嫉妬しっと)” の例文
その顔が、毒々しい嫌悪と侮蔑と嫉妬しっとに、しわだらけにゆがんでいる。……再びヒョッと顔を動かして、洞窟のあちこちを見まわす。
胎内 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
実をいうと、私は、彼の作品が喝采されるごとに、云い様のない嫉妬しっとを感じずにはいられなかった。私は子供らしい敵意をさえ抱いた。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ところが、ブロム・ボーンズときたら、恋と嫉妬しっとですっかりいためつけられて、ひとりで片隅にすわりこみ、怏々おうおうとしていたのである。
可憐かれんに素直にして、嫉妬しっとも知らぬふうを見せていたから、宮はいっそう深い愛をお覚えになり、思いやりをうれしくお感じになって
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
なんらか嫉妬しっとに似た不快な感情を刺戟され、それがために多少やけ気味で、ふて返っているのかと見ると、それは大きな誤解でした。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ちょうど女の歩きつきの形のままに脱いだ跡が可愛かわいらしく嬌態しなをしている。それを見ると私はたちまち何ともいえない嫉妬しっとを感じた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
さわやかな五月さつきの流が、あおい野を走るように、瑠璃子は雄弁だった。黙って聴いていた勝平の顔は、いかり嫉妬しっとのために、黒ずんで見えた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
僕は始めから千代子と一つ薄縁うすべりの上に坐るのを快く思わなかった。僕の高木に対して嫉妬しっとを起した事はすでに明かに自白しておいた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただお蝶と率八があまり仲よく話し込む時に、とろんと睨みつける嫉妬しっとらしい眼だけは、多少本性にたがわぬところがないでもない。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
取るに足らぬ女性の嫉妬しっとから、いささかのかすり傷を受けても、彼はうらみのやいばを受けたように得意になり、たかだか二万フランの借金にも、彼は
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それは軽い嫉妬しっとのようなものであるかも知れないが、それくらいの関心は彼もこのお嬢さんに持っていたと言ってもいいのである。
ルウベンスの偽画 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
だが他の青年たちは同じ意味でよけい反感をそそられ、その侮辱に対して、婦人たちが報復しないことでも嫉妬しっとしているようだった。
いさましい話 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
白状するが、それがもし小説か戯曲であったら、その時の私の顔には微笑の代わりににが嫉妬しっとの色が濃くみなぎっていたかもしれない。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そんな旅館を一代が知っていたのかと寺田はふと嫉妬しっとの血を燃やしたが、しかしそんな瞬間の想いは一代の魅力みりょくですぐ消えてしまった。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
嫉妬しっと猜疑さいぎ、朋党異伐、金銭かねに対する狂人きちがいのような執着、そのために起こる殺人兇行——あるものと云えばこんなものばかりです。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その奇怪な家庭における男の嫉妬しっとが、極端に強烈なものであって、わが子をさえ信じえなかったほどの不安を与えていたこととである。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
途中のある旅館における雨のわびしい晩に、従兄への葉子の素振りのなまめかしさが、いきなり松川の嫉妬しっとを抑えがたいものにあおりたてた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかし、一休いっきゅうさんをんだ伊予局いよのつぼねは、后宮きさきのみや嫉妬しっとのため、危険きけんがせまったので、自分じぶんから皇居こうきょをのがれることになりました。
先生と父兄の皆さまへ (新字新仮名) / 五十公野清一(著)
原始人の生活に於ては、家庭というものは確立しておらず、多夫多妻野合であり、嫉妬しっともすくなく、個の対立というものは極めて稀薄きはくだ。
堕落論〔続堕落論〕 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ポリーナ わたし、嫉妬しっとでくるしいのよ。そりゃ、あなたはお医者さんだから、婦人を避けるわけにはいかない。それはわかるけれど……
聞いて御覧、芳さんが来てからは、また考えようがいっそきびしいに相違ちがいないから。何だって、またあの位、嫉妬しっと深い人もないもんだね。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おそらくこれは嫉妬しっとと不信とに基づくことであろうから、この際友誼ゆうぎを結んで百事を聞き知ろうとするには、まずその心を収攬しゅうらんするがいい。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そして、栖方の云うままには動けぬ自分の嫉妬しっとが淋しかった。何となく、梶は栖方の努力のすべてを否定している自分の態度が淋しかった。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
奥方は時の老中酒井左衛門尉の息女、土佐守は一目も二目も置いておりますが、さすがに嫉妬しっとがましく、それはなりませんとはいえません。
