其奴そいつ)” の例文
はて、不思議だと思いながら、抜足ぬきあしをしてそっけて行くと、不意に赤児の泣声が聞えた。よくると、其奴そいつが赤児を抱えていたのだ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
スルト其奴そいつが矢庭にペタリ尻餠をいて、狼狽うろたえた眼を円くして、ウッとおれのかおを看た其口から血が滴々々たらたらたら……いや眼に見えるようだ。
それと同じ様なことが外に二三軒あつたので足がついて、其奴そいつが警察へ引かれる。お糸さんもかかりあひとあつて警察へ呼び出された。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
しかも其奴そいつが不良青年なので、しかも奥さんより年下だったので、それだのに彼女は——奥さんですがね、誘惑されたのでございますよ。
奥さんの家出 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
其奴そいつを此処へ引摺り出しておくれ、私も独身ひとりみじゃアなし、亭主ていしゅもあるからそんな事をされては亭主に対して済みません、引出しておくれよ
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
代助は其奴そいつに体をごしごしられる度に、どうしても、埃及人エジプトじんに遣られている様な気がした。いくら思い返しても日本人とは思えなかった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし其奴そいつは死ななかったらしく、今でも図々しく俺を追いまわしているが、そんな奴を恐れる俺じゃない。唯気にかかるのは非国民の名だ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「そうか、其奴そいつが、僕の『天母生上の雲湖ハーモ・サムバ・チョウ』における経験を聴きたいというのだね。よろしい、今夜そのちんまりとした探検屋に逢ってやろう」
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
トその樹の下に、ざるか何か手に持って、まあ、膝ぐらいな処まで、その水へ入って、そっと、目高か鮒か、すくってる小児こどもがある。其奴そいつが自分で。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その声は何処どこからした? 私は其奴そいつらの背後うしろを差覗くやうに幾度か蒼い光の中を透かして見た。猫児一匹ゐさうにもない。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そうしてあなた、たった一と晩ですっかりれ馴れしくなっちまって、ナオミさんは其奴そいつのことを『ウイリー、ウイリー』ッて呼ぶんだそうです
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「何に、つい二、三日前にね、山の中で林務官を殺して逃げた奴があるでね、其奴そいつが何でも坊様のふうをして逃げたって事だで、其奴を探すんずらい。」
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
「アハハハ其奴そいつは大笑いだ……しかし可笑しく思ッているのは鍋ばかりじゃア有りますまい、きっ母親おっかさんも……」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
が、それを聞いて、しんじつ眉をひそめるものよりも、手を打って「其奴そいつァいゝ」と喜ぶものゝほうが多かった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
若し途中で、或はあしなへ、或は盲目めくら、或は癩を病む者、などに逢つたら、(その前に能く催眠術の奥義を究めて置いて、)其奴そいつの頭に手が触つた丈で癒してやる。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
其奴そいつが外国の軍事探偵だ、そして春田式C・C・D潜水艦の機密図を盗むために貴様を見張に雇ったのだ」
危し‼ 潜水艦の秘密 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「私の姉を殺し、父親を牢に入れ、家を潰した上、私を騙して、水野様を殺させようとした大悪人は其奴そいつだ」
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
呼んでいる……ああ其奴そいつがおれを引きずりこんでおれを押しつつんでしまった……おれは今引金をひく……
ピストルの蠱惑 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
穴はかなり大きかったので、前夜家の中にはいり込んできて扉の所で立ち聞きした其奴そいつが通ってゆく所を、見て取ってやろうと思ったのである。果してそれは男であった。
それから、第四条の、その小僧のことが聞きてえんならだ、畜生! 言ってくれるが、其奴そいつは人質じゃねえか? 人質をなくしちまおうってえのか? いいや、いけねえ。
其奴そいつを別に恐れるわけではないが、それでは円満に事務がとれないだろうじゃないか。そこで己がつまり今日は課一同の懇親会を開いたのだ。どこでって、料理屋はT——さ。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
其奴そいつはよつぽど太い奴だね」彼はそんな事を答へて置いて、「うだ」とひとり考へた。
(根本的に言えば、彼はすべてをあざけって何物をも信じなかった。)しかし彼は自分の老友クリストフの悪口をあえて言う者があれば、其奴そいつの頭を打ち破ったかもしれない。
昌允 其奴そいつは、留守番なんかしとらんです。須貝さんと、一ん日テニスしてたんですよ。
華々しき一族 (新字新仮名) / 森本薫(著)
たれ其奴そいつには尻押しりおしが有るのだらう。亭主が有るのか、あるひ情夫いろか、何か有るのだらう」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
其奴そいつア判ら無えがナ、今度ア今迄来た様な道庁の役人たア違うから、何とか目鼻はつけて呉れるだろう、何時も何時も胡麻化されちゃアけえるんだが、今度ア左様そうくめエ
