憂鬱ゆううつ)” の例文
言いようのない憂鬱ゆううつが、しばしば絶望のどん底から感じられた。しかも狂犬のように執念深く、自分はこの問題にじりついていた。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
これでは今日も、日本空軍にっぽんくうぐんのはげしい爆撃があるだろうと思って憂鬱ゆううつになったとたんに、ぷーっという空襲警報くうしゅうけいほうのサイレンであった。
もつとも、負けてもじつはおごつていたゞく方がおほかつたがどういふのかこの師弟してい勝負せうふはとかくだれちで、仕舞しまひにはれうとも憂鬱ゆううつになつて
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
クリストフは、彼女が控え目な口をきいてるにもかかわらず、彼女の快活さと活発さとの下に隠されてる、底深い憂鬱ゆううつを見てとった。
長い懊悩おうのうも、憂鬱ゆううつも、忍耐も、寂しい寂しい異郷のひとり旅も、すべては皆この一つを感知するために有ったかのように思われて来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
急に憂鬱ゆううつになった彼の目の前には、頭髪かみの毛の数多たくさんある頭を心持ち左へかしげる癖のあるわかい女の顔がちらとしたように思われた。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ところが、あわただしい旅の仕度が整うにつれ、かの女は、むす子の落着いた姿と見較みくらべて憂鬱ゆううつになり出した。とうとうかの女はいい出した。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
たとえばこの胸の冬の空にたまたま過ぎてゆくこれらの暖い雲の影は常に憂鬱ゆううつな私をしておぼえず寂しくほほえませることがある。
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
月日つきひがたつにつれて、ガラスのびんはしぜんによごれ、また、ちりがかかったりしました。あめチョコは、憂鬱ゆううつおくったのであります。
飴チョコの天使 (新字新仮名) / 小川未明(著)
大黒様のついた黄色い財布さいふは次第に銭でふくれて行ったが、彼は次第に先刻からの気分を失いはじめて、だんだん憂鬱ゆううつになっていた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
洗練せんれんされた近代フランス人の「憂鬱ゆううつな朗らかさ」が、大気のように軽く、にじのように鮮麗に、そして夢のように果敢はかなく動くのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
そして彼は突然憂鬱ゆううつに襲われた。あたかもピストルの心を動かそうとしてるかのような非難の様子で、ピストルをじっとながめた。
ここには妻の一日の憂鬱ゆううつがすっかり立籠たちこもっている。妻もまたこの二三年を病の床で暮し、来る日来る日をさびしく見送っているのだった。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
くちびるの色が著しくあかく見えた事、長い髪を手でなで上げるかたちがこの人の印象をいっそう憂鬱ゆううつにした事などが目に浮かんで来る。
備忘録 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
十畳ばかりのその部屋には、彼のわびしい部屋とは似ても似つかぬ、何か憂鬱ゆううつなまめかしさの雰囲気ふんいきがそこはかとなくただよっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あってよいわけのものでもないとお思いになることで、御自身の運命がお悲しまれになり、憂鬱ゆううつにされておいでになったが、夕方にまた
源氏物語:39 夕霧一 (新字新仮名) / 紫式部(著)
安二郎を見る眼つきが変った。安二郎の背中で拳骨を振りまわした。憂鬱ゆううつにもなった。母は毎晩安二郎の肩をいそいそとんだ。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
升屋の老人の推測は、お政の天性うまれつき憂鬱ゆううつである上に病身でとかく健康すぐれず、それが為に気がふれたに違いないということである。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
花聟は、憂鬱ゆううつらしい。初めから気のない縁談だった。叔父が、いい気持で、でッち上げた今夜なのである。目出度いのは、いったい誰だ?
