彼方あっち)” の例文
じゃアまアわっしと一緒においでなさい、どうせ彼方あっちへ帰るんですからお連れ申しましょう、其の代りお嬢様に少しおねげえがあるんでげす
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
日清日露の戦争以来日本人は随分彼方あっちへ入り込みましたが、麻雀をやったというものは聞きません。下等なものと見括みくびっていたのです。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
僕は彼方あっちの大学で文学を勉強する。夢子は音楽学校へ入れて本式に歌の稽古をさせる。さうして世界的のオペラ俳優に仕立てゝやるんだ。
子供の群は、寺の墓場に近い、大きな胡桃くるみの木の下で遊んでいた。十五六をかしらに八九歳を下に鬼事おにごとをやっていると、彼方あっちから
(新字新仮名) / 小川未明(著)
彼方あっちの待合や此方こっちのお茶屋で汗になった身体をそのまま、次の座敷がかかれば剥げかかった白粉おしろいの上塗をしただけで平気で済ましている。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かねて自分を愚弄ぐろうする様な気がするので、やっぱり平生の代助の通り、のらくらした所を、彼方あっちへ行ったり此方こっちへ来たりして、飲んでいた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ソコで無事に港についたらば、サアどうも彼方あっちの人の歓迎とうものは、それは/\実に至れり尽せり、この上の仕様しようがないと云うほどの歓迎。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
今住んでいる新町へ去年の五月見に来た時、彼方あっちこっちにある竹やぶの中を歩き、こうまで美に溢れているものかと驚いた。
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「井かね、井は直ぐそのうらにあるだよ、それ其処をそう往ってもえゝ、彼方あっちへ廻ってもいかれるだ」辰爺さんがあごでしゃくる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
段六彼方あっち此方こっちをおびえた顔で見廻しながら、後退りに歩いて七三。早田呆れて見ながら、これも後退り。遠くで大砲の音。
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
少年 彼方あっちからも此方こっちからも可愛い声で、私を呼んだり挨拶をしたりして、美しい色の間を飛び廻っているものがあるの。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もう御飯になるから御帰りとか、寒いから内へ御入りとかいって子供を呼ぶ声が、彼方あっちの家からも此方こっちの家からも聞える。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
作者の道楽かもしくは、お庭の石を彼方あっち此方こっちと動かしては眺めるのと同じ格の一種の隠居仕事かも知れないと思われる。
創作人物の名前について (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あの人だから彼方あっち向くというのではなく、皆さんにむかって皆さんの方に向いてにこやかに話をするというふうであった。
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
甲給仕 疊椅子たゝみいす彼方あっちへ、膳棚ぜんだなもかたづけて。よしか、そのさらたのんだ。おいおい、杏菓子あんずぐわし一片ひときれだけ取除とっといてくりゃ。
悪くすると天晴な好い若い者が、愍むべし「お茶壺」になって、ただ彼方あっちから此方こっちへ渡って歩く事になります。今後はもう国外旅行が宜さそうですネ。
旅行の今昔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
其方そっちへ、廻ると、此方こっちの隅へ逃げる。此方で捕まえようとすると彼方あっちへ逃げる。——二、三度、繰返しているうちに、雲霧の血は、もう盲目的になり
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どんなはなしをするのであろうか、彼処かしこっても処方書しょほうがきしめさぬではいかと、彼方あっちでも、此方こっちでも、かれ近頃ちかごろなる挙動きょどう評判ひょうばん持切もちきっている始末しまつ
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
これは小供が彼方あっち向いているのを、美味しい物即ち肉を喰わせてやるから、此方こっちへ向けといって引張込ひっぱりこむ意で、これがいわゆる育の字の講釈だそうである。
教育の目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「さあ! 彼方あっちへいらっしゃい。お客様が皆、探しているのよ。」二三人彼のモーニングコートの腕にすがった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「何だと云ッて、あんなおかしな処置振りをおだ? 本田さんが何とか思いなさらアね。彼方あっちへお出でよ」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
あだかも彼方あっちの木に集り是方こっちの木に集りして飛び騒いでいた小鳥の群が、一羽黙り、二羽黙り、がやがやとした楽しい鳴声が何時いつの間にか沈まって行ったように
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それには、ここじゃ何だから彼方あっちでといって、ぐいぐい折竹を急き立てて、向うの小路へ入っていった。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「白状します……実は私がやったのです……私を彼方あっちへ連れて行って下さい……早く連れて行って下さい」
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「ちょっと話したい事がある」そしておっかアの方に「お前えちょっと彼方あっちへ行っといで」と云った。
