夜半よわ)” の例文
中に、千鳥と名のあるのは、蕭々しようしようたる夜半よわの風に、野山の水に、虫の声と相触れて、チリチリ鳴りさうに思はれる……その千鳥刈萱。
玉川の草 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
前に評釈した「飛弾山ひだやま質屋しちやとざしぬ夜半よわの冬」と同想であり、荒寥こうりょうとした寂しさの中に、或る人恋しさの郷愁を感じさせる俳句である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
久しぶりに爽快そうかいな気を味わったが、時刻はいたって都合が悪い、もう夜半よわもすぎてやがて五こうになる頃おい、宿をとる間はなし
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はて腑甲斐ふがいなき此身おしからずエヽ木曾川の逆巻さかまく水に命を洗ってお辰見ざりし前に生れかわりたしと血相かわ夜半よわもありし。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
みぞれの降る夜半よわに、「夜は寒みあられたばしる音しきりさゆる寝覚ねざめを(母いかならん)」と歌って家の母のなさけを思ったり
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
紀州は同じく紀州なり、町のものよりは佐伯さいき附属の品としらるること前のごとく、墓より脱け出でし人のようにこの古城市の夜半よわにさまようこと前のごとし。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
しかし、表は年の瀬まえのこがらし吹きつのる冷たい夜半よわでした。右門十一番てがらは、かくして冷たい夜半のうちに、めでたくも美しい結果をつげたしだいです。
寝つかれない場合と見るか、夜半よわ寝覚ねざめと見るかは、この句を読む人の随意である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
そしてその夜はじめて熟睡したようすだった。「どんな大きな心配がおありだったのだろう」さもこころよさそうな軽いいびきのこえを聞きながら、由紀は夜半よわのふしどに坐って独りそっと呟いた。
日本婦道記:藪の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
眠られぬ夜半よわにひとり奥の間の天井にうつる行燈あんどうの影ながめつつ考うるとはなく思えば、いずくにかなんじの誤りなり汝の罪なりとささやく声あるように思われて、さらにその胸の乱るるを覚えぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
ことに『伊勢物語』や『源氏物語』や『夜半よわ寝覚ねざめ』がつくられているではないか、それにまた『蜻蛉日記かげろうにっき』や『枕草紙まくらのそうし』や『更級日記さらしなにっき』やのような美しい日記随筆の類が生れているではないか
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
心なき汽車のうちに行く夜半よわを背中合せの知らぬ顔に並べられた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「……雪の夜半よわ、雪の夜半……どうもかみの句が出ないわい」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
五月雨や夜半よわに貝吹くまさり水 太祇
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
あゆくれてよらで過ぎ行く夜半よわの門
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そは静けき夜半よわに散り失せし
「机ばかりか、膝までもじゃ。夜半よわにはもっと降るかも知れぬ、このまま溶けねば、よい燈火あかりになる、そっとして置こう」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よしこことても武蔵野の草に花咲く名所とて、ひさしの霜も薄化粧、夜半よわすごさも狐火きつねびに溶けて、なさけの露となりやせん。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それに間に合うよう是非とも取り急いで茶室成就しあげよ待合の庇廂ひさし繕えよ、夜半よわのむら時雨しぐれも一服やりながらでのうては面白く窓つ音を聞きがたしとの贅沢ぜいたくいうて
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
さはれ木枯吹きすさむ夜半よわさいわいおおき友の多くを思ひては、またもこの里のさすがにさびしきかな、ままよ万事かからんのみ、奮励ふんれいばんび出でんかの思ひなきにあらねど
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
御最後川の岸辺に茂るあしの枯れて、吹く潮風に騒ぐ、その根かたには夜半よわ満汐みちしおに人知れず結びし氷、朝の退潮ひきしおに破られて残り、ひねもす解けもえせず、夕闇に白き線をぎわに引く。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
夜半よわの眼ざめにどんなことを思うかは知らないが——。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
眠れねばいろ/\の智慧ちえ夜半よわの冬
七百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
おのが身のやみよりえて夜半よわの秋
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