孔子からその強靱きょうじんな生活力と、またその政治性とを抜き去ったような顔回という若者を、子路は余り好まない。それは決して嫉妬しっとではない。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
だが恋愛に関する限り、たとえば、嫉妬しっとだとか憎みだとかいうものは、生活に暇があって感情を反芻はんすうする贅沢ぜいたく者たちの取付いている感情だ。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
愚かにも気早な嫉妬しっとから、彼ら同士の関係や内情はおろか、当人の人物さえよくも知らずに、婚約の夫を罵倒ばとうしたことである。
そのために、嫌悪けんおと愛情と嫉妬しっとと熱い憐憫れんびんとの名状しがたい印象を心に受けた。彼女はその小さな客間の扉口とぐちまで送ってきた。
なにしろ、御息女は、御寵愛が激しかったので、中老方の嫉妬しっとも多いゆえ、これがあらわれたら、大事にもなろうというもの——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
これくわうるに羨望せんぼう嫉妬しっとの念をもってして、今度は政府の役人達が狙われるようになって来て、洋学者の方はおおいに楽になりました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それとも、それはQ語の単なる感嘆詞だつたかも知れない。僕はひそかに嫉妬しっとを感じた。阿耶は楚々そそたる美しい娘であつた。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
僕天性浮気の身なれば従つて嫉妬しっとの執念薄く、嫉妬の執念薄きほどなれば、いやがるものを無理無体にくどきなびかせんとの執着は更になし。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そして、お高への嫉妬しっとと反感から、いっそう若松屋惣七をせっつくことであろう。かえって事態を悪くするに相違ないのだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
仕事の神は嫉妬しっと深く、おまけに君のようにいたずらに富んでいるから、おれはもう一日というところでその神にたたられることをおそれる。
その自体じたい中毒ちゅうどくで脳を刺撃するから人の神経が過敏症の病的となって不平怨嗟えんさ嫉妬しっと愚痴ぐちそんな事ばかり言って日を送る有様だ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
幼い私に聞かせるのははばかって、祖母が言葉を濁していた、そのお手討ちというのも横恋慕を聞かれなかった家老の嫉妬しっと心からだったのでしょう。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
が、彼女は同情は勿論、憎悪ぞうお嫉妬しっとも感じなかった。ただその想像に伴うのは、多少の好奇心ばかりだった。どう云う夫婦喧嘩をするのかしら。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
であるのに再び寂寞せきばく荒涼たる以前の平凡なる生活にかえらなければならぬとは……。不平よりも、嫉妬しっとよりも、熱い熱い涙がかれのほおを伝った。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「足もとの土台がぐらついているぞ」と嫉妬しっと屋のレアリストたちが中傷する。けっこうだ。その代わりに重荷もないよ。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
それなのに実枝とのことについては、姉としての気持をいってくれるでもなく、こっちからいいだすと皮肉とも嫉妬しっとともとれるようなことをいう。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
私は別に嫉妬しっとを感じるようなことはなかった。私はただ、何もかも知り合った友だちのように、叔父を思っていたのだ。
それは彼に嫉妬しっとの念を燃やさした。そして彼はマドレーヌをそこなうために機会あるごとにできるだけのことをした。そのうちに彼は破産してしまった。
そこまで考えると、恭一のやり方の愚劣さに対する怒りは、その底に、自分で意識しない嫉妬しっとの感情を波うたせて、いよいよこうじて行くのであった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
茫然ぼうぜんと見守っていた亀吉は、歌麿の姿が吸いこまれたのを見定めると、嫉妬しっとまじりの舌打を頬冠りの中に残して、元来もとき縁生院えんじょういん土塀どべいの方へ引返した。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
自分の方がどれぐらい嫉妬しっと感じたか分れへん、利用しられたとしたら自分の方がしられてるぐらいやいうのんです。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
とにかく、みんなは、たがいに欲深よくぶかであったり、嫉妬しっとしあったり、あらそったりする生活せいかつ愛想あいそうをつかしました。
明るき世界へ (新字新仮名) / 小川未明(著)
そしてその不愉快が嫉妬しっとではないと云うことを、純一の意識は証明しようとするが、それがなかなかむずかしい。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その不幸をオセロにうちあけないでいるうちに、イヤゴーはオセロの猜疑さいぎ嫉妬しっとをかきたてることに成功した。
驚くべき濫費らんぴだ。私はこの男の計り知れざる財力に一種の崇拝すうはいを感じた。不思議なもので、こんな時には、嫉妬しっとの念よりも、崇拝の念が先におこるものだ。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
芸術の神は嫉妬しっと深いものだという。涙に裂くパンの味を知らない幸福なものにはうかがい知れない殿堂だという。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)