今度こそ (新字新仮名) / 片岡鉄兵(著)
我国にも有形無形うけいむけい怪物ばけもの彼方あっちにも此方こっちにもゴロリゴロリころがって世の中はまるで百鬼夜行ひゃっきやこうの姿である。
大きな怪物 (新字新仮名) / 平井金三(著)
▲それから、故人の芙雀ふじゃくが、亡父おやじ菊五郎きくごろうのところへ尋ねて来た事、これはみやこ新聞の人に話しましたから、彼方あっちへ出たのを、またお話しするのもおかしいからします。
薄どろどろ (新字新仮名) / 尾上梅幸(著)
彼方あっちにもある此処こちらにもあると言ったチャチなインチキな絵じゃ無い、第一番に三十号の風景、これはラインの夏景色で、思い出の深い絵だが、思い切って出して了う。
「ですから私、何度逃げ出したか知れやしない。……その度毎に追掛けて来てつかまえて放さないんだもの……はあッ! 一昨日おとといからまた其の事で、彼方あっち此方こっちしていた。」
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
彼方あっちでも、お泊りやす、此方こっちでも、お泊りやす、と愛嬌声の口許は、松葉牡丹の紅である。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼方あっちかえし此方こっち返しして読んでいるらしかったが、するうちに、それをほうりだして、枕につくかと思っていると、ぱちんと云う音がして、折鞄を開けて、何か取出したらしかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
立てすごして、この半九郎に命までもくれようとは、親姉妹おやきょうだいの嘆きも思わぬか。おれには死ぬだけの罪がある。お前には何の係り合いもないことだ。知らぬていにして早く彼方あっちへゆけ
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と同時に体中の、彼方あっち此方こっちも用捨なくこぶしが当てられ下駄に踏みにぢられるのでした。彼れは、彼れ等を取り巻く群集のさわぐのを耳にしながら口惜し涙をながしてゐるのでした。
火つけ彦七 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
これからのかたが大切なので、上手に截れば楽に肉が取れて何の造作ぞうさもありませんけれども下手に截って一つ順序を間違えると肉が彼方あっちへ付き此方こっちへ付きして始末になりません。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「なに、そんな遠慮はいらねえ、そのかわり、彼方あっちへ往って、ゆっくり話そう」
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして、其の坑道といふのは、長い大通りの街になつたり、小さな分れ道になつたり、他の道と彼方あっち此方こっちで交叉したり、上りになつたり下りになつたり、大きな会堂の中に通じたりしてゐるのだ。
先刻さっきもいった通り、近頃この界隈で頻々と追剥があるので警戒していると、最前から君が彼方あっちへいったり、此方こっちへいったりしている様子が不審に思われたのです。私はマーゲート署の探偵ですよ。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
というような返辞へんじと、カタリと靴の鳴る音が、ドア彼方あっちでした。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
頬杖ほおづえ突いて余肉をうなど、彼方あっちの人のしない事ばかりする。
諏訪 (頭を突いて)彼方あっちへいらっしゃい、彼方へ。
華々しき一族 (新字新仮名) / 森本薫(著)
「パパは何していた、彼方あっちで死んだ。」
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「それに場数ばかずを踏んでいる。会社の幹部が独逸人ばかりだった頃はすべて英学で用を足していたし、彼方あっちでは時折演説をやったものだ」
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
政「安兵衞さん、彼方あっちへ往って下さいよ、お前さんが其処に居ちゃアいけません……お前が此処に居ると伊之さんの病気が癒らんのだよ」
いつもは彼方あっちへ行きなさいと云ってもなかなか云うことを聴かないのであるが、雪子の語調に何かただならぬけはいを察して
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
此方こっちから斯う云う事を諸外国の公使に掛合かけあい付けると、彼方あっちから斯う返答して来たと云う次第、すなわち外交秘密があきらかわかって居なければならぬはず
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼の好んで読書し文章を書く廊下の硝子窓は、甲州の山に向うて居る。彼の気は彼の住居すまいの方向の如く、彼方あっちにもかれ、此方にも牽かれる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「まあ! お兄様! 何を遊ばすのです。さあ! 彼方あっちへ行らっしゃい。」優しく制している女の声が聞えた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「ほんとうにうなら、学校がっこうのを四、五ひきあげよう。あとからきたまえ。」といって、先生せんせいは、せい一のあたまをぐりぐりとなでて、彼方あっちへいってしまわれました。
芽は伸びる (新字新仮名) / 小川未明(著)
けれども、大体に於て、舞台にはもうあきが来ていた。幕の途中でも、双眼鏡で、彼方あっちを見たり、此方こっちを見たりしていた。双眼鏡の向う所には芸者が沢山いた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「姐さん、用があったらこっちで手を叩くから、済まねえがちょっと彼方あっちへ遠慮していてくんねえか——」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)