よろこび)” の例文
父に関した財産は一切貴方へお譲り申しますからそれを資本に何ぞ人をも益するやうな商売をして下されば、この上のよろこびは有りません。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
秘玉突然開櫝出ひぎょくとつぜんはこをひらきていづ瑩光明徹点瑕無えいこうめいてつてんかなし金龍山畔波濤起きんりょうさんはんはとうおこり龍口初探是此珠りょうこうはじめてさぐりしはこれこのたま。」これは抽斎の亡妻の兄岡西玄亭が、当時よろこびを記した詩である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
竹はまた「暮春には春服已に成る」と云った様にたとえ様もないあざやかな明るい緑のみのをふっさりとかぶって、何れを見ても眼のよろこびである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
続いて「我蝸菴を其坤角に結びて之に住み、礼讃勤行すること三七日、已に斯願を遂げ、便ち故居に帰る」と禅頂を果したよろこびを述べている。
山の今昔 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
貴方あなたがもしわたくしが一ぱん無智むちや、無能むのうや、愚鈍ぐどんほどいとうておるかとってくだすったならば、また如何いかなるよろこびもっ
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
然り祈祷は無益ならざりしなり、十数年間一日のごとく朝も夕も爾に祈りつつありしが故に今日こんにちこの思わざるのよろこびなぐさめとを爾より受くるを得るなり。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
その時、白地の浴衣を着た、髪もやや乱れていたお雪のやつれた姿は、蚊遣の中に悄然しょうぜんとして見えたが、おもてには一種不可言の勇気とよろこびの色がかすかに動いた。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
昔は姜度きやうとたんするや、李林甫りりんぼしゆ書を作つていはく、聞く、弄麞ろうしやうよろこびありと。客之を視て口をおほふ。蓋し林甫りんぽ璋字しやうじを誤つて、麞字しやうじを書せるを笑へるなり。
自分は健康である。年も若い。千百の泉から一に人生のよろこびが流れ出て、自分の上に注ぎ掛かって来るのである。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
三千代はもとより手紙を見た時から、何事をか予期して来た。その予期のうちには恐れと、よろこびと、心配とがあった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どんな詰まらぬよろこびでも、どんな詰らぬなげきでも、己はしんから喜んで真から歎いて見るつもりだ。人生の柱になっている誠というものもこれからは覚えて見たい。
小太郎が会釈えしゃくうちも、なほ上手の子供をずつと見廻して漸く心付き、これならばと思案を定める工合得心がいき、貴人高位のせりふよろこびあまり溢れ出でし様にて好し。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
実に彼のよろこびは一とおりでなかった、彼は理想に達するの門を見付けたように雀躍こおどりしたのである。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
当下とうげに即ちりょうするという境界に至って、一石を下す裏に一局の興はあり、一歩を移すところに一日のよろこびは溢れていると思うようになれば、勝ってもとより楽しく、負けてまた楽しく
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一人の男ふところよりをいだしてしうとにわたしければ、かなしみよろこび両行りやうかうなみだをおとしけるとぞ。
まあ私たちのよろこびは御想像にお委せしますが、実は私たちは誰か私たちに遺産でものこしてくれたのかと、本当に喜びました。私たちは早速、新聞に出ていた弁護士のところにゆきました。
「僕達は親友では無かったか」私はうれいに捉えられながら、彼の心を動かそうとした。「いいや僕達は親友の筈だ。二人の心は一つであった。よろこびかなしみも一緒に感じ、そうして慰め合ったものだ。 ...
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と、一彦はよろこびのあまり、おじさんの首に手をまわして抱きつきました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この椅子はあれがまだ生れぬ世を、よろこびにつけかなしみにつけ、2695
ボートルレの得意とよろこびはどんなであったろう。
よろこびなやみとにおそろしくかわがわる襲われて
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
われよろこびを吹くときは
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
翁は其出版を見ていささかよろこびの言をらしたが、五月初旬にはいよいよ死を決したと見えて、逗子ずしなる老父のもと粕谷かすやの其子の許へカタミの品々を送って来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「さうです。さうです。」わたくしはよろこび禁ずべからざるものがあつた。丁度外交官が談判中に相手をして自己の某主張に首肯せしめた刹那のやうに。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
貴方あなたわたくしが一ぱん無智むちや、無能むのうや、愚鈍ぐどんほどいとふてるかとつてくだすつたならば、また如何いかなるよろこびもつ
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
まことに気の毒であるが、それでも母は生活の満足をこの一点にのみ集注しているのだから、僕さえ充分の孝行ができれば、これに越した彼女のよろこびはないのである。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
己のよろこびだのかなしみだのというものは、本当の喜や悲でなくって、わば未来の人生の影を取り越して写したものか、さもなくば本当に味のある万有のうつろな図のようなものであって
ようもようもおんめでたう御障無おんさはりなう居らせられ、悲き中にも私のよろこびは是一つに御座候。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
何の二千米足らずの山と多寡を括っている人も、見ては登らずにはいられなくなる山である。私達が奥山跋渉の振出しによくもこの山を選び当てたと感じた時のよろこびと満足とは言うに及ばない事であった。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
このよろこびの日に何の気遣きづかいがあるのか。それを申せ。10980
われよろこびを吹くときは
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
日の如き赤きよろこび
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その屋根の下に這入られたよろこびを感ずると共に、報酬的に何か言い付けた方が好かろうと、問われた瞬間に思い付いた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
さては望外なる主従のよろこび引易ひきかへて、見物の飽気無あつけなさは更に望外なりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
三千代はもとより手紙を見た時から、何事をか予期してた。其予期のうちには恐れと、よろこびと、心配とがあつた。車からりて、座敷へ案内される迄、三千代の顔はその予期の色をもつてみなぎつてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
かなしみの隣によろこびがあり、喜の隣に悲があるのです。
日の如き赤きよろこび
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
宇平をはじめ、細川家からいとまを取って帰っていた姉のりよがよろこびたとえようがない。沈着で口数をきかぬ、筋骨たくましい叔父おじを見たばかりで、姉も弟も安堵あんどの思をしたのである。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして宇平がそれを承諾すると、泣きらしていた、りよの目が、刹那せつなの間よろこびにかがやいた。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
さはあれどわが見し花うりの目、春潮をながむるよろこびの色あるにあらず、暮雲を送る夢見心あるにあらず、伊太利イタリア古跡の間に立たせて、あたりに一群ひとむれ白鳩しろばと飛ばせむこと、ふさはしからず。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
先生はこれを聞いて、よろこび色にあらはれて云つた。諸子の頼もしい詞を承つて安堵した。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
なぜと云うに、生活だの生活のよろこびだのと云うものは、傍観者の傍では求められないからである。そんなら一体どうしたと云うのだろう。僕の頭には、又病人と看護婦と云う印象が浮んで来た。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
抽斎の家の記録は先ず小さき、あだなるよろこびしるさなくてはならなかった。それは三月十九日に、六男翠暫すいざんが生れたことである。後十一歳にして夭札ようさつした子である。この年は人の皆知る地震の年である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)