の仙人 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
例えば仏陀ぶつだの幽玄な哲学は、一切の価値を否定することに於て、逆に価値の最高のもの(涅槃ねはん)を主張している。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
涅槃ねはん主義者となり、福音ふくいん信者となり、仏教信者となり——その他自分でもよくはわからなかったが——喜んであらゆる罪悪を許し、とくに淫逸いんいつな罪悪を許し
二月十五日の涅槃ねはんの日に作る食物に、釈迦しゃかの頭だの、おしゃか様の鼻くそだのというのがあるのも解しかねるが、それよりもさらに縁がなさそうに思われるのは
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ショーペンハウエルの意志否定はかなり根元的の否定であるが、しかし彼の解脱——意志なき認識や涅槃ねはんなどにおいては、なお真実に自己を活かすことが出来ると思う。
自己の肯定と否定と (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
流転るてん、無常を差別相の形式と見、空無くうむ涅槃ねはんを平等相の原理とする仏教の世界観、悪縁にむかって諦めを説き、運命に対して静観を教える宗教的人生観が背景をなして
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
涅槃ねはん経に「善男子正法を護持せん者は五戒を受けず威儀を修せずして刀剣弓箭鉾槊きゅうせんぼうさくを持すべし」
最終戦争論 (新字新仮名) / 石原莞爾(著)
インド思想と共通な涅槃ねはんを説きながら、その基調においては悩しき青春の爛熟期の哲学である。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
形ある者は天命あり。三界の教主けうしゆさへ、耆婆きばが藥にも及ばずして跋提河ばつだいが涅槃ねはんに入り給ひき。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
涅槃ねはん大学校という誰でも無試験で入学できる学校の印度哲学科というところへ、栗栖按吉くりすあんきちという極度に漠然たる構えの生徒が、あたかも忍び込む煙のような朦朧もうろうさで這入はいってきた。
勉強記 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
仏家は曰く、「煩悩即菩提、生死即涅槃。」(煩悩ぼんのうはすなわち菩提ぼだい生死しょうじはすなわち涅槃ねはん
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
岸本はあの四本の柱でささえられた、四つのアーチのどの方面からも見られるカソリック風な御堂の中に、愛の涅槃ねはんのようにして置いてあった極く静かな二人の寝像を思出した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
第三は、梵語ぼんごで花酔境と訳される。そこは、遠くからみれば大乳海を呈し、はいれば、たちこめる花香のなかで生きながら涅槃ねはんに入るという、ラマ僧があこがれる理想郷ユートピアである。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
併し、此は無理かも知れない。短歌の天寿は早、涅槃ねはんをそこに控えて居る。私は又、此等の人々から、印象批評でもよい、どうぞ分解しないで、其まま聞かして貰いたいと思う。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
仏説ではこの変化を、諸行無常と申しまして、太極すなわち涅槃ねはんの境地でござりましょう
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
妾を撲るお前達の鞭こそ、涅槃ねはんに導く他力だとな! 妾はお前達に礼を云う。妾をべた松火たいまつの火こそ、真如へ導く導火だとな! おお人々よ慾を捨てよ! 慾こそは輪廻りんねを産む。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私を棄て慾を去り二元を越えた究竟の境地を「涅槃ねはん寂静」と呼び、これに帰る事が悲願となった。「茶美」は詮ずるに「寂の美」である。これをやさしく「貧の美」といってもよい。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「東方の人」はこの「衛生学」を大抵涅槃ねはんの上に立てようとした。老子は時々無何有むかいうの郷に仏陀ぶつだと挨拶をかはせてゐる。しかし我々は皮膚の色のやうにはつきりと東西をわかつてゐない。
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
最早もはや我望もこの上は小さくなり得ぬほどの極度にまで達したり。この次の時期は希望のゼロとなる時期なり。希望の零となる時期、釈迦しゃかはこれを涅槃ねはんといひ耶蘇ヤソはこれを救ひとやいふらん。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
