“像(ぞう)” の例文
王さまは、またいつものようにかなしい思いで石の像(ぞう)をながめながら、ため息(いき)をついて、思わず大きな声でこういってしまいました。
それは眞(まこと)によい思(おも)ひつきであると御賞(おほ)めになつて、それからは土(つち)で作(つく)つた人間(にんげん)などの像(ぞう)を墓(はか)の側(そば)に埋(うづ)めることになつたのだといふことです。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
わたしは生きた人で、こんな静(しず)かな落ち着いた様子の人を見たことがなかった。まるで村のお寺の聖徒(せいと)の像(ぞう)のようであった。
墓石の上の古い像(ぞう)が、かたそうなカラーをつけて、長い黒い着物を着たむかしの坊さんや、坊さんの奥さんたちの像までも、じっと目をすえて
交(かわ)る交(がわ)るさまざまの色の電光が射し込んで、床に置(お)かれた石膏(せっこう)像(ぞう)や黒い寝台(しんだい)や引っくり返(かえ)った卓子(テーブル)やらを照らしました。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
しかし、ニールスはあとになってからも、段々(だんだん)のある破風(はふ)だけは思いだすことができました。そこには、キリストと使徒(しと)の像(ぞう)が、安置(あんち)されていました。
うしろへまわって、お厨子(ずし)をのぞくと、金泥(きんでい)のとびらが開(あ)けてあって、なかには一基(き)の地蔵菩薩(じぞうぼさつ)の像(ぞう)がすえてある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なかなかいい作(さく)だ。よほど古(ふる)いものだ。私(わたし)はまだこれよりもいいものを見(み)たことがあったが、この像(ぞう)もなかなかいい。手(て)の欠(か)けているのは惜(お)しいものだ。
天下一品 (新字新仮名) / 小川未明(著)
幾(いく)ら丁斑魚(めだか)でも満足(まんぞく)を得(え)られんなら、哲学(てつがく)をせずにはおられんでしょう。いやしくも智慧(ちえ)ある、教育(きょういく)ある、自尊(じそん)ある、自由(じゆう)を愛(あい)する、即(すなわ)ち神(かみ)の像(ぞう)たる人間(にんげん)が。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
といって、本堂(ほんどう)に祀(まつ)ってある勝軍地蔵(しょうぐんじぞう)と勝敵毘沙門天(しょうてきびしゃもんてん)のお像(ぞう)の前(まえ)に行ってみますと、どうでしょう。
田村将軍 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
火のない炉(ろ)、炉棚(ろだな)の上の古いさら、天じょう、黒いふしあな、かべにえぐられたくぼみの中のキリストの像(ぞう)、かべとゆかのさかいで、二つにおれているじぶんのかげぼうし
名なし指物語 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
自然(しぜん)の風景(ふうけい)を写(うつ)すほかは、画帳(がちょう)は悉(ことごと)く、裸婦(らふ)の像(ぞう)に満(み)たされているという変(かわ)り様(よう)だった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
一四 部落(ぶらく)には必ず一戸の旧家ありて、オクナイサマという神を祀(まつ)る。その家をば大同(だいどう)という。この神の像(ぞう)は桑(くわ)の木を削(けず)りて顔(かお)を描(えが)き、四角なる布(ぬの)の真中(まんなか)に穴を明(あ)け、これを上(うえ)より通(とお)して衣裳(いしょう)とす。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
たゞ埴輪(はにわ)といつて、人(ひと)の像(ぞう)や動物(どうぶつ)の形(かたち)や壺(つぼ)の形(かたち)を土(つち)で造(つく)つたものが竝(なら)べてあつたことは、その殘(のこ)り物(もの)があるのでわかります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
むかしの坊さんたちやその奥さまたちの古い像(ぞう)も見えました。信者のひとたちは、飾りたてたいすについて、さんび歌の本を見てうたっていました。
それから、その像(ぞう)をひきおこさせ、じぶんの寝室(しんしつ)のベッドのそばに立てさせました。そして、それを見るたびに、王さまは涙(なみだ)をながしていいました。
私(わたし)は、仏像(ぶつぞう)が好(す)きなので、どうか一つ手(て)に入(い)れたいと思(おも)っていたが、どうだろう、この像(ぞう)を譲(ゆず)ってもらえまいか。
天下一品 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と、その威厳(いげん)におどろいた家臣たちは、おずおずと笈のなかをあらためたが、そのなかには、龍太郎の言明したとおり、三体のほとけの像(ぞう)があるばかりだった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
地蔵(じぞう)さまと毘沙門(びしゃもん)さまのお像(ぞう)の、頭(あたま)にも胸(むね)にも、手足にも、肩先(かたさき)にも、幾箇所(いくかしょ)となく刀(かたな)きずや矢(や)きずがあって、おまけにお足(あし)にはこてこてと泥(どろ)さえついておりました。
田村将軍 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
まるで、あの広場に立っていた青銅(せいどう)の大きな像(ぞう)が、歩きだしでもしたようなひびきです。
その次(つ)ぎに彫刻(ちようこく)といふものはなんであるかといふに、これは埴輪(はにわ)の人形(にんぎよう)や動物(どうぶつ)の像(ぞう)または石人(せきじん)石馬(せきば)などがそれであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
太子(たいし)が八歳(さい)の年(とし)でした。新羅(しらぎ)の国(くに)から仏(ほとけ)さまのお姿(すがた)を刻(きざ)んだ像(ぞう)を献上(けんじょう)いたしました。
夢殿 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
そうしてみると、広場(ひろば)に立っていたあの像(ぞう)は、この市をたてた人の姿をきざんだものにちがいないのです。つまり、ニールスがさっき出会ったのは、カルル十一世にちがいありません。
泰西彫工(たいせいちょうこう)の鏤刻(るこく)、かがやかしい白金のマリヤ像(ぞう)肉彫(にくぼり)の笄。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)