千尋ちひろ)” の例文
「どうしても、身を投げると仰有るのでしたら、千尋ちひろの底までもお供いたします。一人残されては、一時いっときたりと生きようとは思いませぬ」
海にほろびたる平家の一門、かばねは千尋ちひろの底に葬られても、たましいは此世にとどまって、百年も千年も尽きぬ恨みをくり返すのであろうよ。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
舟若し高く岩頭に吹き上げられずば、必ず岩根にひて千尋ちひろの底にし沈めらるべし。われは翁と共にを握りつ。ジエンナロも亦少年をたすけて働けり。
「この暗い海を見ていると、千尋ちひろの底には、きっとおどろくべき秘密がかくされているように思えてくるんだ。船にのりつけないじぶんの気まぐれかしら」
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おきな布団ふとんはねのけ、つとちあがりて、紀州よ我子よと呼びし時、くらみてそのまま布団の上に倒れつ、千尋ちひろの底に落入りて波わが頭上に砕けしように覚えぬ。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
この瓶もし千尋ちひろの海底に沈まずば、この瓶もし千丈の巖石がんせきに砕けずんば、この地球上にある何人なにびとかは、何時か世界の果に、一大秘密の横たわる事を知り得べし
南極の怪事 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
千尋ちひろのなわを腰につけ、もしこの玉をとり得たらば、このなわを動かすべし、その時人々ちからをそえ——
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ヨナは生きた地獄の穴に呑みこまれ、水は千尋ちひろの底に彼をひきこんだので、海草はこうべにまとい、あらゆる海の苦患くげんはヨナのうえにはげしく波うった……ヨナは大いに悔いた。
だいこん (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
十歩に一棧と言った恐ろしく洒落しゃれた建物ですが、一番上の母屋おもやとも言うべき高楼は、千尋ちひろの荒海の上に臨んだ、大岩石の上へ乗出のりだすように建てられたもので、その展望台から下を臨むと
長男千尋ちひろ君は九州帝大法学部ご卒業後、福岡県県庁に奉職中、長女千登世ちとせさんは、神戸青木商会の大番頭……モトイ……営業部長久野信次郎ひさのしんじらう君にして、既に一男一女を挙げられ……次男千里ちさと君は
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
軽蔑の影にも似て、それとも違い、世の中を海にたとえると、その海の千尋ちひろの深さの箇所に、そんな奇妙な影がたゆとうていそうで、何か、おとなの生活の奥底をチラとのぞかせたような笑いでした。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
また山を越えると、踏まえた石が一つゆるげば、千尋ちひろの谷底に落ちるような、あぶない岨道そわみちもある。西国へ往くまでには、どれほどの難所があるか知れない。それとは違って、船路は安全なものである。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
日あたたかなれば浮かび、風あらきときは千尋ちひろの底に遊ぶ。
雲の上に思ひのぼれる心には千尋ちひろの底もはるかにぞ見る
源氏物語:17 絵合 (新字新仮名) / 紫式部(著)
二 ボートはしずみぬ 千尋ちひろ海原うなばら
七里ヶ浜の哀歌 (新字新仮名) / 三角錫子(著)
伊勢の海の千尋ちひろの浜に拾ふとも
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
水泡みなわの嵐たゆたふ千尋ちひろの底。
ゆめなればこそ千尋ちひろなす
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
千尋ちひろの底に常に泣く。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
あるは千尋ちひろの谷深く
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
千尋ちひろの谷の底深く
天地有情 (旧字旧仮名) / 土井晩翠(著)
歩けば千尋ちひろ
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
もし山から出て来たものとすれば、はてしもない大海へ追い込まれて、結局は千尋ちひろの底に沈んだのであろう。
馬妖記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
民子たみこをのせて雪車そりは、みちすべつて、十三といふ難所なんしよを、大切たいせつきやくばかりを千尋ちひろ谷底たにそこおとした、ゆきゆゑ怪我けがはなかつたが、落込おちこんだのは炭燒すみやき小屋こやなか
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
譬へば千尋ちひろの海底に波起りて、さかしま雲霄うんせうをかさんとする如し。我筆いかでか此聲を畫くに足らん。あはれ此聲、人の胸より出づとは思はれず。しばらく形あるものにたとへて言はんか。
ながむれば一せき海賊船かいぞくせん轟然ごうぜんたるひゞき諸共もろともに、船底せんてい微塵みぢんくだけ、潮煙てうゑんんで千尋ちひろ波底はていしづつた、つゞいておこ大紛擾だいふんじやう一艘いつそう船尾せんび逆立さかだ船頭せんとうしづんで、惡魔印あくまじるし海賊旗かいぞくきは、二度にど三度さんど
千尋ちひろ
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ある場合には十日も二十日も風浪にはばめられて、ほとんど流人るにん同様の艱難かんなんめたこともあったろう。ある場合には破船して、千尋ちひろの浪の底に葬られたこともあったろう。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
風波に掀翻きんぽんせらるる汽船の、やがて千尋ちひろの底に汨没こつぼつせんずる危急に際して、蒸気機関はなおよう々たる穏波をると異ならざる精神をもって、その職をくすがごとく、従容しょうようとして手綱を操り
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
みづか爆發藥ばくはつやくもつ艇體ていたい破壞はくわいして、いさぎよく千尋ちひろ海底かいていしづまんとの覺悟かくご
ララは翼を振ひて上らんとす。われはこれに從はんとして、羽搖はたゝきするごとにおくれ、その距離千尋ちひろなるべく覺ゆるとき、忽ち又ララとおん身との我側にあるを見き。われ。そは死の境界きやうがいなるべし。
紫玉は、中高な顔に、深く月影に透かして差覗さしのぞいて、千尋ちひろふち水底みなそこに、いま落ちた玉の緑に似た、門と柱と、欄干と、あれ、森のこずえ白鷺しらさぎの影さえ宿る、やぐらと、窓と、たかどのと、美しい住家すみかた。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私の歯はこの魚腹に葬られるかと見ていると、鱶はこんな物を呑むべく余りに大きい口をあいて、くりやから投げあたえる食い残りの魚肉をあさっていた。私の歯はそのまま千尋ちひろの底へ沈んで行ったらしい。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
紫玉は、中高なかだかな顔に、深く月影に透かして差覗さしのぞいて、千尋ちひろふち水底みなそこに、いま落ちた玉の緑に似た、門と柱と、欄干らんかんと、あれ、森のこずえ白鷺しらさぎの影さへ宿る、やぐらと、窓と、たかどのと、美しい住家すみかた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)