を奪ひ行く夜半よわの暗きに 之兮しけい
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
泥棒のくさめも寒し雪の夜半よわ
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
夜半よわの十二時になるまで
夜半よわの海鳴りと共に血のさわぎのまない折はあっても、悲しいとか淋しいとか、今の身を観じたことは一度もなかった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
怨念おんねん大鰻おおうなぎ古鯰ふるなまず太岩魚ふといわな、化ける鳥はさぎ、山鳥。声はふくろ、山伏の吹く貝、磔場はりつけば夜半よわ竹法螺たけぼら、焼跡の呻唸声うめきごえ
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中頃は振残ふりのこされし喞言かこちごと、人にはきかがたきほどはずかしい文段もんだんまでも、筆とれば其人の耳につけて話しするような心地して我しらずおろかにも、独居ひとりいうらみを数うる夜半よわの鐘はつらからで
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
夜半よわの眼ざめにどんなことを思うかは知らないが——。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
鮎くれて寄らで過ぎ行く夜半よわの門
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
飛弾山ひだやま質屋しちやとざしぬ夜半よわの冬
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
甲賀衆こうがしゅのしのびのかけ夜半よわの秋
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
忍剣は、部下の不用意をしかりつけた。じぶんたちがいないに、あるいは、軍律を破って、夜半よわの眠りをむさぼっていたのではないかとさえうたぐった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浪の音にはれた身も、とりに驚きて、添臥そいぶしの夢を破り、かどきあけてくまなき月に虫の音のすだくにつけ、夫恋しき夜半よわの頃、寝衣ねまきに露を置く事あり。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夜半よわに起きが宿をふ野分かな
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
のこぎりの音貧しさよ夜半よわの冬
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
と、夜具の中に、横たえている身も熱くなり、河内かわちの峰々や、金剛寺の草木が、夜半よわを吠えたけぶも、何やら、心あるもののように夢へ聞えてくるのだった。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜半よわの寝覚に、あるいはうつつに、遠吠とおぼえの犬の声もフト途絶ゆる時、都大路の空行くごとき、遥かなる女の、ものとも知らず叫ぶ声を聞く事あるように思うはいかに。
遠野の奇聞 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夜半よわに起き句を書き留めて春惜む
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
あわれ、かかる時は、あすの逢瀬を楽みに、帰途かえりを案ずるも心ゆかし、られぬ夜半よわの待人掛ける、小さな犬もこしらえ交ぜて、お千世にせな打たれて微笑みもしたが。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうだ、もう夜半よわではない。五更といえば明け方である。今橋の上で聞いた七刻ななつ辻集合つじよりあいの合図だった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜半よわ過ぎて障子の月の明るさよ
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ザザザザと、まるでましらの群れか、木の葉の雨のような音が、一瞬、小栗栖おぐるす夜半よわのしじまを破った。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
社会よりになえる負債を消却せんがため、あくまでその死せんことを、むしろ殺さんことを欲しつつありし悪魔を救わんとして、氷点の冷、水凍る夜半よわに泳ぎを知らざる身の
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
水鳥の夜半よわの羽音やあまたたび
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
「山坂もわずかな間。道はここから三里ほどしかございません。どうか夜半よわまでのおこらえを」
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平吉はう五十の上、女房はまだ二十はたちの上を、二ツか、多くて三ツであろう。この姉だった平吉のぜんの家内が死んだあとを、十四、五の、まだ鳥も宿らぬ花が、夜半よわの嵐に散らされた。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そうか。千葉ノ介の一隊が、この夜半よわにでも着きはせぬかと、つい眠りえずにいたが、ではまだ充分一ト眠りはできるな。……もう今のような飢えた献物盗みもやって来まい」
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)