服装なり)” の例文
旧字:服裝
彼はもとよりその人に出会う事を好まなかった。万一出会ってもその人が自分より立派な服装なりでもしていてくれればいと思っていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふみ「およしや、そこ開けて遣っておくれ……此方こっちだよ、此方へお這入りなさい……あらまア穢い服装なりでマア、またお出でなすったね」
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
郵便局長の奥さんの方がいい服装なりをしていたなどと言われたくないだけで、そんな物のために千ルーブリも棒に振ってしまうのだ。
姫は振り向いて見ると、橋の隅の欄干によりかかって、立派な服装なりをしていながら、白い顔をしてふるえているコスモが立っていた。
その中におつねさんという顔も美しくなければ三味線も達者に弾けない、服装なりも他に比べて大分見劣りのする芸子が一人混っていた。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
夫人は娘の帽子の下に覗いている巻毛にまず眼をつけ、それから服装なりを眼の一掃きで見て取った。夫人の顔には惨忍な好奇心がうねった。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこで彼のぼろも、誰にじろじろ高慢ちきな目で見られることもなく、誰のおもわくもはばからず、勝手な服装なりをして歩けたからである。
曾て帰省した時の服装を見ると、地方では奏任官には大丈夫踏める素晴しい服装なりで、なにしても金の時計をぶらげていたと云う。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
何ゆえにああ見すぼらしい服装なりをしているのだろう? そういう問題を彼は自ら提出しながら、解決ができず、いら立っていた。
そこで「幸福」は貧しい貧しい乞食こじきのような服装なりをしました。誰か聞いたら、自分は「幸福」だと言わずに「貧乏」だと言うつもりでした。
幸福 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何かと思って立ち止まると、そのミルク屋の中から、土工体の男が、立派な服装なりをした紳士の右の手を、縄で縛って連れ出してくるのです。
若杉裁判長 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
人の輪の中に突っ立って、大声にこれを唄うチョビ安兄哥あにい……ひさしぶりのチョビ安だが、その服装なりがまたたいへんなもので。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そして多くは、服装なりばかりは立派だが懐中は無一文で、漂然と村へ帰って来て、また何時しか遠くへ去ってしまうのだった。
土地 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
宝市のこの服装なりで、大阪中の人の見る前で、貴方あんたの手を引いて……なあ、見事丸官をて見しょう、と命をかけて思うたに。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
腰までしかない洗晒しの筒袖、同じ服装なりの子供等と共に裸足で歩く事は慣れたもので、頭髪かみの延びた時は父が手づから剃つて呉れるのであつた。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
何のためにわざわざ殿下の服装なりをしたのであろう? と、それは長い間の解けぬ不思議さであったが、今やっとそれにも終止符を打つ時がきた。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
亭主よりも四つ年上で、今年二十九になるが、商売あがりには珍らしい位にかいがいしい女で、服装なりにも振りにも構わずに朝から晩までよく働く。
半七捕物帳:13 弁天娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「これが資本だ、コンナ服装なりをしないと相手になってくれない」と常綺羅じょうきらで押出し、学校以来疎縁となった同窓の実業家連と盛んに交際し初めて
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
スマートな服装なりで、立派な自家用を自分で運転して時々ドラゴンへ来るんです。女給さん達は皆大騒ぎします、百合子を羨しがらない人はありません。
青い風呂敷包 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
「さにあらず。実はやな、わいも△△興業の落語の慰問隊たらに加わって、南方へ行くことになってん。南は暑いときいたさかい、今からこの服装なりや。」
わが町 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
そこで伺いますが、この聖餐祭に集まっていられる、あの昔ふうの服装なりをしている方がたはどなたでございます
魔法使いのような、きたない服装なりの無愛想なお婆さんが出てきて電灯をひねったので、はじめてみんな、がやがやと卓子テーブルに就くことが出来たくらいである。
ヘエ、服装なりですか、服装なりはもちろん襟掛けのあわせで、梅に小紋の大柄おおがらを着、小柳繻子こやなぎじゅすを千鳥に結んでおりました。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其の時、やっと、気が付いたことは、これこそ例の怪人の一人が死刑囚を殺し、其の皮を剥ぎ、服装なりも一緒にこれを怪人がちゃくしているのだという事が判った。
科学時潮 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
その生徒は、約束の時間に普通の紳士の服装なりをして、課業中の人の居ない廊下に這入った。帽子を探すふりをして、右から何番目かの茶の中折れに文を入れた。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
以上のとおり読み終ると、法水のりみず麟太郎りんたろうは眼前の里虹を見た。彼は今日、めずらしく渋い服装なりをしている。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