監獄部屋 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
「ならぬッ。こうなれば山手組の意地としても、其奴そいつを渡すことは金輪際ならぬわい」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ヒヤヒヤ僕も同説だ、忠君愛国だってなんだって牛肉と両立しないことはない、それが両立しないというなら両立さすことが出来ないんだ、其奴そいつが馬鹿なんだ」と綿貫は大に敦圉いきまいた。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
電車の車掌なども、轢死者があつた場合は、其奴そいつが男か女か、老人としよりか子供か、馬鹿か悧巧かを吟味する前に、先づ履物を調べる。そして履物がちやんと揃へて脱ぎ捨ててあるのを見ると
私は徹夜をしてもきっと間に合わせると約束をして其奴そいつを撃退してやったが
鳥料理 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
昨夜なぞは、林檎畠りんごばたけのようなところへ追詰められて、樹と樹の間へ私の身体がはさまって、どうにも逃げ場を失って了った……もうすこしで其奴そいつに捕まるかしらん……と思ったら目がめました。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
またこんな人間もいるだろう。其奴そいつはきょうあたり大丈夫で、息張いばって歩いている。ところが詰まらない、偶然の出来事で、此奴こいつは一二週間の内に死んでしまうのだ。そのくせ死という事なんぞを
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
其奴そいつはいけない、れはうしても出世しゆつせなんぞはないのだから。
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
昨夜ゆうべの羽織や袴を畳んで箪笥にしまい込もうとした時、「其奴そいつは小野が、余所よそから借りて来てくれたんだから……。」と低声こごえに言って風呂敷を出して、自分で叮寧に包んだ、虚栄みえも人前もない様子が
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
其奴そいつあはせてうたあんだからゆつくりんなくつちやなんねえな
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「ヘエー其奴そいつア便利だ、電車の三銭どころの話ヂヤねいや」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「でも……どんな男だ、其奴そいつは……」
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
何しろ、其奴そいつの正体を見届けようと思って、講師は燐寸まっち擦付すりつけると、対手あいてにわかに刃物をほうり出して、両手で顔を隠してしまった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
代助は其奴そいつからだをごし/\られるたびに、どうしても、埃及人エジプトじんられてゐる様な気がした。いくら思ひ返しても日本人とは思へなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
宮野邊源次郎と云って旗下はたもとの次男だが、其奴そいつが悪人で、萩原新三郎さんを恋慕こいしたった娘の親御おやご飯島平左衞門という旗下の奥様づきで来た女中で
「ドニメ」と私はいかつい声で「少しお前に訊きたいものだ。今から丁度二十日程前だ、ボヘミアの奴等が来ただろう? 其奴そいつ何方どっちへ突っ走った?」
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
するとだ……まだその踏切を越えて腕車くるまを捜したッてまでにもかず……其奴そいつ風采ふうつきなんぞくわしく乗出して聞くのがあるから、私は薄暗がりの中だ。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「アッ……ナルホドね。そんな人間がもし居るとすれば、其奴そいつはトテモ素晴しい新式の犯罪者だよ。たしかに君の受持だね。そいつを探り出すのは……」
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
すると一軒の絵双紙屋の店前みせさきで、ひょッと眼に付いたのは、今の雑誌のビラだ。さア、其奴そいつの垂れてるのを一寸瞥見しただけなんだが、私は胸がむかついて来た。
予が半生の懺悔 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「よし、其奴そいつは任せた。縛りあげておきたまえ、すぐ警視庁からやってくるから、僕は横浜へ行くぞ‼」
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
甲田はいよいよ俺はだまされたと思つた。そして、其奴そいつが何か学校の話でもしなかつたかと言つた。
葉書 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
この何者かの非常に横柄な口調は、其奴そいつが闇で覆面して居るからだと思ふと、彼は非常にいきどほろしかつた。彼はいきなり其処にあつた杖をとると、傘もささずに道の方へ飛び出した。
彼奴の家へ談判するにも其奴そいつを確かめた上でなければ軽率過ぎるし、そうかと云って秘密探偵でも頼まなければ、ちょっと確かめる方法はなし、………と、散々思案に余った揚句
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それからつええぞ、——獅子ライオンだってのっぽのジョンのそばあたりにもよれやしねえんだぜ! 己は、あの男が四人の者と取っ組み合って、其奴そいつらの頭を叩き合したのを見たことがある。
おお、宝井が退学をつたのも、其奴そいつが債権者のおもなる者だと云ふぢやないか。余程好い女ださうだね。黄金きんの腕環なんぞめてゐると云ふぢやないか。ひどい奴な! 鬼神のお松だ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)