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしそれを見終わった僕はきっと憂鬱ゆううつに襲われます。僕にもし信仰が与えられていなかったら、僕は今どうなっていたかを知りません。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しかし、浪路の、その憂鬱ゆううつの胸に、突然パアッと、赤い火が点ぜられた。老女の一人が、妙に浮き浮きした調子ではいって来て
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
すっかり人間嫌いミザンスロピーになっていて、いま熱中したかと思うとたちまち憂鬱ゆううつになるといった片意地な気分に陥りがちだ、ということがわかった。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
憂鬱ゆううつでなしに力を、精神の頽廃たいはいでなしに緊張を、たえず摂取していったのは、彼の強烈な生命の力のゆえにほかならなかった。
けれども、それに連れて、ヒドイ神経衰弱式の憂鬱ゆううつが、眼の前に薄暗くおおいかぶさって来るのを、ドウする事も出来なかった。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そうした性格が内の面にこもっている憂鬱ゆううつや、悲しみなぞといった心の動きを、あまり表面へ現さなかったものではないかと思われました。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その場かぎりの会話をしたあとの憂鬱ゆううつが、心にまといつき、わけもなく飲んだ白葡萄酒の酔が頭に残って、ときどき、ふっと夢心地になる。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それが元旦がんたんの夕方ちかくなると、ああ、もう日が暮れるのにと、どうしていいかわからない物足りなさが憂鬱ゆううつをもってくる。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しかしその電燈の光に照らされた夕刊の紙面を見渡しても、やはり私の憂鬱ゆううつを慰むべく、世間は余りに平凡な出来事ばかりで持ち切っていた。
蜜柑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
このアンテナは信頼できる。一国の憂鬱ゆううつ、危機、すぐにこのアンテナは、ぴりりと感ずる。理窟りくつは無いんだ。勘だけなんだ。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
鉄管工場の人たちが観察しているように吉本が憂鬱ゆううつになったのは、永峯が彼らを裏切って行方をくらましたからではなかった。
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ちょいとねたり、お小使いがなくてすこしばかり憂鬱ゆううつになることはあっても、こんにちかぎり僕は君とわかれる、とか
職業婦人気質 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
頭蓋骨に亀裂がはいって爾来じらい二ヶ年水薬を飲みつづけたが、当座は廃人になるんじゃないかと悩みつづけて憂鬱ゆううつであった。
ひとり造化は富める者にわたくしせず、我家をめぐる百歩ばかりの庭園は雑草雑木四時芳芬ほうふんを吐いて不幸なる貧児を憂鬱ゆううつより救はんとす。花は何々ぞ。
わが幼時の美感 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
色は憂鬱ゆううつな白さで、と云って不健康な感じではなく、身体からだ鯨骨くじらぼねの様にしなやかで弾力に富み、と云ってアラビヤ馬みたいに勇壮ゆうそうなのではなく
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
苦痛や憂鬱ゆううつさえもがこの男の深刻な顔にこっけいな生真面目きまじめさを加えて、お気に入りの役者に手をたたく大勢の見物人の笑いをひき起すのです。
事実、こうした新しい未知の世界に対する憂鬱ゆううつが、彼の心にあったけれど、それでもこの瞬間、彼を悩ましているのは、全然、別なものであった。
永遠なるものの希求に殆んど無意識に悩んでいる彼の意志は限りない闇と憂鬱ゆううつとの海を彼の性格の奥底にたたえておる。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
いってみれば、彼が感謝しなければならない人に、軽率にも何かある苦痛を与えるようなものである。それとともに、彼は憂鬱ゆううつな気分になってしまった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
人に語ることもできない憂鬱ゆううつを心の底に抱きかかえていることが、ありありとその顔には現れているのであった。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
今まで彼女につきまとつてゐた憂鬱ゆううつさが消えて、はじめて丸やかな女の肉声をそのわらいに聴くやうに伊曾は思つた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
が、この作品の調子には、これまであの方の作品についぞ見たことのないような不思議に憂鬱ゆううつなものがあった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その声もまた決して憂鬱ゆううつでないのだが、いかんせん毎年その数は乏しくなり、かつその消息があまりにも突如としている故に、ついには逢う人の胸をとどろかせ
思うに盲目の少女は幸福な家庭にあってもややもすれば孤独こどくおちいやす憂鬱ゆううつになりがちであるから親たちはもちろん下々しもじもの女中共まで彼女の取扱とりあつかいに困り
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼は機智きちがあるというよりも滑稽にいで、にぎやかで快活というよりはのんびりと上機嫌であり、気むずかしく陰気というよりは物思わしげで憂鬱ゆううつである。
第一、海東の大日本人おおやまとびとである。おれには、憂鬱ゆううつな家職が、ひしひしと、肩のつまるほどかかって居るのだ。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
みんな貧乏で、お正月は支那そば会をしようと云っていた連中も、私の持って帰った札束を見ると、みんな「憂鬱ゆううつじゃのウ」と云ってひっくりかえってしまった。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その重油の皮膚へ当る初秋の風の冷たい触感は情なくも憂鬱ゆううつだ。その悪性の汗を夕方の一風呂ふろによって洗い清める幸福はいい加減な恋愛よりは高雅な価値がある。
帽子を目深まぶかに、オーバーコートの鼠色なるを、太き洋杖ステッキを持てる老紳士、憂鬱ゆううつなる重き態度にて登場。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
歌の中でも、踊を伴わないものは、全部といって良い位、憂鬱ゆううつな旋律ばかりであった。その題名にも、すこぶるおかしなものが多い。その一例。シュック島の歌。
「ああありました、満知まち姫様といいます」どうしたのか左内はこの言葉をいうと、妙に憂鬱ゆううつの顔をした。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)