心中を涅槃ねはんにくつつけたやうなところがあるが、生中なまなかさういふ小乗に行かなかつたところに、却つてかれの勇者たり智者たるところがあるのであつて、這個しやこ仏性ぶつせいありと言はずには居られない。
西鶴小論 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
さいごの息づかいらしいのが窺われたとき、ぼくたち兄妹は、ひとり余さず、母の周囲に顔をあつめて、涅槃ねはんの母に、からだじゅうの慟哭をしぼった。腸結核は、じつに苦しげなものである。
永劫えいごうはこれただ瞬時——涅槃ねはんはつねに掌握のうち、不朽は永遠の変化に存すという道教の考えが彼らのあらゆる考え方にしみ込んでいた。興味あるところはその過程にあって行為ではなかった。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
僧正は一代の高徳、今や涅槃ねはんの境に入って、た世塵の来り触るるを許さないのであるが、余りにうるさく勧められるので、遂に筆硯ひっけんを命じて一書を作り、これを衆弟子に授けて入寂にゅうじゃくした。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
闇の涅槃ねはんに、痛ましく惱まされたる優心やさごゝろ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
はし近く涅槃ねはんかけたる野寺かな 樹鳳じゅほう
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
涅槃ねはんがこの地上に実現したように
死の淵より (新字新仮名) / 高見順(著)
樂園涅槃ねはんの土のにほふところ
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
仏教の涅槃ねはんを想い起こす。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
しばし涅槃ねはんるごとく
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
涅槃ねはんという言葉が
捨吉 (旧字新仮名) / 三好十郎(著)
あの「いろは」歌でいえば、「あさきゆめみじ、ゑひもせず」という最後の一句は、「寂滅為楽じゃくめついらく」という「涅槃ねはんの世界」をいったものです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
不動のなかの動は、その涅槃ねはんへのかすかな誘いなのかもしれない。千三百年間、ついぞ安定を知らなかった現在まで、こうして佇立しているのである。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
弁持も洲崎に馴染なじみがあってね、洲崎の塩竈……松風空風からかぜ遊びという、菓子台一枚で、女人とともに涅槃ねはんろう。……その一枚とさえいう処を、台ばかり。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
タゴオルがしか涅槃ねはんの国へでも往つたら、早速訪ねて往つて、お釈迦様か阿弥陀様かに紹介状をしたゝめて貰ひ度いといふのは、かういふ日本人に一番多からう。
お釈迦様のともをさせるという処もあり、あるいはねこねずみ喧嘩けんかをして、涅槃ねはんの席に間に合わなかった故に、この二種の動物の形だけは作らぬといっている土地もある。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかもその地獄から解脱するには、寂滅為楽じゃくめついらく涅槃ねはんに入るより仕方がないのだ。南無阿弥陀仏なむあみだぶつ、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と、何遍唱えたところでピリヨードがない。
老年と人生 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
パリー人の魂はこの劇の中に反映していた。そしてこの劇は、追従ついしょう的な画面のように、彼らの萎靡いびした宿命観、化粧室の涅槃ねはん境、柔弱な憂鬱ゆううつ、などのすがたを映し出していた。
儒家の仁、浮屠氏ふとし涅槃ねはん、老、莊、カントが道も逍遙子が沒理想とおなじやうに世にあらはれたるを、鴎外が見たらましかば、その反難に逢ふことは沒理想におなじかるべし。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
もっと一般に言えば宇宙のエントロピーが次第に減少し、世界は平等から差別へ、涅槃ねはんから煩悩ぼんのうへとこの世は進展するのである。これは実に驚くべき大事件でなければならない。
映画の世界像 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
早く真如しんにょ涅槃ねはんの岸に至りて、最楽至安の地位に住する希望なれども、ひとたび生死海面に漂って波をあげたる上は、習慣性の規則によりて永くその動勢を保たんとするために
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)