この服装なりでマカラム街の珈琲コーヒー店キャフェ・バンダラウェラの前などへ椅子を進めると、同じタミル族のくせにすっかり英吉利イギリス旦那に荒らされ切っている女給どもが
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「此間おいでになりましたよ。立派な服装なりをして来ましたが、あれじゃ迚も物になるまいと思いました」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
例えば会社へ出勤して来る服装なりにしろ、みんなは銘仙程度だのに、千鶴子の羽織はいつも縮緬だ。
舗道 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
芬々ぷんぷんと香水のにほひがして、金剛石ダイアモンドの金の指環を穿めて、殿様然たる服装なりをして、いに違無ちがひないさ」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
服装なりもチャント、準備ととのったのである。夫は不思議にたえない。で、ある晩に彼女にたずねた。
頸飾り (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
時々汚ない服装なりの、ひとのおかみさんとも見える若い女が訪ねて来ることがあつたが、それが近所の安淫売やすいんばいだつたと云ふことが、後になつて無口の女中かららされてゐた。
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
見ると立派な服装なりをしていた。女は恐ろしそうに新三郎の顔を見たままで何も云わなかった。
八人みさきの話 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
まもなくやってきたのは、けだかい服装なりをした美しい女です。びんぼうにんが用事をたのんでみると、そういう御用ならやってあげましょうと、はっきりうけあってくれました。
装飾電燈イルミネーションをつけた五階建、六階建の宏荘な旅館ホテルが、整然として大通りのペーブメントに沿ってすっくりと立並んでいる。美しい服装なりをした婦人達の姿がチラ/\と見えていた。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
夫人はここへ着いた日の服装なりをしていた。——浮彫めいたビロオドの唐草模様のついた、黒っぽい重たそうな胸衣で、それが首と手とを、この世ならずなよやかに見せている。
トリスタン (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
かしの実が一つぽとりと落ちた。其かすかな響が消えぬうちに、と入って縁先に立った者がある。小鼻こばな疵痕きずあとの白く光った三十未満の男。駒下駄に縞物しまものずくめの小商人こあきんどと云う服装なり
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
比ぶればいくらか服装なりはまさっているが、似たり寄ったり、なぜ二人とも洋服を着ているか、むしろ安物でもよいから小ザッぱりした和服のほうがよさそうに思われるけれども
号外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私は柳屋の娘というと黄縞きじま黒襟くろえりで赤い帯を年が年中していたように印象されている。弟のせいちゃんは私が一番の仲よしで町ッ子の群れのうちでは小ざっぱりした服装なりをしていた。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
ナニ此奴こやつら、服装なりこそうるわしけれ、金持ちでこそあれ、たかの知れたもののみである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
服装なりこそちゃんといい服装をしているんだが、不良少女なんて図々しいもんだな。
少女 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
そのあたりを見れば兵隊が色々な服装なりをして鉄砲をかついで威張いばって居るから、しも福澤とう正体が現われては、たった一発と、安い気はしないが、ここが大事と思いわざと平気な顔をして
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
この事はただちに人々の話題となり、彼女がせいの高い立派な服装なりをした色の浅黒い男と一緒に歩いているのを見たというものがあって、眼尻の下った連中に岡焼おかやき半分に噂されたものである。
「まず、そのへんのところだ。……娘の服装なりで青坊主では足がつくから、尼に見せかけようというので、あんな木蘭色の衣を着せて投げ込んだ。……よほど狼狽てたと見えて衣が左前……」
顎十郎捕物帳:03 都鳥 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「この服装なりで写真を撮っとくといいんだがなあきくのさん」と叔母が言うと
「覚えてないのか? どんな風貌かおかたちの男か? どんな服装なりをしていたか?」
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
彼女は二三時間前までのセエラとは似ても似つかぬ服装なりをしていました。
この家の者は皆きちんとした服装なりをしているのに、この子だけはほとんど裸体である。色が気味悪く白く、絶えず舌を出して赤ん坊の様にベロベロ音を立て、よだれを垂れ、意味も無く手を振り足をる。
わたくしはじめておにかかったときのお服装なりは、上衣うわぎしろ薄物うすもので、それに幾枚いくまいかの色物いろもの下着したぎかさね、おびまえむすんでダラリとれ、そのほか幾条いくすじかの、ひらひらしたながいものをきつけてられました。
据えての空笑ひ『ホホホホホ、どなたかと思ひましたら助三さんでござんしたか。全くお服装なりが替はつてゐるので、つい御見違ひ申してのこの失礼、お気に障えて下さりますな。御用があらば、どこでなり、承る事に致しませう。連れのお方に断る間、ちよつと待つて下されませ』
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)